第百三十五話
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第百三十五話
「お前の意向に沿う形で調整しよう。だがこちらも一つ提案がある」
マダラメの提案を受け入れたシルヴァーナは、事前に検討していた話を持ち出した。
「何です?」
「実は保険業を興そうと思っている」
「保険?」
「ああ、ダンジョンが攻略されそうになった場合に、モンスターを貸し出す任意保険だ」
「ほう!」
シルヴァーナの提案を聞き、マダラメは興味深げに目を見開いた。
「ダンジョンマスターを率いる者として、攻略されかかったダンジョンを救済する手立ては必要だ」
シルヴァーナは同じグランドエイトであった、ドゴスガラのことを思い出した。
ダンジョンを攻略されかかった時、ドゴスガラは助けてくれとシルヴァーナ達に懇願した。しかしシルヴァーナをはじめ、誰も助けなかった。
あの時ドゴスガラを助けていれば、奴は死なず、そして代わりにマダラメが倒れていたかも知れなかったのだ。
「お前のしているモンスターの貸し出し業務を保険型に発展させ、一定額を支払う代わりに、窮地になった際には、強力なモンスターを貸し出す仕組みを作りたい」
「それは、グランドエイト主導で行うと言うことですか?」
「規模と信用を考えればそうなるだろうな。場合によっては、同じグランドエイトにモンスターを派遣することもあるだろう。最強クラスのモンスターを多数揃えておく必要がある」
シルヴァーナはまっすぐマダラメを見た。
この保険業は、マダラメがしているモンスター貸し出し業への牽制でもあった。
マダラメのモンスター貸し出し業は、最近軌道に乗りはじめている。当初は自分のダンジョンに他者のモンスターを入れることを嫌がるダンジョンマスターは多かった。しかし何人かのダンジョンマスターが、マダラメの貸し出したモンスターにより窮地を脱した。この噂が広まり、モンスター貸し出し業が好意的に見られるようになったのだ。
勇者サイトウの出現や、四英雄の台頭により人間達の脅威度は上昇している。モンスターの貸し出し業は成長が見込まれた。それにこの状態を放置すれば、マダラメの派閥に入れば守ってもらえると考える者が増えることになる。
マダラメに対抗するためにも、シルヴァーナもモンスターを貸し出し、派閥のダンジョンを守らなければいけない。しかし資金に余裕のあるマダラメと違い、シルヴァーナにはそこまでの余力がなかった。ならば事業化し、グランドエイトを巻き込む方法を考えたのだ。
どう出る? シルヴァーナがマダラメの答えを待つと、マダラメは大きく頷いた。
「いいですね、やりましょう」
マラダメは笑みを浮かべながら、顎を引いて快諾した。
「面白い考えです。いつから考えていたのですか?」
「昔から考えていた。だが以前のグランドエイトでは、調整がうまくいかなくてな」
シルヴァーナは苦い思い出が蘇り、顔を顰めた。
「どうしてうまくいかなかったのですか?」
「グランドエイトが八人いたんだ、派閥も八つだ。自分の派閥のダンジョンに、よその派閥のモンスターが出入りすることを、よしとしないグランドエイトが多くてな」
シルヴァーナは顔をしかめて過去を述懐した。
彼らを説得すためには、八個ものモンスター軍団を作り上げ、派閥ごとに対処する必要があった。しかし一つか二つぐらいならまだ可能だったが、さすがに八個も個別にモンスター軍団を作るのは非効率すぎた。だが今ならシルヴァーナとマダラメの派閥しかないため、二つのモンスター軍団を作るだけでいい。
「では再稼働したグランドエイト、その最初の議題は新たなダンジョンルールを設け、ダンジョンを吸収できないようにすること。テストケースとして、ダンジョンの連結を認めること。保険業の検討。この三つでいいですか?」
マダラメが確認の視線を送るので、シルヴァーナは頷いた。
三つのうち一つは、ダンジョン全体のためにしなければいけないことであり、残り二つは互いの思惑を飲む形となった。
話し合いを終え料理も食べ終わり、食後のデザートとお茶が出される。
マダラメにはコーヒーが出され、シルヴァーナの前には香草の香りが漂うハーブティーが置かれる。
マダラメはコーヒーの香りを楽しんだ後に口に含み、口元を緩ませる。実にうまそうにコーヒーを飲む。シルヴァーナもティーカップを手に取り。ハーブティーを飲むと、芳醇な香りと甘味が口の中に広がっていく。
実に美味しいお茶だった。だがこれはただお茶が美味しいだけではない。一仕事を終えた労働のうまさだ。
一見すれば食事をしながらの気軽な話し合いに見えるだろうが、実際のところ、シルヴァーナはこの会食のために何日も検討を重ねてきた。
会食で話される内容を予想し、対策や返答をあらかじめ考えておいた。また、シルヴァーナの考える保険業に関しても、問題を指摘された場合に、すぐに返答できるように対策を練っていた。
おそらくマダラメも同じことをしていただろう。新たなグランドエイトを発足した場合、シルヴァーナが拒否権を発動することを予想し、納得させるためにどれぐらい譲歩するかを何度も検討したはずだ。
ダンジョン連結に関しても、シルヴァーナがどこを問題視するかを考えていたはずだ。
他にもシルヴァーナが出した保険業に関しても、マダラメは今日初めて聞いたような顔をしていたが、本当はずっと前から知っていたのだろう。マダラメが何も文句を付けず快諾したのは、すでに問題点がないことを検討し終えていたからだ。
「美味いな」
「ええ、とても」
シルヴァーナが口角を緩ませると、マダラメも微笑む。
二人の言葉は、互い仕事を労うものでもあった。
互いに入念に準備を整えていれば、話し合いは最小限で済む。あとは確認を取るだけでいい。これがかつてのグランドエイトであればこうはいかなかった。
以前保険業を興そうとしたときは、まず説明に時間がかかったし、同意してもらうにはさらに時間が必要だった。丁寧に説明しても、最後まで理解しようとしない者もいた。
過去にどれだけ時間をかけてもうまくいかなかったものが、今日は食事の最中に終わった。
「さて、この後予定はありますか?」
食事もすべてが終わり、会合もそろそろお開きとなった頃、マダラメが尋ねた。
「いや、とくには」
「では少し散歩をしませんか。この時間はテラスからの夜景が素晴らしく、ぜひご一緒したいと」
「……いいだろう」
シルヴァーナは迷ったふりをして頷き、席を立った。そして同じく席を立ったマダラメの左腕を手に取り、共に並んで歩く。
マダラメはシルヴァーナの行動に驚きはしたものの指摘はせず、共に並んでテラスに出る。
すでに日は暮れており、丘の上からはソサエティの夜景を望むことができた。
ソサエティを照らす街灯の明かりが一つの光となって溢れ、まるで街が生きているかのように蠢いていた。
かつてのソサエティはこうではなかった。光は整然と整列し、秩序だった美しさがあった。しかし現在のソサエティは秩序も法則もなく混沌とし、ギラギラと欲望に輝いているように見えた。
そしてそれだけに目を離すことができなかった。
「美しいな」
シルヴァーナの口から本心が漏れ、マダラメが隣で顎を引いたのが分かった。
かつてのソサエティには静謐の美があった。しかしそれは老いた美だ。成長が止まり老廃物もなければ新しいものも存在しない。新陳代謝の止まった世界だった。だが今のソサエティは秩序も計画性などもかなぐり捨て、とにかく芽を伸ばし、成長しようとする力強さがあった。
この変化をもたらしたのは、他の誰でもないマダラメだ。
かつてシルヴァーナは意図的にソサエティを停滞させていた。それが全体の安定につながると考えていたからだ。
新しい『もの』というのは、それが芸術であれ技術であれ思想であれ、これまでになかったというだけで、世界の安定を脅かす危険性を帯びている。シルヴァーナは自らの地位を守るため、ひいてはダンジョンマスター全体を守るため、新しい発想や発明を抑制し世界を停滞させた。
シルヴァーナの方針により、ソサエティはまどろみのような停滞を見せ、長きにわたる安定をもたらした。
その眠りを覚ましたのがマダラメだった。
マダラメは次々に新しいことを始め、眠り続けていたソサエティを叩き起こした。そして長き眠りから覚めたソサエティは、今急速に成長している。刻一刻と変化していく街並みを見て、停滞を是としていたシルヴァーナも、その力強き美しさには声を漏らすしかなかった。
「……マダラメ、お前はこの世界をどうするつもりだ? 我々をどこへ連れていく」
シルヴァーナは問わずにはいられなかった。
この急速な成長の果てに何が待ち受けているのか、シルヴァーナにもわからなかった。
するとマダラメは、光あふれるソサエティを指差した。しかしその指先はどこも指差していなかった。
「私が目指しているのはあの先です。そこにたどり着けばさらに先を、そして誰も見たことのないものを見たい。そこに何があるかは、着いた時に分かります」
マダラメは迷うことなく言ってのけた。
「……お前なら、そういうと思っていたよ」
遠くを見るマダラメに、シルヴァーナは一瞬目を細めた。しかし次の瞬間には顔を微笑に変えて頷いた。
マダラメとの会合を終え、白銀のダンジョンへと戻ったシルヴァーナをクリムトが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、我が君。首尾の方はどうでしたか?」
「悪くはなかったよ。楽しくすらあった」
恭しく礼をするクリムトに対し、シルヴァーナは偽らざる本心を述べた。
マダラメとの仕事は楽しかった。足の引っ張り合いばかりしていた以前のグランドエイトと違い、マダラメの仕事は合理的で効率的だ。マダラメは他者を妨害するよりも、その労力を別のことに使ったほうがいいと考えている。正面切っての競争はシルヴァーナにとっても望むところであり、余計なしがらみにとらわれず、思う存分に仕事がやれるというのは何とも気持ちが良かった。
「それは、よう、ござい、ました……ね」
クリムトはどう答えていいのか分からず、口をもごもごさせる。
「牢に行く。ついてこい」
苦い顔を見せる側近の前を通り過ぎ、シルヴァーナはドレス姿のまま自らのダンジョンの中を歩く。
「牢ですか? お待ちを」
慌てて付いて来るクリムトを無視して、シルヴァーナは牢獄へと向かった。
白銀のダンジョンには牢屋が存在する。本来の目的は捕らえた冒険者を入れておくためのものだ。しかしシルヴァーナは冒険者を捕獲することにメリットを見いだせず、ほとんど使用されることもなかった。しかし現在、ただ一つだけその牢屋は埋まっていた。
「開けろ」
使用中の牢屋の前に立ったシルヴァーナが命じると、クリムトが牢屋の鍵を開ける。木製の重厚な扉が開かれ、牢には一人の男が鎖につながれていた。
長い牢獄生活に髪が乱れ、顔も薄汚れてよくわからなかった。しかしぼさぼさの髪の下に割れた眼鏡が掛けられていることが見て取れた。
「シルヴァーナか?」
囚人が眼鏡の下から、鋭い眼光をシルヴァーナに投げつける。
「ああ、久しぶりだな。メグワイヤ」
シルヴァーナは囚人の名を呼んだ。
この牢獄につながれる男こそ、かつてのグランドエイトが一人、メグワイヤだった。
前回行ったヒロイン決定戦の結果発表!
栄えある第一位は、白銀のダンジョンの主、シルヴァーナに決定しました!
特にツイッターでの集計では、半数以上を獲得して堂々の一位となりました。
やはり唯一の女性ということ、そして丁度エピソードの中心人物であったことが大きな要因でしょうか?
二位は壮絶な争いを繰り広げるも、なんとか勝ち切ったマダラメの副官ケラマ
三位はやはり男性で既婚者だったためか、カイトという結果になりました。
作者としてはケラマ票がもう少し伸びるかなと考えていたのですが、思った以上にシルヴァーナが人気でした。
今回は皆さんに投票していただき、ありがとうございました。私としてもこの結果は面白く楽しめました。
これからも頑張りますので、よろしくお付き合いください。