第十二話 カジノダンジョンリニューアル②
今日の分です
第十二話
「お風呂も見ましょう」
メリンダやシエル。アセルといった女性陣が鼻息荒く主張する。
確かにそれも気になるので風呂に向かうと、こちらも広くなっていた。
トイレの数が倍以上、風呂に至っては四倍も広くなり、浴槽が五つも増えていた。
「すごい、綺麗!」
内装も豪華になっており、メリンダたちが目を輝かせる。
「この風呂、泡が出てるけど、どうなってるんだ?」
ガンツがトレフに尋ねる。確かにある風呂はお湯が湛えてあるだけでなく、勢いよく泡が出ている。危険はなさそうだが、訳が分からない。
「わかりません。これは想像ですが、マッサージ効果があるのかもしれませんね」
トレフが自分の説を口にする。足や腰に泡を当てれば、気持ちよさそうではある。
「この部屋は何だ。風呂はないのにすげぇ熱いぞ」
ガンツが風呂の奥にある部屋の扉を開けて、熱さのあまり逃げてくる。
確かに、湯気と熱気がすごい。
「ああ知ってる。これサウナだよ。北の方で見たことがある。中に入って汗を流すんだ」
ローグのアセルが教えてくれる。
「熱いだけだろ、それ何の罰だ?」
「ここに入った後、隣にある水風呂に入ると気持ちいいよ」
とてもそうは思えないが、今度試してみよう。
「でも大きくなってくれてうれしい。最近混んでいてゆっくり入れなかったから」
男湯はそうでもないが、長風呂が多い女湯は混雑していたらしい。
「見て、石鹸の数が増えてる。やった」
女湯にある、小さな石鹸の販売所を見てメリンダが喜ぶ。
ここの髪油や石鹸も、数量限定で希少となっているが、どうやら規模の拡大に合わせて、販売量が増えているらしかった。
「これでみんなも手に入るね」
メリンダが喜ぶ。
「一瓶持ってるだろ? まさかもう使い切ったのか?」
一回でどれぐらい使うかわからないが、使い切ってしまったのだろうか。
「大切に使っているからまだ残ってる。でもみんなから羨まれて、それはそれで面倒なの」
なるほど、欲しがられたり売ってくれと頼まれたりするのだろう。
「あれ? じゃぁ、こっちは商人たちが買い占めてないのか?」
男湯にある石鹸類は商人たちが買い占めに来るので、俺たちにはいきわたらない。欲しがる冒険者もいないけど。
「こっちはいないよ。はじめは来たけれど、皆が追い返した。あとは厳正なる抽選で平等に分配してる」
女湯でそんなことが起きているとは知らなかった。
「誰も独占しようとしなかったのか?」
俺が問うと、メリンダやシエルたちが目を見合わせる。
「先輩冒険者の一人が独占しようとしたんだけれどね、でもそんなことはなくなった」
話しながら視線を逸らすメリンダたちに、俺は不意にあることに気づいた。
ロードロックには一人熟練の女冒険者がいた。メリンダたちの先輩なのだが、ちょっとがめついところがある女性だった。
最近あの人の顔を見ない。冒険でしくじって死んだという話は聞いていないが………
そこまで考えて俺は思考を停止した。
これ以上、考える事はやめよう。
知らなくてもいいことが世の中にはあるのだ。
すべての思考を切り捨てて女湯を後にした。
風呂の調査を終えて、風呂場の横に併設された休憩所ものぞいてみる。
ここも前よりずっと広くなり、椅子もクッションの利いたソファーが増えて、さらに快適になっていた。
近くにはコインで飲み物や甘味を買える装置までおかれていて、女性陣は喜んでいた。
俺たちはスロットを楽しみに来ているが、メリンダたちは風呂に入った後、ここでおしゃべりするのを何よりの楽しみにしている。
彼女たちが喜んでいるのならいいだろう。
「ん? 反対側に通路があるな」
風呂と対面する反対側の壁にも、通路があるのが見えた。以前あそこに通路はなかったはずだ。
すぐに向かってみると、通路の壁にはいくつもの扉がついていた。扉には鍵がかかっているらしく開かない。扉には炎や水、花など模様が掘られていて、シンボルをはめ込む穴があった。
通路の入り口には石板があり、文字が書かれている。
『一日宿。三人部屋一泊五十コイン。コインを投入されますと鍵が出ます』と書かれていた。
「宿屋だと?」
石板の隣には、コインを投入する箱のようなものが壁に埋め込まれている。スロット台のようにコインを投入してレバーを引けば、下の受け口から鍵が出てくるのだろうが、これまた予想しないものだ。
「調査のためだ、一応交換してみよう」
手持ちのコインを投入して鍵をもらう。花のシンボルが出てきたので、花のマークが書かれた扉の前に立ち、穴にシンボルをはめ込むと、扉が開いた。
「こっちは狭いな」
三人部屋は、ちょっと手狭な部屋だった。
狭い部屋に三段ベッドがあるだけの簡易宿だ。正直、居心地はよくなさそうだが、寝るだけなら十分と言える。それに、ここなら風呂にも入れるし、ゆっくりしたいなら休憩室もある。
「アセル、一応罠を調べてくれ」
罠や変な仕掛けがないかどうかを確かめてもらうが、当然なかった。
「ダンジョンで宿屋ねぇ。ダンジョンで寝泊まりすることはあるけれど。向こうが用意する?」
確かに、ちょっと呆れる。
「ここを拠点にできれば便利ではあるな」
「本気?」
メリンダが俺を非難の目で見る。
「そんなにスロットがやりたいの?」
もちろんここに泊まれば、夜遅くまでスロットが出来る。だがそれだけじゃない。
「そうじゃないよ、ここを拠点にできれば時間を短縮できるだろ?」
ロードロックまでは歩いて一時間ほどある。ここを拠点とすることが出来れば、往復二時間がいらなくなる。
「その分ダンジョンを探索できるじゃないか」
「まぁ、そういうことにしとく」
メリンダは一応納得してくれた。あくまで一応。
「それに狭いけど、値段は悪くない」
それに狭いが三人で五千クロッカなら破格の値段だ。街では最近物価が上がり、最安の宿でも一人三千クロッカは取られる。
「確かに、狭いけど綺麗だよね」
メリンダはベッドのシーツを確かめる。粗末な布だが、清掃は行き届いている。下手な宿屋より清潔だ。
「あと、こう言っては何だけど、この宿の方が安全かもよ」
ロードロックにも宿は沢山あるが、安い宿は安全とはいいがたい。客の荷物を狙う盗人宿もあるし、置き引きなどもしょっちゅうだ。
「ダンジョンの宿屋が安全ねぇ、皮肉だけどそうかも」
モンスターも怖いが、一番怖いのは人間様だ。
「よし、これでほとんどは調べたな」
レストランや酒場も見たが、こちらはまだ準備中の札がかかったままだった。
「あと調べていないのは、あそこだけだ」
俺たちはスケルトンが立つ台を見た。
「どうする?」
ガンツが問う。危険であっても調査が俺たちの任務。行くしかない。
「まず俺が一人で行くよ。みんなは待機していてくれ」
もし罠があっても、仲間がいれば助かるかもしれない。なんにせよ全滅は避けられる。
「待って、私も行く」
メリンダがついてくる。
「落とし穴の罠だったら、分断されるかもしれないでしょ。魔法があれば戦い抜けるはず」
少し迷ったが、まっすぐ見返すメリンダに嫌とは言えなかった。
「わかった、後ろは任せた」
仲間がそう言うのなら、こう言うしかない。
武器を持ちスケルトンの前に進み出る。
台の前に立つと、スケルトンがお辞儀をした。
「いらっしゃいませ、ここはブラックジャック台となります」
俺もメリンダも、そして背後の仲間たちもこれには目を丸くした。
「スケルトンが話すなんて」
僧侶のトレフが驚く。確かにスケルトンが口を利くのは始めて見た。
「この台ではブラックジャックで遊べます。遊んでいかれますか?」
こちらの驚きを気にもせず、スケルトンがもう一度同じことを問う。
「あ、ああ。遊ばせてもらおう」
俺は机に剣を立て掛け、椅子に座る。メリンダはいつでも動けるよう、後ろで立っていてもらう。
「遊ぶのは構わないが、どういう遊戯なんだ? ルールを知らない」
「では、掛け金無しでやってみましょう」
スケルトンは物わかりが良く、ルールを説明するために付き合ってくれるそうだ。
「ブラックジャックは、こちらのトランプというカードを使って遊ぶ遊戯となります」
スケルトンは紙でできた札の束を見せてくれる。どうやら札遊びの一種のようだ。少し違うが、似たようなものならロードロックにもある。
「ブラックジャックは、ディーラーである私とお客様が競い合うゲームです」
向かい合うスケルトン、ディーラースケルトンはルールを説明してくれる。
難しい遊びかと思ったが、ルールはシンプルだった。数回のやり取りで用語や遊び方は把握できた。
「二十一を目指して競い合うのか。遊び方は大体分かった、コインをかけて少しやってみよう」
実際にコインをかけてプレイしてみる。
四枚のカードが配られ、さらにもう一枚足される。うち一組に絵札が二枚揃っていた。
「このカードに五枚賭けよう」
カードの前にコインを五つ置く。
ディーラーの表のカードは五。裏向きに置かれていたカードが裏返され、数字が判明する。カードは絵札であったため合計は十五。ディーラー側は十七未満の場合、もう一枚引かなければならないルールなので、スケルトンがカードをめくるとまた絵札だった。二十一を超えているのでバースト。俺の勝ちだ。
「おめでとうございます」
嫌みもなくスケルトンが賞賛して、手を叩く。骨なので、カチカチとした拍手だが、何となく嬉しい。
ディーラースケルトンが引き出しを開けると、勝った分のコインが入っていて、積み上げてよこしてくれる。
「ありがとう。もう少ししたいが、ほかの遊びも見てみたいから、ここまでにするよ」
「またのお越しをお待ちしております」
スケルトンは丁寧にお辞儀をする。
気が付けば俺はスケルトンと普通に話していた。今更ながら妙な気分だ。
「どうだ?」
席を立って仲間のところに戻るとガンツが問う。
「見ての通りさ、危険のかけらもなかったよ」
スケルトンは襲うそぶりすら見せなかった。
「モンスターが出るようになった。しかし危険はない」
本格的な調査をしてみるまで断言はできないが、今のところ危険はなかった。おそらく調査をしてもそれは変わらないだろう。
「問題は、それをギルド長になんていうかだ」
それを考える時が重かった。
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