第百二十四話
ついに決着
第百二十四話
カイトの笑みを見て、俺もジードもこの大会が始まって以来、初めて集中を乱した。
俺とジードは、頭からカイトはもう脱落したと決め込んでいた。カイトは集中力を乱し、手札や共通カードを見て動揺し、何を考えているかすぐに見抜けたからだ。
しかし今、カイトの顔には起死回生の策を成功させた、会心の笑みがあった。
カイトは今の今まで、集中力を乱して動揺したふりをしていたのだ。
すべては演技、擬態だったのだ。
俺はカイトを見た後、視線だけを動かしてジードを見た。
ジードも同じく俺を見ていた。彼の眼には、動揺と驚きが見て取れた。
俺もジードも、カイトの擬態を、演技を見抜けなかった。
だが演技と言っても、簡単なものではない。カイトが装っていたのは、動揺して落ち着きを無くしていた状態なのだ。
動揺とは無意識に出てしまう仕草や表情だ。真似ようと思って真似られるものではない。また、人間は他者の感情に敏感だ。ほんの小さな表情の違いを感じ取ることが出来る。逆にそこにわずかな違和感があれば、演技だと気付けるだろう。
動揺した様子を振る舞うなど、本職の役者でも難易度の高い演技といえる。しかもカイトは、その演技をこの大勝負の最中にやってのけたのだ。
集中力を失っていたなどとんでもない。カイトは恐るべき集中力で演じていたのだ。
すべてはこの一瞬のために。
カイトは頬に汗を流し、やり切った笑みを見せる。
俺もジードも、カイトを警戒しないままオールインしてしまった。一度オールインした以上、もはや取り消せない。俺たちはまな板の鯉となってしまった。
「オールイン」
カイトがオールインを宣言する。
手持ちのコインは、現在カイトが最も多い。カイトが勝てば、一発でカイトの優勝だった。
俺とジードは互いに息を呑む。
カイトの擬態は完全に予想外。横合いから殴りつけられたに等しい。しかしまだ敗北が決まったわけではない。予想外ではあったが、カイトにも俺たちの手札はわかっていないはずだ。
「ぜ、全員のオールインが確認されました。これよりショーダウンとなります」
アルタイルが緊張に声を震わせながら、ゲームが最終局面に移行したこと宣言する。あとは互いに手札を晒し、勝敗を決めるだけだ。
「なぁ、一つ提案があるんだが、いいか?」
ジードがカードを晒す前に、俺とカイトを見て口を開いた。
「カードを晒すのは俺からな訳だが、どうだ、互いに一枚ずつカードを晒していかないか?」
面白い提案をジードはしてきた。
勝敗とは何の関係もないが、最後の大勝負。ドラマチックに演出したいらしい。俺は顎を引いて了承し、カイトを見た。カイトも構わないと頷く。
「では俺から」
ジードは自分の前に伏せられた二枚のトランプうち、一枚に手を掛けてカードを裏返す。
そのカードはスペードのJだった。
ロイヤルストレートフラッシュに必須の一枚に、観客からは悲鳴にも似た歓声が上がる。
俺も驚きに息を呑みながら、自分の手札をめくりハートの6を晒した。
観客たちが唸る。そして全員の視線が、カイトへと集中する。
カイトも自分の手札に手を掛け、一枚をめくった。
その手札はスペードの10。またも客席から、悲鳴ともつかない声が上がった。
これでロイヤルストレートフラッシュの可能性が消えた。これにはジードも唸る。
ジードはロイヤルストレートフラッシュの可能性が無いことを、自分だけが知っているつもりだった。だがカイトもその可能性が無いことを知っていたのだ。
カードをめくる順番が一巡し、ジードは息を呑み。自分に残された、最後の手札をめくる。
そのカードはハートのK。ジードの手役はフルハウスで確定した。
これには俺も驚き、即座に自分のカードをめくり、同じく手役がフルハウスであることを示した。
これには会場全体が騒然とする。
俺とジードは奇しくも同じ手役だった。観客たちが騒ぎ出し、勝敗がどうなるのかと声を上げる。
「これは……引き分け?」
ディーラーのアルタイルが驚きつぶやく。そして確認するように、視線を俺に向けた。
俺は顎を引いて頷いた。
当カジノのルールでは、絵柄の違いによる優劣はない。数字の大きさが勝敗のすべてだ。
同じAとKのフルハウスである以上、俺とジードの勝敗は引き分けとなる。
勝敗の行方は、カイトの手札に掛かっていた。
もしカイトの手役が、俺とジードを上回っていればカイトの優勝が決定する。逆に下回っていた場合は、カイトのコインを俺とジードで分配し、決着は次回以降に持ち越される。
カイトが伏せられたトランプに手を掛ける。
残された最後の一枚が明らかとなる。
表に向けられたトランプ。その絵柄を見て、会場の誰もが言葉を無くした。
表に向けられた最後のカード。
それはハートのAだった。
四枚目のA。カイトの手札はフォーカード。カイトの勝利だ。
カイトの勝利は明らかだった。だが誰も何も言えなかった。驚きと緊張に、何を言っていいのか分からず、世界は音を無くしたかのように静まり返り、空白が支配する。
「……見事だ」
静寂を破ったのはジードのつぶやきだった。
ジードの声は膨らんだ風船を破裂させたように、周囲の大歓声を引き起こした。
もはや誰が何を言っているのかもわからない。ただ音の衝撃が会場全体を包み、会場にいた全員の体を震わせた。
俺は大歓声に包まれながら、静かに唸った。
ジードの言うとおり、見事の一言だった。
チェンジのないポーカーは、プレイヤーが関与できる部分が少なく、手役の成立に至っては完全な運勝負である。しかしカイトが勝利したのは、ただ運が良かったからではない。
すべての共通カードが明らかとなった時、カイトはロイヤルストレートフラッシュの可能性が無いことを知り、そして自分の手が、確実に勝利できるフォーカードである事が分かっていた。
もしこの時、カイトが自らの手札に興奮し、勝利への欲望を僅かでも見せていれば、俺とジードはたちどころにその気配を察知して、降りていただろう。
カイトは自分が絶対に勝つと分かっていながら、必勝の気配を一切感じさせなかったのだ。
人は常に自分を大きく、強く見せようとする。だがカイトは逆に弱さを演じ、俺とジードの油断を誘ったのだ。
完敗だった。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
長かったギャンブル大会編もこれにて決着。
次回更新はちょっと時間が開きます。ロメリアの方も更新しないといけないので。
それでは、これからも頑張りますので、よろしくお願いします