表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/237

第百二十六話

 第百二十六話


「マダラメマスター」

 土下座をする俺に、ケラマが机の上から声をかける。

「マスターが謝罪したいというお気持ちは分かりました。しかしその謝罪には、意味がないのではありませんか?」

 高みからかけるケラマの声は冷たい。

「もしマスターが、今回のことを反省し、もう二度と同じことをしないというのであれば、その謝罪には意味があると思います。しかしそうではないでしょう?」

 ケラマの言葉は俺の胸を打ちぬく。だがその通りだった。


「分かっている」

 俺は頭を下げたまま話した。

「もう一度同じ状況になっても、俺は必ず同じ決断をするだろう。何度でもする。俺はそういう人間なのだ」

 俺は土下座しながら、堂々と言ってのけた。

 ここでもうしないと言ってしまうことはたやすい。しかしそれは何の保証もない言葉だ。強敵との真剣勝負の機会があれば、俺はそれを避けたりはしない。いや、必ず挑むだろう。


「俺は俺という人間を変えることができない。だから俺という人間を受け入れてくれ」

 俺は言い切った。言い切るしかなかった。

 ケラマ達は俺を心配してくれていたのだ。彼らに対して謝罪したいという気持ちはある。しかし自分を曲げ、嘘を言うわけにもいかない。

「……マスター。貴方、今ご自分がどれほど無茶なことを言っているか、分かっておられますか?」

 ケラマの言葉が、俺の頭に突き刺さる。


「分かっている」

 頭を伏しながら俺は顎を引いた。

 俺は今、機会があれば何度でも命懸けの勝負に挑み、その都度周りにいるケラマ達に心配をかける。その上で許せと言ったのだ。

 我ながら言っていることが人間の屑だ。しかし、それが俺だ。


「マスター……」

「分かっている。こんな俺に付き合いきれないというものもいるだろう。去るのは自由だ」

 俺は顔を上げ、ケラマを見た。自分勝手なことをしているのだから、引き留めることはできない。

「残ってくれればうれしい、しかしこんな俺に付いていけないというのであれば、主従契約を解除する。もちろんこれまでの働きに見合った退職金も渡すつもりだ」

 俺は全員に目を向けた。

 知性化されたモンスターは人気があるので、すぐに次の買い手が見つかるだろう。また別の主に従いたくなければ、ソサエティで暮らしていくことも出来るよう手配するつもりだ。

 彼らの人生を邪魔するつもりはない。あとは彼らがどう判断するかだ。


「……お前たちはどう思う」

 ケラマはため息交じりに、他の幹部に尋ねた。

「私はケラマ様の決定に従います。ケラマ様が去る決断をされるのでしたら、私もついていきます」

 十二の頭のうち、鼠の首が小さな口を開く。

「後はマスターとケラマ様が話し合ってお決めください。それでは、私はソサエティで仕事がありますので、失礼させていただきます」

 エトは立ち上がりケラマに向けて一礼すると、転移札を用いてソサエティに帰っていった。


「拙僧としても、ケラマ様のお言葉に従います。許すもよし、許さぬもよし」

 袈裟に頭巾を身に着けたゲンジョーが頷き、首から下げた九個の頭蓋骨がカタカタと口を動かす。

「お前はどうする? ギオン」

 ゲンジョーが、空中に浮かぶギオンをくぼんだ眼窩で見る。


「ケラマ様が許されるのであれば」「私どもに異論はありませぬ」「もちろん心の内では不満はあれど」「それを口に出すようなことは」

 四つの顔を球体の体に浮かべるギオンが、口々に話す。


「では拙僧はモニタールームに戻り、大会の後始末を」

 ゲンジョーが骨だけの体で立ち上がる。

「私もゲンジョー殿と協力して、大会を締めくくりに行きます」

 ギオンが宙を泳ぐように進み、ゲンジョーと並んでモニタールームへと向かう。

 ゲンジョーはスケルトンを差配し、ダンジョンの運営を一手に担っている。ギオンはイベントの企画や運営を任せており、ギャンブル大会でも進行役を任せていた。


 そういえば四英雄に見つかり、慌てて転移して来たので、会場をほったらかしにしてきてしまった。俺には主催者としてカイトの優勝を宣言し、優勝賞品である神剣ミーオンと優勝賞金を渡す仕事が残っていたのだ。


「ああ、そうだったな。俺もいかないと」

 俺は立ち上がろうとしたが、なれない正座に足がしびれて、上手く立てなかった。しかし行かねばならない。俺が突然いなくなったので、会場が混乱しているかもしれなかった。


「ああ、マダラメマスターはケラマ様と一緒にお休みいただいて結構ですよ、パペットを操れば、代わりは出来ますので」

 立てない俺にゲンジョーが見下ろす。

 どうやらもう少し、ケラマと反省していろと言うことらしい。


「キャハハハハッ、怒られた怒られた~♪」

「コラ、ピッキオ! 申し訳ありません。マダラメマスター」

 木製の体を持つ人形のピッキオが笑い、人形使いのゼペッツが窘める。

 しかし実際には、ゼペッツの方がピッキオに操られている人形であり、ゼペッツの言葉はピッキオの腹話術だ。全てピッキオの一人芝居でしかない。とはいえ、からかわれたとしても仕方がない。俺はそれだけのことをしたのだ。


「私とピッキオは、ケラマ様の判断に従います」

「モンスターに怒られるマスターとはこれいかに? これではどちらが主人で僕やら」

「コラ!」

 ピッキオが歌うように話し、ゼペッツが困り顔を浮かべてピッキオを抱えて部屋から出て行く。廊下にはピッキオの笑い声が響いた。


 出て行ったゼペッツとピッキオを見送った後、俺は部屋に残ったマリアをはじめ、二十三人のゾンビ娘さんたちに目を向けた

 灰色の肌を持つマリアたちは、ゾンビであるため表情が無い。しかし感情が無いわけではなく、その視線や仕草から怒りが感じ取れた。

 マリアは無言のまま、俺ではなくケラマを見る。そして両手で黒いスカートをつまみ、軽く持ち上げながら頭を下げて一礼する。すると後ろに控えていた二十二人の姉妹たちも、同時に同じ仕草でケラマに向かって一礼し、そのまま足音も立てずに出て行った。


 一度も口を開かぬまま出て行ったマリアたちは。どうやら幹部たちの中で一番怒っているのは彼女達らしい。だが自分から出て行くとは言わず、最後はケラマに向けて一礼していた。おそらく判断はケラマに任せるという意味だろう。

 マリアたちも出て行ったので、会議室には俺とケラマだけとなる。


「マスター、そろそろお立ち下さい。足がしびれたでしょう」

 ケラマが椅子に座るように促す。

「ありがとう、そうさせてもらう」

 俺はしびれた足を伸ばしながら立ち上がり、なんとかいつも座っている椅子にたどり着く。

 椅子に座ると、机に立つケラマの姿がよく見えた。


 幹部たちは残るか去るかの決断を、ケラマにゆだねると言って去っていった。

 だが俺はケラマにどうするつもりなのかと、尋ねはしなかった。ケラマが下す答えなど、初めから分かっている。他の幹部たちもそれが分かっていたからこそ、ケラマに答えをゆだねたのだ。


「すまなかったな、ケラマ」

 俺はケラマに向けて指を伸ばし、もう一度謝った。するとケラマが机の上を歩き、俺の指を枯れ枝のような小さな手で触れ、指を抱きしめた。柔らかい毛先の感触が指先から伝わる。

「ご無事で何よりですマスター」

「心配をかけたな」

 ケラマに声をかけながら、俺は自分の変化に気付いた。


 これまで俺は、人間というものはどこまでも一人だと思っていた。

 家族や恋人、どれほど親しい友人がいたとしても、友情や愛情は幻想であり実際には存在しない。そう思っていた。しかし指先から伝わる僅かな温もりに、俺はしっかりとした絆を感じた。


いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。

ロメリア戦記のコミカライズが始動しました

マンガドア様で好評連載中です。みてね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ケラマ(スーモ)がヒロイン枠だったのか・・・
[良い点] ケラマ「ユウジョウ」 マダラメ「ユウジョウ」 いいね
[良い点] そういえば神剣はともかくカイトさんの持つ莫大なコインはどうなるんだろうね?換金するだけで人生何回かやり直せそう……急に知らない親戚が増えたりしそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ