第百四十八話
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第百四十八話
俺はエトを伴いながら洋館に入り、従業員に案内され、話し合いのための部屋に入った。
部屋の内部はゆったりとした洋室になっており、絨毯が敷かれ暖炉があり部屋の中央には丸いテーブルが置かれていた。テーブルの周囲には椅子が五つあり、すでに三つが埋まっている。
椅子に座るのはローブを纏った老人に、青い顔の禿頭の男。そして赤いマントを羽織った、筋肉質の男。
「お待たせしました、ヨーネ様、カイナ様。そしてカンテ様」
俺は笑顔と共に頭を下げた。立場は俺の方が上だが、有利なときにこそ頭を下げるのは、俺の交渉術だ。
「あっ、これはどうも」
「ほっ、本日はこのような場を設けていただき、ありがとうございます」
ローブを纏ったヨーネと禿頭のカイナは、俺が一礼したのを見て、慌てて立ちあがり頭を下げる。しかしカンテだけは両腕を組んだまま立ちもせず挨拶もしなかった。代わりにジロリと鋭い視線を俺に向けた。
カンテの態度に、エトが気分を悪くしたのを感じたが、俺は気にせず歩み寄り席に着いた。主である俺が席についたのを見て、エトも仕方なく後に続き席につく。
「さて、ここまで皆さんにご足労いただいたのは他でもありません。事前に手紙でもお伝えしましたが、我々は皆さまのダンジョンを再建する、お手伝いをしたいと考えています」
俺は朗々と語った。事前に大まかな話は伝わっているはずだが、彼らと直接会うのはこれが初めて、丁寧に話をする必要がある。
「あの、マダラメ様。その話はいいのですが……」
「どうして我ら三人を同時に呼ばれたのですか?」
ヨーネとカイナが互いの目を盗み見ながら訊ねる。やはり三人同時に話を進めることを意外に思っているのだろう。
「御三方と同時に話すことが、最も効率的であると考えたからです。何か問題でも?」
「いっ、いえ。そんなことは」
「とんでもありません」
ヨーネとカイナはブルブルと首を横に振った。
二人は俺にマナを借りており、返済が滞っている。もし俺がその気になれば、明日にでも自分たちのダンジョンは削られ、裸同然になることを理解しているのだ。
今ならヨーネとカイナの二人は、俺の言うことを何でも聞きそうだった。だがそこに雷のような声が響いた。
「問題はある!」
声を発したのは、腕を組むカンテだった。武闘派として知られるこのダンジョンマスターは、俺を前にしても怯えることはなかった。
「今から話すことはダンジョンの再建。つまり我らの内情を明かすということだ。ダンジョンの内情はダンジョンマスターにとって最大の秘事だ。それを三人同時に話すだと! ふざけているのか!」
カンテは語気も荒くテーブルを叩いた。
ダンジョンの構造を人に教えると言うのは、ダンジョンマスターにとっては、裸を見せると同義である。嫌悪感を示すことは当然と言えた。
「ふざけてなどおりません。なにぶん我々が考えたダンジョン救済策は、実行するのは今回が初めてです。さまざまな意見を持ち寄り、手ぬかりがないかを検討せねばなりません。御三方には是非お知恵をお借りしたい」
俺は滑らかに口を動かした。とはいえ、実際三人の知恵を借りる必要などないだろうと思っている。
手順に手抜かりが無いかどうかは、すでにケラマ達が十分に検討している。ケラマをはじめエトとゲンジョーは高度に知性化されたモンスターだし、さらにエトには十二の頭があり、ゲンジョーにも知性化された九つの髑髏がついている。
合計二十三の頭脳が知恵を持ち寄っているのだ。ダンジョンマスターとしてうだつの上がらぬこの三人が、ケラマ達が気付かなかった穴を発見できるとは思えない。
「その……マダラメ様。我らを助けていただけるのはありがたいのですが、事前に提示していただいた条件は、本当なのでしょうか? 借金であるマナを棒引きにし、更にダンジョン再建のためのマナを追加で融資していただけると言うのは?」
ヨーネが戸惑いながら尋ねる。
「ええ、本当ですよ」
「で、では護衛として、モンスター百体を三十日間貸し出すという話も?」
「もちろん本当です。再建したばかりのダンジョンを攻略されては困りますからね、選りすぐりのモンスターを派遣しますよ?」
カイナの問いに俺が笑顔で答えると、二人は顔を見合わせて喜ぶ。
「騙されるな! そんなうまい話があるわけがない!」
カンテが雷のように怒鳴る。
「こ奴の言うダンジョンの再建では、一度我らのダンジョンを限界まで削るのだぞ。もしその時! こ奴がマナとモンスターを貸さねば、我らは自分を守るべきダンジョンもモンスターもないまま殺されることになるのだぞ!」
カンテが指摘すると、ヨーネとカイナが視線を彷徨わせる。
「こ奴は我らからマナを搾り取るつもりだ。いや、我らのダンジョンを奪うつもりかもしれん。知っているだろう。かつて栄華を誇ったグランドエイトのダンジョンが、こ奴の物になっていることを!」
カンテが旧グランドエイトのダンジョンを、俺が占有していることを指摘した。
「それに関してはカンテ様、すでにダンジョンルールで占拠できないことになっておりますよ」
俺はシルヴァーナと共に、新たなダンジョンルールが盛り込んだことを告げた。追加されたルールにより、他のダンジョンを手に入れる方法はなくなっている。
「信用出来たものではない! 自分達の為に抜け道を用意しておくのは、お前達グランドエイトの得意技であろう」
カンテは俺たちを、正確に言えばグランドエイトを全く信用していなかった。
実際、グランドエイトによる統治機構は、グランドエイトが他のダンジョンマスターを搾取する仕組みであるため、否定できない。
「あの、マダラメ様。我らを救ってくれるというお気持ちはうれしいのですが……」
「我々は、その、なんというか……」
ヨーネとカイナは居心地が悪そうにして、俺の顔を盗み見る。改めて危険性に気付かされ、俺が提供する救済案に消極的になってしまった。
「ふん、どうやらこの二人は、お前の言う救済案を断るようだぞ? それともマナの借りがある事を盾に、強制するか?」
「いえ、我らを信用できないのでしたら仕方がありません。ならばカンテ様、ここは御二方にダンジョン再建の監視役になってもらってはいかがですか?」
俺は笑みをもって提案した。
「なんだと? どういうことだ?」
「私の行動に、偽りがないことを二人に見てもらうのです。もし私がカンテ様のダンジョンを占拠するようなことがあれば、その時はヨーネ様とカイナ様が私を告発します。私の信用は地に落ち、二度と誰も私を頼ろうとはしないでしょう」
俺はすらすらと答えた。
ケラマとは会談の内容を事前に検討し、ヨーネとカイナの二人は消極的になるだろと予想していた。本命は武闘派を気取っているカンテ一人だ。
「待て、そんなことをして、私に何のメリットがある」
「メリットしかございません。御二方に監視されている以上、私は約束を守らねばいけません。これで貸したマナは帳消しとなり、さらにマナの融資とモンスターの貸し出しを受けられます。これならば、先ほどカンテ様が言われた問題は無くなります。いかがですか?」
俺がメリットを提示すると、カンテは言いくるめられたと、口を尖らせた。