第十五話 栄光の手『ハンド・ザ・マネー』
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第十五話
今日も冒険を終えてカジノに立ち寄ると、多くの人でカジノがにぎわっていた。
「日に日に人が増えていくわね」
メリンダがあきれたようにつぶやく。確かに、カジノが新しくになって一ヵ月。ここに来る人は毎日のように増えている。
「やぁ、カイト」
入り口の脇に立っていたダンカンが、気さくに声をかけてくる。
「ダンカン。警備隊の仕事が板についてきたな」
ギルド長は俺が出した提案を受け入れ、ここに警備隊を配置した。髪油をはじめいくつかの景品も独占し、懐も潤っているという話だ。
ダンカンはギルドが募集した警備隊の枠に滑り込み、ここに詰めている。
「どうだ、もうかったか?」
「まぁまぁさ、そっちはどうだ? カジノに何か問題は?」
「特に大きな問題は無い。楽なもんだ」
「仕事が終わればすぐにカジノで遊べるし、職場も快適うらやましいよ」
入り口の脇に新設された警備隊の詰め所を見る。
ここのダンジョンは何を想ったのか、警備隊の詰め所を作ってくれた。
快適な家具までそろえられており、掃除はスケルトンがやってくれるとあって、警備隊となった冒険者は喜んでいる。
「今日はここで泊まりか?」
警備隊のダンカンが、カジノに作られた簡易宿泊所を指さす。
「いや、昨日は泊まったし、今日はロードロックに戻るよ」
ダンジョンに作られた宿泊施設を利用しているが、さすがに毎日というわけにはいかない。定期的にロードロックに戻る必要がある。
「カイト、私たちはお風呂に行くね」
ダンカンと話していると、メリンダたちがお風呂に入りに行く。
「女たちは風呂が好きだね」
楽し気に風呂に入りに行く女性陣の背中を見て、ダンカンが理解できないと首を振った。
「そうか? 俺は好きだ。さっぱりする。サウナは気持ちいいしな」
「あんなの、ただの拷問じゃねぇか」
ダンカンはサウナが嫌いのようだ。
「今日もこのままスロットか?」
ダンカンの言葉には、少しあざけりがあるのを感じた。
「ああ、あれが一番楽しいだろ?」
「わかってないな、一番はブラックジャックだ」
ダンカンは最近できたブラックジャックに夢中だ。
「似たような遊戯はほかにもある。だが、スロットはここにしかない。ここでできる遊戯をやって何が悪い」
「スロットがここにしかないのは認めるが、駆け引きの度合いが少ない。真の男はブラックジャックを楽しむんだよ」
俺もダンカンも互いにどちらも譲らない。この話題は冒険者の間でも長く続いている議論で、互いに自分の好きな遊戯こそが一番だと言ってきかない。スロットこそが最高にして至高だというのに、物のわからない奴がいて困る。
「とはいえ、今一番熱いのはあれだけどな」
このままでは喧嘩になるので、俺は矛先を少し変えて、最近新設された遊戯を指さす。
「ハンド・ザ・マネーか、確かにあれは別格だ」
ダンカンもそれは認めるところだった。
二人してカジノの一角に鎮座する巨大で透明な箱を見る。あれこそ最近できた目玉遊戯、ハンド・ザ・マネーだ。
透明な箱の中には、大量の硬貨がつまっている。銀貨がほとんどだが、金貨もすこし混じっている。そして箱の上部にはクレイハンドという、低級のモンスターがへばり付いていた。
「クレイハンドを使って、あんな遊戯を思いつくとは、ここのダンジョンマスターは変わっているよ」
クレイハンドは土で出来た手の形をしたモンスターで、大抵は泥水のふりをして地面に隠れている。そして不用意に踏み抜いた冒険者の足を、掴んで引っ張って倒したりする。文字通り足下を掬う嫌な奴だ。
皆の嫌われ者だが、ここでは富をもたらす黄金の手だ。
ハンド・ザ・マネーの遊び方は至ってシンプルだ。透明な箱の前には、五つの操作ボタンがあり、ボタンを操作することで前後左右に動かし、これと決めた場所に移動させた後、決定ボタンを押す。すると上のクレイハンドが下に伸びてきて、下にある貨幣を掴む。そして投下口まで移動し、貨幣を手放す。落ちてきた貨幣はそのままプレイヤーの取り分だ。
「カイトは今日プレイしたのか?」
「ああ、出発前にやったよ」
わかりやすく現金が手に入るこの遊びは、瞬く間に大人気となった。
ただし、挑戦出来るのは一日一回だけ。一回に銀貨十枚。一万クロッカ必要だ。
割と高額だが、一度のプレイで大体十枚前後の硬貨が掴めるので、よほど運が悪くない限り損をすることは無い。金貨が掴めれば十分これまでの負けを取り戻すことが出来る。
「"黒"は出たか?」
「出てたらここで働いてるかよ」
確かに、それはそうだ。
小さくため息をつくと、息まく声が聞こえてきた。
「うぉぉおおやるぜぇぇぇぇ」
冒険者の一人が唸り声を上げてハンド・ザ・マネーの箱に飛びつく。どうやら今からやるようだ。
人がやるのを見て、俺はつい拳を固めて見入ってしまった。
男が箱の前にあるボタンを操作する。天井のクレイハンドが動き、決定ボタンを押すと、茶色い手が降りてきて硬貨を掴む。
クレイハンドの手の隙間から、掴み損ねた硬貨がこぼれ落ちていく。そして投下口で手が開かれ、銀貨がキラキラと舞い落ちる。
十二枚ほどの銀貨を手に入れることが出来たが、男は悔しがり、見ていた俺たちはほっと胸をなで下ろした。
「よかった、出なかったな」
「ああ、助かった」
人の失敗を喜ぶつもりはないが、よかったと息を吐く。
透明な箱の中には、銀貨や金貨が詰まっているが、中には赤や緑、黄色と言った、見慣れないコインも混ざっている。あれはいわゆる当たりで、掴むことが出来れば、もう一回チャレンジできたり、二回チャレンジできたりする。そしてそれら当たりコインの中に、たった一つだけ黒いコインも混じっているのだ。
それこそ当たり中の当たりであり、そのコインを引くことが出来れば、なんと箱に入っている硬貨全てを貰えるのだ。
信じられない話だが、嘘ではないだろう。しかも俺たちが遊ぶのに使った銀貨は、そのまま箱に追加されていくのだから、箱の中の銀貨が無くなることはまず無い。
利益度外視のゲームだが、客寄せにはなっており、最近はあれを目当てに来るロードロックの人も多い。今日もすごい賑わいだ。
ただ、人が多くなるとトラブルの種も増える。
「おい、どういうことだ!」
怒鳴り声がカジノの中に響いた。
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