第百二十九話
第百二十九話
多くの人々が集まるカジノダンジョンには、様々な区画が存在している。
一番大きな区画は、もちろん賭け事をするためのカジノ区画だ。スロットにポーカーなど、多種多様なギャンブルがここで楽しめる。
次に大きな区画はイベント区画だろう。格闘技大会や様々なショーが開かれ、昨日開かれたギャンブル大会もこのイベント区画で開催された。この他にもホテル区画やカジノに最初からあった風呂場区画。八大ダンジョンへと転移できる、転移陣が設置されている区画も存在する。そして忘れてならないのがレストラン区画だ。
当初は安くてうまい店が一店舗あっただけだが、利用客の増加に伴い店舗数が増加した。様々な国から多くの人が集まり、色とりどりの食材が集まるようになったため、世界各国から腕に自信のある料理人が集い、日夜料理の腕を競い合っている。
軒を連ねる料理店の中には、冒険者や庶民向けではなく、大店を持つ大商人や貴族たち向けの高級店も存在していた。
ギャンブル大会があった翌日、カイトはダンジョンのレストラン区画にある高級料理店『高貴なるひと匙』に予約を取り、個室を一つ借り切った。
『高貴なるひと匙』は数ある高級店の中でも、最高級の呼び声高い店だ。一番安い料理ですら、金貨一枚の値段が付くと言われている。
当然扱われる食材も、料理をする料理人の腕も超一流という触れ込みだ。
カイトはいつかここで食事をしたいと考えていた。だが今日ここに来たのは食事のためではない。人と会うためだった。
カイトは大きなテーブルを前にして椅子に座り、正面を見る。
テーブルの反対側には四つの椅子が並んでいた。しかし椅子に座る人影はない。招待客はまだまだ現れていなかった。椅子のさらに向こう側には、部屋にある唯一の扉が見えた。しかし扉は開かれることなく、閉じたままだった。
カイトが招待客をじっと待っていると、背後で重苦しい息遣いが聞こえた。
カイトは首を曲げて後ろを見ると、背後には妻であるメリンダが立っていた。メリンダは杖を抱え、視線をせわしなく周囲へと向けていた。
部屋に居るのはカイトとメリンダだけではなかった。メリンダの右隣には戦士のガンツが立っている。ガンツは腰の剣に手を掛け、小刻みに震えていた。ガンツの右隣りに佇む僧侶のトレフは、顔色を青くしながら大きなカバンを大事そうに抱えていた。メリンダの左隣に立つローグのアセルは額に汗を流し、さらに左にいるハーフエルフのシエルも、呼吸が荒い。部屋にいる仲間たちは、尋常でないほど緊張していた。
「落ち着けよ」
カイトは緊張を和らげるために軽い声をかけたが、仲間たちの気分はまるでほぐれなかった。
「落ち着けるかよ、いつ敵が来るか、わかったもんじゃないんだぞ」
ガンツがいら立ちの声を上げながら、カイトの腰に視線を向けた。
カイトの腰には、白い鞘に包まれた、一振りの剣があった。神が造りし神剣ミーオンである。
仲間たちが緊張するのも当然だった。神剣ミーオンを求めて、いつ誰が襲ってくるか分からないのだ。護衛としてこの場にいるガンツたちは、気が気ではないのだろう。
「まったく神剣ミーオンの護衛だなんて、完全に俺たちの手に余るぜ」
緊張に苛立つガンツがぼやく。鞄を抱えるトレフが蒼い顔をして頷き、アセルやシエルも首肯する。
「悪い。信頼できるのは君達しかいなかったんだ。それに、今日一日のことだ。我慢してくれ」
カイトがガンツたちを宥めると、部屋の扉が開かれた。ガンツたちは敵かと体を硬直させる。だが部屋に入って来たのは、紅蓮のドレスを身に纏ったアルタイルだった。
「カイト。私達を呼びつけて、一体何の用なの?」
アルタイルがやや険のある声でカイトに問いただす。
カイトが招待した客とは、四英雄だった。アルタイルの後ろには、白い法衣を身につけ、厳かな空気を放っている聖女クリスタニアが続く。その後ろには大剣を背負うシグルドが、獅子の如き歩みで部屋に入ってくる。カイト達は四人目に入ってくる夜霧の姿を想像したが、続く人影はない。
夜霧の不在にカイト達は内心首をかしげたが、アルタイルは気にせず椅子に座る。聖女クリスタニアもアルタイルの右隣に座り、シグルドはアルタイルの左隣に座った。
「アルタイル様、クリスタニア様、シグルド様。今日はお呼びだてして申し訳ありません。しかし夜霧様はどうされましたか?」
カイトは空席となったクリスタニアの左隣を見る。招いたのは四英雄の全員だ。もちろん夜霧も招待した。
「なにを言ってるの? さっきからそこにいるじゃない」
アルタイルがクリスタニアの左隣に視線を送る。カイトはアルタイルこそ何を言っているのかと、視線の後を追って驚愕した。先程、間違いなく空席であると確認したばかりの椅子に、仮面をつけた夜霧が座っていたからだ。
「いつの間に……」
背後のガンツが息を呑む。
「いつの間にも何も、一番早く席についていたのは夜霧だけど?」
アルタイルの指摘にカイトたちは再度驚く。四英雄が偽りを言うとは思えない。ならば夜霧はカイトたちの目の前にいながら、目に映らなかったということになる。
背後でガンツたちが生唾を呑み込む。
もし夜霧が敵に回れば、カイトたちは殺されたことにすら気づけないかもしれないのだ。
「で? 本題に入っていい? なんの用?」
冷や汗をかくカイトたちに、灰塵の魔女ことアルタイルが、不機嫌さを隠すことなく尋ねる。
「私たちを呼びつけるなんて、さすがは神剣ミーオンを手に入れたカイト様ね」
アルタイルが呆れた顔を作ってカイトを見る。
確かに、以前のカイトなら四英雄を招待などせず、自分のほうからアルタイルたちの元に足を運んでいただろう。
「呼びつけたご無礼をお許しください」
カイトは素直に頭を下げた。
別に神剣ミーオンを手に入れたため、天狗になったわけではない。四英雄に足を運んでもらったのは、ある意味形式的なものだった。
「先日開かれたギャンブル大会で、私は神剣ミーオンを優勝賞品として手に入れました。そして副賞として百九億クロッカも手に入れました」
「知ってる。授与式で私がアンタに渡したんだから。で、だから何?」
アルタイルは前置きが長いと顔を顰める。
「で、賞金の使い道を考えていたのですが、これしか思いつきませんでした」
カイトはそこで一度言葉を切り、後ろのトレフを見た。巨大な鞄を抱えるトレフは、カイトの視線に頷くと、鞄を抱えてヨタヨタと歩く。そしてかけ声をあげて鞄を持ち上げ、テーブルの上に置く。
カイトはテーブルに置かれた鞄の口を開き、中を見せる。鞄の中からは黄金色に輝く金の延棒が四本出てきた。
「ここに百億あります。これで貴方たち四英雄を雇いたい」
カイトは四本の金塊を四英雄に差し出した。
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