第百三十一話
「やれやれ。ここのダンジョンマスターといい、アンタといい。人のことを便利な道具か何かだと思ってない?」
四英雄の仲間になる理由を話したカイトに、アルタイルが呆れた声をあげた。確かにマダラメもカイトも、四英雄を便利に使っている。
「それはまぁ、貴族が言う高貴なる者の義務といいますか、英雄の宿命では?」
「他人事みたいに言ってくれて、アンタだって、ソレ持っている以上、英雄の一人と周りからは見られているのよ?」
アルタイルがテーブルの上の神剣ミーオンに目を向ける。
「もちろん他人事ではありません。この剣の管理のために、手に入れた百億を提供するのです。どうぞ、お納めください」
カイトは重い金塊を前へと突き出した。
「あの、カイト様。その件ですが」
アルタイルの隣で、それまで推移を見守っていたクリスタニアが口を開く。
「貴方が神剣ミーオンを使わないと、決断してくれたことは救済教会の聖女として嬉しく思います。そして中立を貫くため、勇者サイトウや国家の手から逃れるため、私たちの仲間になりたいという考えも理解できます。ですがそれでしたら、私たちは無償で貴方を迎え入れますよ?」
クリスタニアは金銭を不要であるとした。
「いえ、金塊はお受け取り下さい。これは私にとっても必要なことなのです」
カイトはさらに金塊を突き出した。
「金塊を受け取ってもらえれば、私は英雄の地位を金で買った男になります。その不名誉が欲しい」
カイトの言葉に、四英雄の全員が首を傾げた。
「あのカイト様? それはどういう意味ですか?」
クリスタニアが怪訝な顔で問う。
四英雄が困惑するのも当然だ。大金を払ってでも、名誉を得たいと願う人間は世にいくらでもいる。だが不名誉を買いたいと、大金を出す人間などいない。
「先ほど私をロードロックの市長にと言う話があったでしょう。それですよ。有名になった私を担ぎ上げて、一山当てようとする人々はこれからも現れます。しかし偶然勝っただけの私に、人を導くなんて無理です!」
カイトは情けないことを、大声で言ってのけた。
人を導くなんてカイトには無理だ、何よりそんなことしたくない。
カイトは以前、ギルドの支部長代理補佐を務めていたことがある。あの仕事は楽しかったが、あれ以上は手に余る。自分の器はギルドの支部長、その補佐辺りが限界だ。器以上のことをしようとすれば、失敗は目に見えている。
「ありもしない幻想を抱かれても困ります。偶像が大きくなる前に、勝手な理想像を叩き潰したい。金で英雄の椅子を買ったという、悪名がどうしても欲しいのです」
カイトが真面目な顔で頷くと、対面するアルタイルが吹き出した。
「これはまた、逆方向に振り切っているわね」
「さっき言ったでしょう。私は自分の身の程は知っていると」
笑うアルタイルに、カイトも笑みを返す。
「ですので、情けない私は全財産を使って英雄の椅子を買います。英雄の椅子を百億でお売り下さい」
カイトは四本の金塊を、ずずいっと前に押し出す。
「ん? 受け取るのはいいけれど、残り九億はどうしたの?」
アルタイルは目の前に有る金塊が、賞金の全額でないことを言及した。確かに優勝賞金は百九億クロッカあった。九億クロッカを手元に残し、全財産を投げ打ったと言うのは詐欺だろう。
「残りの九億は、ギャンブル大会に協力してくれた仲間に公平に分配しました。ちなみに、その中に私は入っていません」
カイトは両手を広げ、自分の収入はないことを示した。
「え? じゃぁアンタ、賞金全部を一日で全額使いきるつもりなの?」
「はい、これをお渡しすれば、手元には一クロッカも残りません。たった一晩で消えて無くなる。富のなんと儚いことか……」
カイトは眉を顰め、世の無常を嘆く芝居をした。
「アンタねぇ……お金はもっと大事に使いなさい。メリンダさん。貴方はそれでいいの?」
アルタイルがメリンダに気遣いの視線を送った。
メリンダはギャンブル大会で、カイトの手伝いをしてくれた。そのため分配金を受け取っている。しかしカイトの妻であるメリンダには、本来五十四億クロッカの取り分がある。その金額を考えれば、もらった金額はあまりにも小さい。
「今朝起きて、話を打ち明けられた時は驚きました」
メリンダは苦笑を浮かべる。笑うしかないのだろう。
「ですが夫の決めたことですから」
メリンダは笑いながらも頷いてくれた。
「なんだか惚気話を聞かされた気がする」
アルタイルが顔をしかめて、首を横に振った。
「まぁ、アンタたちが納得しているのなら、それでいい。この金を受け取れと言うなら、受け取るわ」
「ええ、どうぞ、お受け取り下さい」
カイトは笑顔で金塊を四英雄に押し付けた。
これで正真正銘、カイトは昨日得た賞金のすべてを使い切った。この話が世に広まれば、甘い汁を吸おうとすり寄って来る連中はいなくなるだろう。
もったいないことをしたと思うが、分不相応な大金を得たせいで、人生の道を踏み外す者は多い。偶然得たあぶく銭だ、初めからなかったものと扱うべきだろう。
「さて、話が終わったところで食事にしましょう。ここの支払いは済ませているのでご心配なく。いやぁ、ここでの食事が最初で最後の豪遊となるわけで。お腹いっぱい食べておこう」
「アンタねぇ」
カイトの言葉にアルタイルが呆れて顔を顰めた。
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