第百三十四話
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第百三十四話
「ダンジョンの連結。それはダメだ」
転移陣を通じて、ダンジョンをつなげようと話すマダラメに対し、シルヴァーナは首を横に振った。
「ダンジョンの連結は危険すぎる。お前が誘導したとはいえ、頂点に君臨していた四人のグランドエイトが、瞬く間に落ちたのだぞ」
シルヴァーナは表情を強張らせた。
転移陣があれば人が多く集まるようになる。それはダンジョンの利益となるが、その結果、ダンジョンが攻略されるようになってしまっては意味がない。
派閥の長として。いや、ダンジョンマスターを導く者として、危険を看過することはできなかった
「それに知っているぞ、お前がドゴスガラや、倒されたグランドエイトのダンジョンを支配下に置いていることを」
シルヴァーナは席を立ち、細長い指をマダラメに向けた。
「そう、まさにそこです」
指を向けるシルヴァーナに対し、マダラメは至極もっともと頷いた。
「ダンジョンを連結させれば、相手のダンジョンが滅んだ時に吸収できてしまう。これはダンジョンルールの大きな穴です。その穴は今のうちに塞いでおくべきです。私にとっても、貴方にとっても」
マダラメに指摘され、シルヴァーナは今更ながらに気が付いた。
もし何らかの事情によりシルヴァーナのダンジョンが滅びれば、マダラメが白銀のダンジョンをも吸収し、世界最大のダンジョンとなるだろう。だがこれは逆も然りだ。
マダラメのダンジョンが滅びれば、シルヴァーナはマダラメのダンジョンだけではなく、滅んだ四つのグランドエイトのダンジョンをも手に入れることができる。
「私のダンジョンが滅びれば、貴方の総取となります。しかしうかうかしていられませんよ、この穴を残しておけば、貴方のダンジョンもいつか吸収される危険が残ってしまう」
「……たしかに、それはそうだ……」
シルヴァーナは席に座り直し首肯した。
ダンジョンを吸収できる穴を残しておけば、最後の一人が全てのダンジョンを手にすることになってしまう。
「無用な争いを作らないためにも、ダンジョンを吸収できないよう、新たなダンジョンルールを設けるべきでしょう」
「お前の方から、そのような提案があるとはな」
ダンジョン全体を考える視点に、シルヴァーナは少し感心した。
「心外ですね、私は協調と調和を信条としているのに」
「よく言う」
シルヴァーナは鼻で笑った。しかしマダラメの言うことはもっともだった。ダンジョンマスター同士が争うべきではない。
「話を元に戻しますが、私はダンジョンの連結を進めるべきだと考えています。現在ダンジョンの攻略にやってくる冒険者は、ダンジョンの周囲に住む人間の数に左右されています。しかし転移陣を用いれば、その制限は無くなる。これは大きい」
「そんなことは分かっている。お前のダンジョンと繋げたことで、私のダンジョンは以前の数倍も収入が伸びた」
シルヴァーナは渋々認めた。
「だが人が増えれば、その分攻略される危険性も増大する。お前のところは攻略される心配はないかもしれないが、他のダンジョンマスターはそうはいかないのだぞ? そこをわかっているのか?」
「ああ、そのことですが、攻略されないようにダンジョンを作ればいいのです」
「どうやってだ? お前のようにカジノでもやれと?」
問うシルヴァーナにマダラメは笑った。
「別にカジノである必要はありません。私のダンジョンは、ダンジョンではなくカジノを攻略させているだけです。つまり、別に攻略するものを用意すればいいだけです」
「別のものとは?」
「例えばそうですね……、一日に一回だけ開く扉を作り、その先に長い回廊を設けます。モンスターは配置せず、回廊の先には換金可能なアイテムを一日に一つだけ設置します。そして最初に到着した者が、宝を得られるようにします」
「ダンジョンで徒競走をさせるのか?」
「はい。そしてダンジョンコアへと続く扉を、その換金アイテムを消費しなければ開けられないようにします。これならダンジョンを攻略される心配がなく、多くの冒険者を集めることができます」
マダラメに考えを聞いて、シルヴァーナは感心するべきか呆れるべきか迷った。
「まったく、お前という奴は……どうしてそう裏技や抜け道ばかり考えつくのだ?」
「日ごろから、そんなことばかり考えているせいですかね?」
あっけらかんと笑うマダラメを見て、シルヴァーナは呆れることにしてため息をついた。
まるで反則のような方法だ。だがこれならば扉を開ける権利は誰にでもあるので、ダンジョンルールに抵触しないだろう。そして誰も奥を目指さない。もしダンジョンを攻略してしまえば、楽に金が手に入る方法を失うことになってしまうからだ。
「転移陣で人が行き来するようになれば、周辺のダンジョンにも人が集まるようになるでしょう。直通でないため、すぐに攻略されることもないはずです」
「だがお前の言うダンジョンでは冒険者を倒せない。お前はそれでいいと思っているかもしれないが、冒険者を倒さない姿勢を、武闘派のダンジョンマスターはよしとしていない。命惜しさに冒険者に媚びていると、お前を非難している者は多いのだぞ」
シルヴァーナは眉をひそめた。
マダラメはダンジョンマスターの頂点に立ちながら、未だに人を一人も殺していない。シルヴァーナはマダラメを侮りはしないが、武闘派のダンジョンマスターの中には、マダラメのことを臆病者と笑う者もいる。
「我が陣営には、お前のことを認めない者が多い。今の話は面白かったが、私には受け入れることはできない」
シルヴァーナは首を横に振った。
現在シルヴァーナの派閥は元々シルヴァーナの配下であったダンジョンマスターと、マダラメに従いたくない反マダラメ派の二つで成り立っている。マダラメの提案はやってみたかったが、実行に移せば反マダラメ派の支持を失うだろう。
「人を殺さないことが問題であるのなら、殺せばよろしい」
「殺す? モンスターは配置しないのだろう? 罠でも設置するのか?」
「それもいいですが、人間の殺害は人間の手でやらせればいい」
「ん? どういうことだ?」
シルヴァーナは柳眉を跳ね上げた。
「先程の方法ですと、換金アイテムの入手は早い者勝となります。となれば、冒険者同士で妨害行為が起きるでしょう」
「それは、そうなるだろうな」
シルヴァーナは細い顎を頷かせた。
ダンジョンで徒競走をするのだから、足の速い者が勝つ。だが競技大会のように、審判や立会人がいるわけではない。妨害してでも金を手に入れようとする者も出てくるだろう。
「ならその妨害を、こちらで促してやりましょう。待ち伏せがしやすいように、暗がりや隠れやすい場所を作ってやれば、あとは勝手に人間同士が争ってくれます」
マダラメが端正な顔に、酷薄な笑みを浮かべた。
「それはお前……」
さすがのシルヴァーナもマダラメの発想には息を呑んだ。だがこれは良い方法だった。妨害する者が出て来れば、反撃する者も出てくるだろう。さらに争いが発展すれば、妨害する者は悪人であると、換金アイテムそっちのけで、粛清に乗り出す者も出てくるかもしれない。
うまくいけばモンスターを損なうことなく、大量のマナを手に入れることができる。それにこの悪辣さであれば、武闘派のダンジョンマスターたちも文句を言えない。むしろ人間同士を争わせる策を評価するはずだ。
「だがそのダンジョンは設置可能なのか? ソサエティに来ることができるのは一年を生き延びただダンジョンマスターだけだ。すでにダンジョンの骨格が出来上がっている。一階部分に大きな変更を加える余地はないのではないのか?」
シルヴァーナは根本的な問題を指摘した。以前シルヴァーナもマダラメのダンジョンを模倣することを検討したが、自分のダンジョンには設置できないと諦めたのだ。
「ある程度大きな規模のダンジョンであれば、ランニングコストも大きい。お前の言うダンジョンではその費用を賄えないのではないか?」
「それに関しては、また別の裏技を考えています」
「お前が裏技というと、なぜかいい予感がしない」
「ひどい言われようだ。ただ、確かに少し危険なところもありますが、なかなかいい方法ですよ」
マダラメはワインを一口飲んで、喉を湿らせる。
「前提として、一度作ったダンジョンは拡張することはできても、縮小することはできない作りになっています」
「そうだな、最初の頃は不慣れでつい大きく作ってしまう。あとで失敗したと気付いても、元に戻せない」
「修正する方法は、より大きく作り、ダンジョンを上書きするぐらいしかありません」
マダラメの言葉にシルヴァーナは頷く。ダンジョンを作っていくと、どんどん大きくなっていくし、大きくするしかないのだ。
「しかしダンジョンを小さくする方法はあるのです。私たちはその方法を知っている」
「そんな方法、あるわけがない」
「いいえ、あります。このソサエティでは、マナの貸し借りを行うことができます。それはご存じですね?」
突然話題を転換したマダラメに、シルヴァーナは眉をひそめる。
「当たり前だ。マナの貸し借りの制度を確立したのは私だ」
そんなことも知らないのかと、シルヴァーナはマダラメを睨んだ。
シルヴァーナはグランドエイトの制度を確立し、様々な法整備を整えた。その中の一つがマナの貸し借りだった。
「では貸したマナを返済できなかった場合は、どうなりますか?」
「そんなもの、決まっている。ダンジョンを削ってでも支払いを執行……あっ!」
答えている最中に、シルヴァーナはマダラメが言わんとしていることに気づいた。
「わかったようですね。借りたマナを返済できなかった場合、ダンジョンを削ってでもマナを返済する。つまり、ダンジョンを小さくするのです」
「でも、それは……」
シルヴァーナは絶句した。確かに、マナを借りた者が返済できなければ、ダンジョンを削って返済される。だがこれまでこの方法を使って、ダンジョンを小さくしようとする者はいなかった。なぜならダンジョンを削るほどマナが不足するということは、破産したと同義だからだ。
「そんな方法を使えると思っているのか? ダンジョンを削られると言うことは、攻略される危険が伴うのだぞ」
「もちろん、攻略されないように手筈は整えるつもりです。ダンジョンを削ってすぐにマナを譲渡し、即座にダンジョンを再構築します。さらに強力なモンスターを護衛として貸し出し、攻略される危険を排除すべきでしょう。綱渡りの部分もありますが、うまくやればダンジョンの縮小は可能なのです」
自信ありげに頷くマダラメを見て、シルヴァーナは唸る。
確かに危険は伴うが、やってみる価値があった。ダンジョンマスターの中には、ダンジョンの作りに失敗し喘いでいる者もいる。このやり直しは、彼らにとって一筋の福音となるかもしれない。
「まずはテストケースとして、これらの方法を用いて他のダンジョンと連結を考えています。もちろん、貴方さえ良ければ、ですが」
マダラメはシルヴァーナに配慮の視線を送った。
現在シルヴァーナのダンジョンとマダラメのダンジョンは、転移陣で繋がっている。マダラメがどこかと連結すれば、シルヴァーナにも影響が及ぶ。
確認を取る態度は好ましく思ったが、一方で配慮のし過ぎだと感じた。マダラメがここまで気を遣うということは、何か別の狙いがあるような気がする。
シルヴァーナは迷った。ここで拒否すれば、マダラメの計画を阻止できるかもしれない。しかしマダラメが何をするのか、見てみたい気もする。しかし下手をすれば自分のダンジョンに危害が及ぶかもしれなかった。
そこまで考えて、シルヴァーナは自身のダンジョンの防衛網を考えた。
シルヴァーナの白銀のダンジョンは深く、強力なモンスターを揃えている。四英雄や勇者が出現したことにより、防衛網をさらに強化したためだ。よほどのことが無い限り、攻略される心配はない。
それに恐らくだが、マダラメの狙いはシルヴァーナを害することではないだろう。抜け目ない男ではあるが、不意打ちをするような奴ではない。
「いいだろう」
迷った末、シルヴァーナは細い顎をひいて頷いた。
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