第百二十六話
第百二十六話
「マダラメマスター」
土下座をする俺に、ケラマが机の上から声をかける。
「マスターが謝罪したいというお気持ちは分かりました。しかしその謝罪には、意味がないのではありませんか?」
高みからかけるケラマの声は冷たい。
「もしマスターが、今回のことを反省し、もう二度と同じことをしないというのであれば、その謝罪には意味があると思います。しかしそうではないでしょう?」
ケラマの言葉は俺の胸を打ちぬく。だがその通りだった。
「分かっている」
俺は頭を下げたまま話した。
「もう一度同じ状況になっても、俺は必ず同じ決断をするだろう。何度でもする。俺はそういう人間なのだ」
俺は土下座しながら、堂々と言ってのけた。
ここでもうしないと言ってしまうことはたやすい。しかしそれは何の保証もない言葉だ。強敵との真剣勝負の機会があれば、俺はそれを避けたりはしない。いや、必ず挑むだろう。
「俺は俺という人間を変えることができない。だから俺という人間を受け入れてくれ」
俺は言い切った。言い切るしかなかった。
ケラマ達は俺を心配してくれていたのだ。彼らに対して謝罪したいという気持ちはある。しかし自分を曲げ、嘘を言うわけにもいかない。
「……マスター。貴方、今ご自分がどれほど無茶なことを言っているか、分かっておられますか?」
ケラマの言葉が、俺の頭に突き刺さる。
「分かっている」
頭を伏しながら俺は顎を引いた。
俺は今、機会があれば何度でも命懸けの勝負に挑み、その都度周りにいるケラマ達に心配をかける。その上で許せと言ったのだ。
我ながら言っていることが人間の屑だ。しかし、それが俺だ。
「マスター……」
「分かっている。こんな俺に付き合いきれないというものもいるだろう。去るのは自由だ」
俺は顔を上げ、ケラマを見た。自分勝手なことをしているのだから、引き留めることはできない。
「残ってくれればうれしい、しかしこんな俺に付いていけないというのであれば、主従契約を解除する。もちろんこれまでの働きに見合った退職金も渡すつもりだ」
俺は全員に目を向けた。
知性化されたモンスターは人気があるので、すぐに次の買い手が見つかるだろう。また別の主に従いたくなければ、ソサエティで暮らしていくことも出来るよう手配するつもりだ。
彼らの人生を邪魔するつもりはない。あとは彼らがどう判断するかだ。
「……お前たちはどう思う」
ケラマはため息交じりに、他の幹部に尋ねた。
「私はケラマ様の決定に従います。ケラマ様が去る決断をされるのでしたら、私もついていきます」
十二の頭のうち、鼠の首が小さな口を開く。
「後はマスターとケラマ様が話し合ってお決めください。それでは、私はソサエティで仕事がありますので、失礼させていただきます」
エトは立ち上がりケラマに向けて一礼すると、転移札を用いてソサエティに帰っていった。
「拙僧としても、ケラマ様のお言葉に従います。許すもよし、許さぬもよし」
袈裟に頭巾を身に着けたゲンジョーが頷き、首から下げた九個の頭蓋骨がカタカタと口を動かす。
「お前はどうする? ギオン」
ゲンジョーが、空中に浮かぶギオンをくぼんだ眼窩で見る。
「ケラマ様が許されるのであれば」「私どもに異論はありませぬ」「もちろん心の内では不満はあれど」「それを口に出すようなことは」
四つの顔を球体の体に浮かべるギオンが、口々に話す。
「では拙僧はモニタールームに戻り、大会の後始末を」
ゲンジョーが骨だけの体で立ち上がる。
「私もゲンジョー殿と協力して、大会を締めくくりに行きます」
ギオンが宙を泳ぐように進み、ゲンジョーと並んでモニタールームへと向かう。
ゲンジョーはスケルトンを差配し、ダンジョンの運営を一手に担っている。ギオンはイベントの企画や運営を任せており、ギャンブル大会でも進行役を任せていた。
そういえば四英雄に見つかり、慌てて転移して来たので、会場をほったらかしにしてきてしまった。俺には主催者としてカイトの優勝を宣言し、優勝賞品である神剣ミーオンと優勝賞金を渡す仕事が残っていたのだ。
「ああ、そうだったな。俺もいかないと」
俺は立ち上がろうとしたが、なれない正座に足がしびれて、上手く立てなかった。しかし行かねばならない。俺が突然いなくなったので、会場が混乱しているかもしれなかった。
「ああ、マダラメマスターはケラマ様と一緒にお休みいただいて結構ですよ、パペットを操れば、代わりは出来ますので」
立てない俺にゲンジョーが見下ろす。
どうやらもう少し、ケラマと反省していろと言うことらしい。
「キャハハハハッ、怒られた怒られた~♪」
「コラ、ピッキオ! 申し訳ありません。マダラメマスター」
木製の体を持つ人形のピッキオが笑い、人形使いのゼペッツが窘める。
しかし実際には、ゼペッツの方がピッキオに操られている人形であり、ゼペッツの言葉はピッキオの腹話術だ。全てピッキオの一人芝居でしかない。とはいえ、からかわれたとしても仕方がない。俺はそれだけのことをしたのだ。
「私とピッキオは、ケラマ様の判断に従います」
「モンスターに怒られるマスターとはこれいかに? これではどちらが主人で僕やら」
「コラ!」
ピッキオが歌うように話し、ゼペッツが困り顔を浮かべてピッキオを抱えて部屋から出て行く。廊下にはピッキオの笑い声が響いた。
出て行ったゼペッツとピッキオを見送った後、俺は部屋に残ったマリアをはじめ、二十三人のゾンビ娘さんたちに目を向けた
灰色の肌を持つマリアたちは、ゾンビであるため表情が無い。しかし感情が無いわけではなく、その視線や仕草から怒りが感じ取れた。
マリアは無言のまま、俺ではなくケラマを見る。そして両手で黒いスカートをつまみ、軽く持ち上げながら頭を下げて一礼する。すると後ろに控えていた二十二人の姉妹たちも、同時に同じ仕草でケラマに向かって一礼し、そのまま足音も立てずに出て行った。
一度も口を開かぬまま出て行ったマリアたちは。どうやら幹部たちの中で一番怒っているのは彼女達らしい。だが自分から出て行くとは言わず、最後はケラマに向けて一礼していた。おそらく判断はケラマに任せるという意味だろう。
マリアたちも出て行ったので、会議室には俺とケラマだけとなる。
「マスター、そろそろお立ち下さい。足がしびれたでしょう」
ケラマが椅子に座るように促す。
「ありがとう、そうさせてもらう」
俺はしびれた足を伸ばしながら立ち上がり、なんとかいつも座っている椅子にたどり着く。
椅子に座ると、机に立つケラマの姿がよく見えた。
幹部たちは残るか去るかの決断を、ケラマにゆだねると言って去っていった。
だが俺はケラマにどうするつもりなのかと、尋ねはしなかった。ケラマが下す答えなど、初めから分かっている。他の幹部たちもそれが分かっていたからこそ、ケラマに答えをゆだねたのだ。
「すまなかったな、ケラマ」
俺はケラマに向けて指を伸ばし、もう一度謝った。するとケラマが机の上を歩き、俺の指を枯れ枝のような小さな手で触れ、指を抱きしめた。柔らかい毛先の感触が指先から伝わる。
「ご無事で何よりですマスター」
「心配をかけたな」
ケラマに声をかけながら、俺は自分の変化に気付いた。
これまで俺は、人間というものはどこまでも一人だと思っていた。
家族や恋人、どれほど親しい友人がいたとしても、友情や愛情は幻想であり実際には存在しない。そう思っていた。しかし指先から伝わる僅かな温もりに、俺はしっかりとした絆を感じた。
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