第百三十話
第百三十話
「私達を、護衛として雇う?」
百億の金塊を置くカイトに、アルタイルは語尾を跳ね上げた。
「期間は?」
アルタイルが当然の問いを返す。冒険者が護衛依頼を出す場合、期限を設けておくのは普通のことだ。
「無制限。そしてできれば四六時中、私と行動を共にしていただきたい」
「ん? ちょっと待って、それって護衛というより……」
「ええ、そうですね。もっと端的にいいましょう。私を貴方達、英雄の仲間に加えていただきたい」
カイトの言葉を聞いてアルタイルが目を細めた。すると彼女の体から膨大な熱気が放たれる。そしてほぼ同時に、聖女クリスタニアの背後から神々しくも、威圧的な後光が差す。シグルドの全身からは獅子の如き闘気が溢れ出し、仮面を被る夜霧の双眸からは、心を切り裂くような殺気が発せられた。
「へー、面白いこと言うじゃない。神剣ミーオンを手に入れた以上、僕も英雄の仲間入りだー! なんて思っちゃったわけ? それとも、たかが百億ぽっちで、英雄の席が買えるとでも? えらく安く見られたもんね」
アルタイルの声は冷たいものだったが、全身から放たれる熱気は汗ばむどころか、汗を蒸発させるほどだった。
他の英雄達も怒りを露わにしていた。だが彼らの怒りは当然である。
カイトはギャンブル大会に優勝し、神剣ミーオンを手にした。しかしそれは運が良かっただけのこと。カイトはまだ何も成し遂げていない。にもかかわらず英雄の列に入り込もうなど、不敬も甚だしい。さらに金で英雄の席を買うなど、四英雄を冒涜する行為といえた。
「神剣ミーオンを手にしているのは、今のところアンタだけれど、それは預けているだけ。考え違いをして増長するようなら、今すぐにでも取り上げるわよ?」
アルタイルの言葉に続くように、他の三英雄から発せられる威圧感が強くなる。
四英雄の無言の怒りを見て、カイトの背後に控えるガンツ達は色を無くした。しかし当の本人であるカイトは、静かに微笑んでいた。
「何を笑っているの?」
「アルタイル様が、あまりに見当違いのことを言われているので」
カイトは笑って言ってのけた。
「どう言う意味?」
「私は自分の身の程というものを知っている。と言うことですよ」
カイトは腰の神剣ミーオンを手に取り、テーブルの上に置いた。
「私が英雄と同列など、とんでもない話です。運良く神剣ミーオンを手にしましたが、この剣を持つに相応しくないことぐらい、誰よりも自分自身が知っています」
アルタイルに向かって、カイトは首を横に振った。
「私などせいぜい神剣ミーオンの鞘か台座でしょう。自分でこの剣を使うつもりはありません」
カイトが自嘲気味に話すと、部屋中を覆っていた四英雄の怒りが一瞬で雲散霧消した。
「身の程を分かりすぎるのも、考えものね。アンタそれでいいわけ? 神剣ミーオンを自在にふり回し、歴史に名を刻むとか考えないの?」
アルタイルが問うが、カイトは笑って答えた。
「あり得ませんね。と言うか、私が神剣ミーオンを振るうなどお笑い種です。だって私の剣の腕前は、そこにいるクリスタニア様より劣るのですよ」
カイトはアルタイルの隣で、静かに座る聖女を見た。
「え? アンタってそんなに弱いの?」
「いやぁ、面目ない」
驚愕するアルタイルに、カイトは頭を撫でた。
クリスタニアはほっそりした体型で、法衣から覗く腕も細い。体格的に優れていないことは一目瞭然だ。冒険者として求められている役割も、傷ついた味方を癒す後衛である。しかしそんなクリスタニア相手でも、カイトは接近戦で完敗するのだ。
救済教会の僧侶は、身を守る術として杖術を教え込まれる。もちろん腕前は人それぞれだが、達人ともなれば岩を砕き大木をへし折るという。そしてクリスタニアは、間違いなく達人級の腕前の持ち主だった。物腰ひとつで実力はわかる。
「と言うことで、そんな私が神剣ミーオンを使うなどあり得ません。滑稽もいいところです。そして現状で、使わない人間が神剣ミーオンを持つ。これが一番いいのだと思います」
カイトは話しながら頷いた。
神剣ミーオンの力は強大すぎる。みだりに使用すべきではない。
「しかしこのままでは、神剣ミーオンを求めて強盗や暗殺者が私のもとに送り込まれるでしょう。私では神剣ミーオンを守り切れません」
カイトは両手を掲げ、白旗を挙げる身振りをした。
「救済教会に返すのが一番いいとはわかっているのですが、教会に神剣ミーオンを返還すれば、勇者サイトウが取りに来るでしょう。現在の勇者サイトウに、神剣ミーオンを持たせたくはありません」
カイトは勇者サイトウのことを思い出して、首を横に振った。
ギャンブル大会で敗れた後、勇者サイトウがどこに行ったのか知る者はいない。敗北して全てを失ったサイトウが、再度神剣ミーオンを手にすれば、誰に刃を振り下ろすかわかったものではない。
「確かに、あの男がどう動くかは読めないわね」
アルタイルが首肯して頷く。
「でもそれなら、国家にでも守って貰えば? 聞いた話だけど、ロードロックではアンタを次の市長にするって話があるらしいわよ?」
「私を市長に? それは初耳ですね」
半笑いの顔を見せるアルタイルに、カイトは苦笑いを浮かべるしかなかった。
初めて聞いた話だが驚きはしない。誰かが思いつきそうなことである。
神剣ミーオンを持つカイトが市長となれば、交易の中継地点でしかなかったロードロックの存在価値は、国家と同等にまで高まるだろう。カイトを市長に祭り上げようとしている者達は、これを機にロードロックの独立を画策しているかも知れない。
「市長になれば? みんな喜んで賛成すると思うわよ」
「冗談はやめてください、アルタイル様。私が市長となって神剣ミーオンを振るえば、ロードロックに自治を許している東クロッカ王国と戦争になります。私はロードロックを愛していますが、だからこそ故郷の争いの火種になりたくない」
カイトは首を横に振り、市長になる可能性をキッパリと否定しておいた。
「戦争を起こさないためにも、私は国家に対抗できる戦力を持ちながら、絶対に中立でなければなりません。それができるのは、貴方たち四英雄しかいない」
カイトは改めて四英雄を見た。
ダンジョンマスターマダラメは、ギャンブル大会の最中に神剣ミーオンを四英雄に預けた。四英雄は誰よりも信頼できると考えたからだ。カイトもそう思う。そして世界もそう思っている。ならばカイトが頼るべきは彼らしかない。
カイトは微笑を浮かべ、四英雄に頷いた。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
ロメリア戦記の三巻が小学館ガガガブックス様より発売中です。
また、マンガドア様で上戸先生の手によるコミカライズが連載中です。
こちらもよろしくお願いします