第十四話 溜まり続けるお金問題。解決方法はクレーンゲーム
今日の分です
第十四話
最下層 ~モニタールーム~
新設したモニタールームで、ブラックジャックのディーラーを務めるスケルトンの仕事ぶりを見て、俺は何度もうなずいた。
稼働したカードゲームは好評を博しているようで、ほとんどの台が人で埋まっていた。
客の入りも上々でポイントがどんどん入ってきている。この分だと投資した分の回収はすぐにでもできそうだった。
「うまく行ってよかったですね、特にスケルトンのカードの手さばきがよろしいかと」
隣でケラマが持ち上げてくれる。
「お世辞を言ってくれるじゃないか。まぁ、カード捌きにはこだわったけどね」
俺は自信満々に答えた。
スケルトンは知性化したが、費用が足りず、高度な知性を与えることはできなかった。仕方なく、俺が何度もスケルトンにお辞儀の仕方からカードの使い方など、全てを教え込んだ。
本当に大変で寝る暇もなかったほどだが、上手くできている。
正直子供を育てたような気分だ。
「ケラマこそ、いろいろ注文を付けて悪かったな」
俺がスケルトンにかかりきりだったので、カジノの改装はほとんどケラマに丸投げした。
入り口を広くしろだの宿屋を作れだの、要望だけは伝えて後は全部任せた。
このモニタールームも作ってくれて、ケラマも休む暇がなかった。
「冒険者がスケルトンたちを受け入れてくれたのが、少し意外だ。もっと抵抗があるかと思ってたんだが」
やはり冒険者とモンスターだから、すぐにスケルトンが破壊されるかと思ったが、調査に来た冒険者たちは、最初は驚きつつも受け入れてくれた。
「とはいえ、最後にはすべて破壊されましたが」
最初に調査に来た冒険者たちは、いろいろ調べまわった後、最後にすべてのスケルトンを破壊し、何か起きないかを確かめたのだ。
「そこは仕方ないだろう。逆の立場なら俺だってそうするだろうし」
それにスケルトンは、時間が経てば復活するお得なモンスターだ。
破壊されることも織り込み済みだ。
「それに復活したスケルトンが人を襲わないことを確認したら、破壊するのをはやめてくれたしね」
冒険者たちはご丁寧に復活するまで待ち、スケルトンが襲い掛からないことを確かめた。念のいったことだ。
「ですが結界は張られましたよ」
「あれぐらいはかまわないさ」
冒険者たちは帰り際に、ディーラースケルトンの周りを結界で覆い動き回れないようにした。攻撃しないとわかっても、モンスターを前に油断できないのだろう。
「ディーラースケルトンは動き回るように設定されていないし、お掃除スケルトンは見逃してもらえたしね」
掃除をして回る掃除スケルトンだけは、結界で束縛するようなことをしなかった。連中も綺麗な方がいいと思ったのだろう。
「もしかしたら、私たちに気兼ねしたのかもしれませんよ」
「かも知れないね」
冒険者がこちらの出方を見ているのなら、呼吸を合わせてやればいい。
「しかしこれでよかったのでしょうか?」
ケラマがない首を傾げようとして、体ごと傾けた。
ダンジョンマスターの補佐役としては、モンスターに人間を攻撃するなと指示することに疑問があるのだろう。
とはいえ、人に危害を加えないのはこのダンジョンの大原則だ。こればっかりは慣れてもらうほかない。
「意外といえばもう一つ。冒険者を常駐させたことだ、これは予想外だった」
意図はわからないが、警備隊を組織し、常駐させ始めた。
「これもモンスターを警戒してのことでしょうか?」
「ここを管理下に置きたいのかもな」
最近冒険者以外の人間も、ちらほらとやってくるようになった。人間は人間で縄張り争いがあるのだろう。
「でもこれは俺にとってはありがたいことだ。邪魔しないよ」
連中はタダでポイントを置いて言ってくれているし、しかも警備を任されるだけあって腕が立つ。落としてもらえるポイントも普通よりおいしい。
「連中のために詰め所でも作ってやるか?」
「いいかもしれませんね、居心地をよくしてあげれば、羨んだほかの冒険者が、なりたがるかもしれませんね」
今度図面を引き、詰め所を作ってやろう。一部屋追加するぐらいなら、カジノを閉鎖するまでもない。部屋を作った後に壁を消してやればいいだけだ。
「そういえば、宿泊施設も利用客が多いな」
俺としては夜遅くまででスロット楽しんでもらうために作ったのだが、どうも普通に宿屋として利用されているらしい。
「ここからさらに一時間ほど行ったところに、中規模のダンジョンがありますからね、そこを攻略しに行っているようです」
街に戻るより早いと考えているらしい。
「なら景品に、保存食や携帯食料を追加してみるか?」
この世界の技術でも、缶詰や瓶詰ならぎりぎり作れる。砂糖もそれほど高くはない。ナッツ入りのクッキーやシロップに漬けた果物などを入れてやれば、ここを拠点にしている連中が買いそうだ。
「武器や防具はあまり交換されないので、景品から削除してもいいかもしれませんね」
景品の交換率を見ると、武器や防具の交換は少ない。というか、ほとんどされていない。
「あんまり高い武器を作りたくないからな」
武器を手に入れて、試し切りをされたり、ダンジョンを攻略しようとされても困るので、あまり強力な武器を景品に並べたくなかった。
必然安物ばかりになってしまい、人気がない。この程度の物なら街でも手に入るのだろう。
「石鹸とか髪油は人気なんだけどな」
むしろ人気が出すぎて、石鹸や髪油目当てにここに来る商人が増えてしまった。
人気があるのは有難いが、完全に仕入れの場所となってしまうと俺にうまみがないので、慌てて数量限定にした。
最近では景品の髪油は冒険者たちが独占しているらしい。彼らの新たな財源となっているようだ。
「こうなると石鹸みたいに、俺にしか作れないような商品やサービスを重視したほうがよさそうだな」
武器や防具はほかにも作るやつがいるので、ここでしか手に入らないものを量産するのが正解か。
「何かアイデアがあるのですか?」
「ああ、化粧品とかを作ろうと思うよ」
化粧水やファンデーション。マニキュアなどを作れば喜ばれるかもしれない。
ただ俺に化粧品の知識はないので、商品をそろえるのには時間がかかりそうだ。
「男性向けには、酒やたばこでいいだろう」
本当なら性風俗がいいのだが、さすがにモンスターを抱こうとする男は少ないだろう。それにせっかく獲得している女性の顧客を失いたくはない。ただでさえギャンブルをやっているのだから、これ以上退廃したサービスは慎むべきだろう。
明るく楽しいカジノが、わがダンジョンのモットーだ。
「しかし、人気が出てくれたのはありがたいんだが、これが問題だな」
俺はダンジョンの一角に目を向けた。そこには銀貨が山積みとなり、今も追加されている。
コインの両替のために使われた銀貨だ。
当カジノではコインとの換金は応じていない。金を得るための、完全なギャンブルの場となってしまうことが嫌だったからだ。
その考え方は間違ってはいなかったと思うのだが、こうして別の問題が生まれてしまった。
「お金を貯めることが何か問題があるのですか?」
ケラマには、これの何が問題なのかわからないようだった。
「金っていうのは循環してこそなんだよ、一人の人間が大量にため込むのはよくないんだ」
経済学の基本である。自分でもたまに忘れるが、大学では経済学を専攻していたのだ。
「ですが、商人や貴族も大金をため込んでいるのでは?」
「確かにそうだけれど、彼らは一応使う予定があるだろ」
商人は次の仕入れのための資金だし、貴族たちは園遊会やら晩餐会など金を使う機会がある。
庶民からは貴族の浪費ととらえるだろうが、ああやって特権階級が浪費することで、仕立て屋に仕事が入り、料理人や芸術家が潤う。変わり者が発明家に投資し、新たな発見が生まれることもある。
彼らの浪費にはそれなりの意味があり、金を持っている奴は消費しないと意味がないのだ。
「でも俺がため込んだこの金は、使う予定がない」
最初は積みあがっていく金を見て喜んでいたが、使い道がないと気づいてからは、ただの鉄くずだ。
「こうして俺が貯め続けると、そのうち人間の世界で、銀貨が不足し始めるんだよ」
今は少量であるため問題ないが、このままの状態が続けば、地域の貨幣が不足し経済が揺らぐ問題になりかねない。
表面化する前に対処すべきだろう。
「はぁ………?」
経済学の基礎を話したが、ケラマはピンときていない様だった。
ケラマは俺の補佐役で知恵袋だ。ダンジョンの設計やモンスターのことを知り尽くしている。
しかしさすがに人間世界の経済構造まではわからないらしい。ダンジョンマスターが人間の貨幣を集めること自体ほとんどないことだから、理解しろという方が無理か。
「我々が貨幣を独占し、市場に貨幣が不足することがそんなに問題なのですか?」
「そうだな、例えば俺たちはカジノのためにコインを作っているけれど、一人の人間が大量にコインを保有して、交換もせず独り占めをしたらどうなる?」
一から順に説明しておこう。ケラマは俺の唯一無二の腹心だ。相互に理解を図っておくべきだ。
「それは、新たに作ればいいのでは?」
「もし作れなかったら? ありふれたコインが希少となったら?」
「希少価値が出るのでしたら、コインの価値が高まりますね」
俺の誘導に気づき、答えを口にする。
「その通り。コインが少なくなるから相対的にコインの価値が高まる。そうなると景品と交換したら損になってくるだろ?」
現在コインの価値は近くの町、ロードロックで使われているクロッカに合わせている。
百クロッカで一コイン交換できる比率となるが、それが揺らいでくる。
レートを変動制にすればよいのだが、ややこしいし、何より利用客が混乱する。クロッカの価値が変動する事態は避けたい。
「景品とコインの価値が見合わないとなれば、景品が交換されなくなる。そうなると皆が困る。でもこれは一人一人の力ではどうすることもできない」
これが経済の恐ろしいところだ。一度流れが停滞し始めると、小さな歪みが大きなうねりとなり、だれにも止められなくなってしまう。
元の世界の歴史でも金や銀の不足や流出によって、国家の経済が破たんし、無敵の軍隊を持つ帝国すら滅ぼした。
半分寝ながら聞いていたような講義だが、意外に頭に入っているものだ。
「健全な経済には、貨幣の循環が必要だ。それに俺たちの目的は、大金持ちになることでも、この国の経済を崩壊させることでもないからね」
経済の発展には、貨幣が市場に流通し続ける事が必要だ。意味もなくため込むべきではないだろう。
「ではこの銀貨を放出するのですか? しかし、どうやって?」
「そこなんだよなぁ」
普通のダンジョンなら苦労はいらない。宝箱に入れておいてやれば、冒険者が勝手に持って行ってくれる。
しかしここはカジノだ。ただで金をやるわけにはいかない。それに、ポイントも手に入らない。
かといって、換金できるようにすれば、客層が変わってしまう恐れがある。
「うーん。クレーンゲームでもするか」
俺の言葉に、ケラマはただ首を傾げた。
感想やブックマーク、誤字脱字の指摘などありがとうございます
今日のお昼の更新はちょっと無理そうですすみません
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