第百十八話
第百十八話
勇者サイトウが脱落し、三人となったギャンブル大会決勝戦。
カイトは当初四千枚以上のコイン数を誇り、一位となっていた。
しかし現在カイトは手持ちのコインを千三百枚と大きく減らし、今は脱落寸前と言えた。
「ショーダウン。カードオープン。カイト様の手役J。マダラメ様の手役K。マダラメ様の勝利です」
ディーラーとなったアルタイルが勝敗を告げ、カイトの手元からコインを奪い取っていく。
三人でのゲームがスタートしてからというもの、カイトは連敗に連敗を重ねていた。
カイトは同じくテーブルに着くマダラメとジードを見た。
二人の姿勢は終始変わらず、その表情には一片の変化もない。
しかしカイトの目には、二人が山脈のように強大に感じられた。
二人はもはや完全にカイトの動向を見切り、良い手が入ればすぐに降りられ、ブラフを仕掛ければ完全に見抜かれる。
もはや何をしても裏目の裏目。もがけばもがくほど深みにはまる沼であった。
沼にはまった時の対処法は『何もせず救助を待つ』が正解だが。この戦いに助けは来ない。一人で切り抜ける他なかった。
しかし解決法は見えない。これまで活路を探して小細工を弄してみたが、二人はカイトの試行錯誤を嘲笑うかのように上回っていく。
いっそ思考を放棄して何も考えず、ただ運に全てを委ねるか?
連敗に疲弊したカイトの脳裏に、そんな考えが浮かんだが、それだけはしてはならないと、首を横に振った。
運任せで勝てる相手ではない。二人とも常に思考し、最適解を求めている。彼らは運でカイトに勝っているのではない。勝つべくして勝っているのだ。
それに何も考えず、運で勝ったとしても得るものは何もない。カイトはそんな勝ち方は嫌だった。
もちろん勝利することは重要であり、勝ち方に拘っている場合でない時はある。
仲間の命がかかっている時や愛する者が危険に晒されているのならば、どれほど汚い手を使ってでも勝ちに行き、道理に反する行いをしてでも、愛する者を守るつもりだ。
しかし今はその時ではない。
この戦いで負けたとしても、誰も傷つかない。失う物はコインのみ。しかもそのコイン自体、偶然手に入ったような物だった。
カイトが決勝戦に残ったことだけでも大健闘と言える。ここで負けたとしても誰も責めない。
だからこそ、勝ち方には拘らなければならなかった。
そこまで考えて、カイトは自分の考えを自嘲した。
拘るも何も、勝ち筋一つ見つけられないのである。何に拘ればいいのかも分からなかった。
新たなゲームが開始され、思考するカイトのもとにカードが配られる。カイトからのベットラウンドであるため、手札を見て賭けねばならない。
カイトは救いを求めるように客席を見る。
そこには長年の仲間であり、結婚したばかりの妻であるメリンダがいた。彼女は手を握り締め、潤んだ瞳でこちらを見ている。
メリンダに無様な姿は見せられなかった。
そこまで考えて、カイトは自分の考え違いに気づいた。
拘るべきは勝ち方ではない。負け方にあった。
どういう負け方であれば、自分が納得できるか。そこを考えてみるべきだった。
自分が納得できる敗北、そんなものがあるのかどうか分からないが、負けるからには、全力を尽くした上での敗北でなければいけない。
将来この勝負を思い返した時『あの時、自分は持てる全力を尽くした』と自分に言えなければ自分を許せない。
カイトは自分の人生を振り返り、最も全力を尽くした時のことを思い出した。
目は自然と、妻であるメリンダに向かう。
最初に全力を尽くしたのはもう何年も前、冒険者として駆け出しの頃だった。
ダンジョンに何度か挑み、初心者としての緊張が薄れて気の緩みが生まれていた頃だった。モンスターに奇襲され、メリンダが攻撃を受け深手を負った。治療しようにも僧侶のトレフも敵と交戦中で、メリンダを回復している暇はない。戦闘が長引けばメリンダが死ぬだけでなく全滅もありえる状況だった。
カイトは小鬼と対峙しながら、自分の行動に全員の命がかかっているのを感じた。
一撃で目の前の小鬼を倒し、モンスターと戦うトレフを援護すれば、トレフがメリンダを治療し、回復したメリンダが魔法で敵を薙ぎ払える。
逆に遅れればメリンダが死ぬだけでなく、トレフがやられて立て直せなくなる。
カイトは目の前の小鬼に全神経を集中し、持てる限りの全力を尽くした。
そして一撃で小鬼の首を切り落とし、窮地を脱した。
もちろん駆け出しの頃の話。今なら小鬼の首など鼻歌まじりに切り飛ばせる。しかしあの時、あの瞬間。カイトは振るう刃に自分の全てを乗せて放ったのだ。
同じような経験はさらに三度あった。
首無し騎士と斬り合った時。深傷を負いながら人狼と戦った時。鉄槌の如きゴーレムの一撃を、紙一重で回避した時。そのどれもが全神経を集中させていた。
あれがカイトの全力だった。あの時の集中力、あの感覚で勝負に挑み、負けたのならば悔いはない。
カイトは呼吸を整え、全神経を集中した。
マダラメとジードは、カイトの思考が見えているかの如く手の内を読んでくる。
イカサマをしていない以上、カイトの癖ともいえないほどの僅かな体の兆候を読み取り、見抜いているのだと推測できる。
ならばまずは防御。全神経を集中させ呼吸や表情筋、眼球の動きなども制御し、一切の兆候を消し去らねばならない。
小鬼と戦った時、カイトは全身のあらゆる感覚が研ぎ澄まされ、自分の体の動きが、指の先から爪先まで隅々まで感じ取ることが出来た。
あの集中力で体を制御し、一切の兆候を消し去る。
カイトは集中力を高めた状態で、配られたカードに手を伸ばした。
集中だ、集中しろ! 一定のリズムで行動するんだ!
カイトは自分に言い聞かせ、呼吸を乱さずカードを捲る。カードを見たが、今はまだ何も考えない。
カードを捲る指先以外は何一つ動かさず、呼吸は変えず、視線もただ一点を見つめる。
そしてカードを伏せ、体の全てを制御しつつ、頭は勝敗の計算をこなす。
「ベット、十枚」
カイトは一定のリズムと声でコインを差し出す。
次はジードの順番。これまでジードはカイトがベットすれば、淀みなく行動してきた。
しかし今、その動きが僅かに停滞した。
「……コール」
ジードは十枚コインを差し出す。
「同じく」
マダラメも同じくコインを十枚差し出す。
ゲームが進行し、三枚の共通カードが明らかになる。
カイトはカードを見るが、呼吸を変えず、瞬きすら制御する。視線もカードを一度見たきり、前を見続ける。
「ベット、三十枚」
集中を切らさず、三十枚のコインを前に差し出す。
「コール」
「コール」
ジードとマダラメが揃ってコールし、ゲームが進む。
四枚目の共通カードが明らかとなる。
カイトの集中力は途切れかけていたが、必死に緊張の糸を引き締め、集中力を維持した。
「ベット、五十枚」
カイトがさらにコインを賭ける。
ジードとマダラメは、レイズもドロップもせずコールする。
両者がさらにコインを前に突き出すのを見て、カイトは集中力を総動員し、体の動きを制御した。
しかし頭の中ではジードやマダラメのコールが、カイトの内心を見抜いての行動なのかを思考していた。
ジードとマダラメがカイトの内心を見ぬいている兆候はない。ないと思う。だが絶対ではない。
心は揺れるが、それを顔に出さないように呼吸と視線を一定に維持し続ける。
五枚目の共通カードが明らかになる。
カイトの手役は三枚の共通カードが明らかになった時点で、ワンペアが成立している。最後の手役もワンペア。それなりに強い手と言える。だがそれを悟られないように行動してきた。
「ベット、百枚」
カイトは百のコインを差し出す。
会場の観客が息を呑む。カイトが大きく賭けたのは久しぶりだったからだ。
カイトとしてもこれは試金石だった。
今の自分が二人に通用しているのかどうか、調べる必要がある。それに大きく賭けた時に集中力が乱れて、相手に見抜かれている様では話にならない。
カイトはジードとマダラメを見る。
今のカイトには、自分に向かって突き出された刃が幻視できた。
僅かに気を緩めれば、即座に斬られる真剣勝負。
斬るか、斬られるか。
生死がかかっているかの如き緊張が、カイトの精神を摩耗させる。
「コール」
ジードがカイトのベットを受ける。
「……コール」
マダラメも一拍呼吸を置いてコールする。
プレイヤーの全ての行動が終わる。もうできることは何もない。だがカイトは集中を切らなかった。
勝負はまだ終わっていない。何が起きるか分からなかった。
ジードやマダラメは、手札がいいのか? それともカイトのベットをブラフと読んだのか。頭の中では疑惑が渦巻くが、カイトはただ自分の行動を律し続けた。
「ショーダウン。カードオープン。カイト様ワンペア。ジード様手役無し。マダラメ様手役無し。カイト様の勝利です」
アルタイルがカイトの勝利を宣言する。
勝利の宣言を聞き、カイトの集中の糸が途切れる。
全身から汗が吹き出し、呼吸が乱れる。体は決死の戦いを潜り抜けた直後の様に疲弊していた。
これでようやく一勝。たったの一勝。全体から見れば、僅かなコインの変動にしか過ぎない。
現状でも既に倒れ込みたいほど疲弊している。あと何度この戦いを繰り返せばいいのか分からなかった。
だが挑み続けるしかなかった。
体力の続く限り。
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