第百二十八話
第百二十八話
カイトは強烈な頭痛で目を覚ました。
寝台から体を起こすと頭の痛みと眩暈がカイトに襲いかかり、のどの渇きと体のだるさが畳みかけてくる。とどめに吐き気がこみ上げたが何とか耐え、カイトはただ体調が良くなるのを待つ。
寝台にうずくまりながら、カイトは自分の体調を分析した。
今の自分の体調は、典型的な二日酔いの症状だった。どうやら昨日は飲みすぎたらしい。ただなぜここまで深酒をしたのか、その理由が思い出せなかった。昨日のことを思い出そうとしても、激しい頭痛がカイトの思考を妨げる。
頭を抱えてうずくまっていると、時間と共に気分の悪さが少し和らいでいく。カイトは目を開けて周囲を見回すと、そこは大きな部屋だった。しかし見たこともない場所だった。
「なんだ? ここは? どこだ?」
カイトは見覚えのない部屋に顔をしかめた。
初めて見る部屋だが、大層豪華な部屋だった。
革張りのソファーの前には、ニスが塗られた飴色のテーブルが置かれている。高価そうな棚の中には酒瓶が並べられており、壁には絵画が掛けられていた。
初めて見る部屋だが、調度品からおそらくカジノダンジョンにあるホテルの一室であると見当がついた。だがカイト達がいつも使っている部屋とは趣が違う。貴族が宿泊する高額な部屋だろう。
今いる場所の見当はついたが、どうしてこんな高い部屋に自分がいるのか、それが分からない。
「いったい何があったんだ?」
訳が分からない状況に、カイトは怖くなった。
その時、ふいに背後から小さな声が聞こえた。振り返ると寝台には、妻であるメリンダも横になっていた。メリンダは金色の髪を無造作に投げ出し、あどけない寝顔を見せて眠っている。
妻の存在にカイトが安堵すると、徐々に記憶が戻って来た。
「そうだった、昨日はパーティーがあったんだ。ギャンブル大会で優勝したんだ。俺は……」
カイトは昨夜に行われた、盛大な宴を思い出した。
あんなに大騒ぎは人生で初めてだった。誰もが興奮し、ダンジョンがひっくり返った様だった。だが宴に参加した皆が浮かれるのも無理はない。昨日行われたギャンブル大会は、歴史に名を遺す名勝負だった。そしてカイトはジードとマダラメを下し、ギャンブル大会で優勝したのだ。
「勝った……そうだ、俺は勝ったんだ……」
カイトは何度もつぶやいたが、勝利の実感が持てなかった。実感がわかないのも当然だ。カイトが勝てたのは幸運に近い。カイトがもう一度マダラメやジードと勝負しても、絶対に勝てない。たとえ百回戦っても百回とも負けるだろう。ギャンブル大会での勝利は、決してカイトの実力ではなかった。
「でも……勝ったんだ」
カイトは寝台に寝転がった。
貴族が使う高級な寝台は柔らかく、二日酔いの体には心地よかった。この部屋の一泊の宿泊費用は、中堅冒険者の十日分の稼ぎに相当すると聞いている。おいそれと宿泊できる部屋ではないが、幸いにもカイトには金はあった。ギャンブル大会に優勝したため、賞金として大会で使用されたコインのすべてがカイトの物となったからだ。
総額一億とんで九百三十万コイン。ロードロックで主に流通しているクロッカに換算すれば、百九億クロッカだ。使い道に困るほどの大金、もう一生金に困ることはないだろう。
使い切れないほどの大金を想像すると、カイトの頬が自然と緩んだ。すると二日酔いの頭に睡魔が襲い掛かった。
今が何時かは分からないが、今日ぐらいゆっくりしても罰は当たらないはずだ。カイトはもう一度眠りに付こうと瞼を閉じた。だがその直後、カイトは体に電流が流されたように飛び起きた。
「そうだった! 神剣!」
カイトは顔を引きつらせながら、寝台の脇に置かれたテーブルを見た。
テーブルには一振りの剣が置かれていた。
白い鞘に納められたその剣は、まさしく勇者が持つ剣、神剣ミーオンだった。
「このことを忘れていた!」
カイトは鎮座する神剣ミーオンを見て頭を抱えた。
ギャンブル大会に優勝したことで手に入れた物は、優勝賞金だけではない。むしろ賞金は副賞であり、一番の目玉は神が造りし勇者の剣、神剣ミーオンだった。
カイトはギャンブル大会に優勝したのだから、優勝賞品である神剣ミーオンもカイトの物になってしまったのだ。
「どーすんだ、これ」
カイトは途方に暮れた。
神剣ミーオンを手に入れることは、子供の頃に見た夢だった。しかし実際に手に入れてみると、死ぬほど扱いに困る。正直どうしていいのか分からなかった。
「あっちこっちから、奪いに来る連中がやって来るよなぁ」
カイトは暗澹たる気分になった。
まず神剣ミーオンを持っているだけで危険だった。神剣ミーオンを手に入れようと、犯罪者や暗殺者たちがカイトに群がってくるだろう。いや、犯罪者だけならまだいい。神剣ミーオンが手に入るとなれば国家が動く。列強各国がカイト一人のために、軍隊を出動させるかもしれなかった。
「教会に返すか? しかしなぁ……」
カイトは寝台の上で胡坐をかき、思案に暮れた。
一番簡単な解決方法は、神剣ミーオンを救済教会に渡すことだった。教会ならば世界各国も手が出せないだろう。だが教会は勇者を後援する義務がある。教会に神剣ミーオンを返せば、勇者サイトウは待っていましたと教会に返還を求めるだろう。
神剣ミーオンを取り戻した勇者サイトウは、またこのカジノダンジョンにやってくる。カイトはもう二度と勇者サイトウの顔は見たくなかった。しかし神剣を保持していれば、勇者サイトウが取り返そうとやってくるかもしれない。
「かといって、どこかの国に庇護を求めるわけにもいかないよなぁ」
カイトの口から、情けない声が漏れた。
列強各国や勇者サイトウを牽制するためには、同じく国家クラスの力がいる。だがカイトがどこかの国家に属すれば、神剣ミーオンを巡って国家間での争いが起きるかもしれなかった。かつて起きたとされる神剣ミーオンを巡っての大戦争、神剣戦争を再び引き起こすわけにはいかない。
「なら自分で何とかするか? 神剣ミーオンの力を使えば……いや、それだけは絶対にダメだな」
カイトは自分が神剣ミーオンを振るっている姿を想像したが、すぐに首を振って否定した。
運よくギャンブル大会に勝利しただけの自分に、神剣ミーオンを使う資格はないとカイトは考えていた。何より冒険者として中堅レベルの自分が神剣を振るなど、冒とくと言えるだろう。
「あーそうだ……神剣だけじゃない。金も問題だよな」
カイトは副賞として手に入れた、優勝賞金も問題であることに気付いた。
何せ百億の金である。神剣ミーオンだけでなく、賞金目当ての強盗も大量にやって来るだろう。それでなくても強請やタカリの類が、カイトのもとに群がって来るはずだ。金の使い道を考える前に、まずは身を守る方法を考えなければいけなかった。
「これしかないか……」
カイトは全ての問題を解決する方法を思いついた。
あまりにも酷い解決法だが、それしか道が無かった。
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