第百二十二話
第百二十二話
三枚の共通カードが明らかとなり、観客の誰もがそのトランプを見て息を呑んだ。
新たに提示された三枚の共通カードは、スペードのK、スペードのQ。そしてスペードのAだった。
いまプレイしているポーカーの種目であるテキサスホールデムは、プレイヤーには二枚の手札が渡され、場には共通カードとして五枚のトランプが提示される。プレイヤーは手札と共通カードを含め七枚を組み合わせて、五枚一組の役を作り強さを競う。
そして提示された共通カードは、スペードのA、K、Qだった。
まだすべての共通カードが明らかとなったわけではないが、手札にスペードのJと10を持つ者がいれば、最強の手役であるロイヤルストレートフラッシュが成立する状況となっていた。
もちろんロイヤルストレートフラッシュなど、そうそう出るものではない。だがたとえ絵柄が揃わなくとも、Jと10であればストレートが。数字が揃わなくとも絵柄がスペードであればフラッシュが成立する可能性は濃厚だった。
そして俺の手札はクラブのKとハートの6。ロイヤルストレートフラッシュでなければ、ストレートでもフラッシュでもない。しかしKのワンペアは成立している。
チェンジのないテキサスホールデムでは、ワンペアはそれなりに強い手だ。
「ベット、五百枚」
ジードのベットラウンドからであり、彼は当然のように大量のコインをベットしてきた。
ポーカーはただ手役が強いだけでは勝てない。掛け金を吊り上げるには、互いに自分は勝てる、相手は自分より弱いと思い込むことから始まる。
そして現在、全員にロイヤルストレートフラッシュの可能性が出て来た。
ハッタリを仕掛けるには最高の状況といえる。
最初に大金を賭けてきたジードの手役は、最強のロイヤルストレートフラッシュかもしれなかった。そしてそう思わせての、クズ手かもしれない。
悩ましい二択だが、ここで迷いは見せられない。それこそがジードの狙いだ。
迷いは動揺となり、集中を乱す。集中力の乱れをジードは感じ取り、恐るべき直観力を発揮して、俺の手札を丸裸にしてしまうだろう。
「コール」
恐れも迷いも見せず、俺は平然とコールした。
俺の胸の中では火を呑むような、興奮と焦燥が沸き上がろうとしていた。だが頭は凍てついた永久凍土のように冴え、一切の動揺を封じ込めた。
「コール……」
続いてカイトも、五百枚のコインを前に出す。
だがその声はしりすぼみに弱くなり、不安が声に出ていた。
全員のベットラウンドが終わったため、ディーラーであるアルタイルに観客を含め全員の視線が集中する。
唯我独尊の権現ともいえるアルタイルだが、さすがにこの状況には緊張し、表情を硬くしていた。
もしここでスペードのJか10が出ようものなら、よりロイヤルストレートフラッシュの可能性が濃厚となる。
固唾を呑んで、アルタイルが四枚目の共通カードをめくる。明らかとなったカードを見て、誰もが目を見開いた。
クラブのA。
四枚目の共通カードは、よりにもよってAだった。
二枚目のAが明らかとなったことで、ツーペアやスリーカードにフルハウス。そしてフォーカードの可能性が見えてきた。
テーブルの上はさらに混沌の度合いが増し、興奮は高まり緊張度は加速し続ける。
「ベット、千枚」
ジードが千のコインを積み上げた。
歴戦のジードでも、この展開は予想していなかっただろう。テーブルの上ではストレートフラッシュ以外のすべての手役が可能となっている。
(注 Aを使用したストレートフラッシュの場合、2とKの片方しか使ってはいけないルールがあり、3 2 A K Qのストレートフラッシュは不成立)
奇跡とも言える状況だった。当然ここで引くなどありえない。複雑さが増せば増すほど、集中力に勝るジードが俺の手札を読む手掛かりとなる。
一方、俺は選択肢が増えれば増えるほど、迷いと動揺が生まれ、勝利への期待や欲望が湧き出て来る。
事実、俺の手役はワンペアからツーペアに上がり、勝率は高まっていた。
だがここに至っては勝利への欲望こそ邪念である。俺は勝利への欲望を頭から追いだした。
「コール」
千枚のコインを、俺は前に押し出す。
そして俺とジードの視線は、三人目のプレイヤーであるカイトに向けられた。
「コ、コール」
カイトはほとんど反射的にコールを宣言した。初めからそうすると決めていたのだろうが、上ずった声からは、大勝負に対する動揺と焦りが見えた。
そして再度、アルタイルに全員の視線が集まる。
世界に名を馳せた四英雄も、興奮に呼吸を荒くし、五枚目のカードに手を掛ける。
最後の共通カードが明らかとなった。
今日は短いですが、キリがいいのでこの辺で(すっとぼけ
明日も更新します。
疾風怒濤の次回を待て