第百十四話
百十四話
サイトウの放った凶刃がシグルドを斬り裂く。
斬られた! シグルドがサイトウに斬られた!
会場に悲鳴がこだまし、カイトも色をなくす。
しかし斬られたはずのシグルドは倒れず、血すら流していなかった。
「なっ! え? なぜ?」
斬られたはずなのに、血を流さず倒れぬシグルドを見て観客が驚く。だが誰よりも驚いていたのは斬った本人であるサイトウだった。
よく見れば服さえも斬れていない。サイトウの刃はまったくかすりもしていなかった。
「危ないから刃物を振り回すのをやめろ、それ以上続けるのなら取り押さえる」
シグルドは殺されそうになったことを気にもせず、平然とサイトウに注意した。
「こっ、この!」
サイトウが再度剣を振るう。
またしてもシグルドが斬られた。そう思ったが、シグルドの体にはやはり傷一つ無い。
服が斬れていない以上、即座に回復しているのではない。また、剣士であるシグルドが幻覚や魔法の類を使うとも思えない。
カイトはシグルドの秘密に見当がついた。
おそらく究極の見切りだろう。シグルドは完璧にサイトウの太刀筋を見切り、最小限の動きで回避して元の位置に戻っているのだ。
シグルドが避けているように見えないのは、回避行動の予備動作を極限まで削ぎ落としているためだろう。
武勇伝に語られる達人の技が、目の前で披露されていた。
「警告はしたぞ」
なおも暴れるサイトウに、シグルドが硬質の言葉を吐く。
「だったらなんだ!」
サイトウが三度剣を振るう。だが今度の一撃も空を切る。しかもこれまでとは違い、巨躯であるシグルドの姿が、突如消失した。
「なに!」
シグルドが消えたことにサイトウが驚く。見ていたカイトも驚いた。シグルドが消えたからではない。シグルドが一瞬にしてサイトウの背後に移動したからだ。
目にも止まらぬとはまさにこのこと。どのような体捌きをしたのか、シグルドは瞬きの間にサイトウの背後をとり、両腕を捻りあげた。
後ろから腕を捻りあげられ、サイトウが唸る。
暴れるサイトウが無事取り押さえられたかに見えたが、直後サイトウの体から紫電が走り、シグルドは手を離し後退した。
サイトウが魔法による電撃で体を覆い、拘束されるのを防いだのだ。
紫電は更に迸り、周囲に稲光と破壊を生む。剣では敵わないと見て、魔法でシグルドを吹き飛ばすつもりだ。
曲がりなりにも勇者が放つ雷。下手をすれば会場が吹き飛ぶ。
「全員! 伏せろ!」
カイトが叫び、観客が身を屈める。
だが電撃が放たれることはなかった。突如サイトウの周囲を光の壁が覆い、放たれた電撃をかき消したからだ。
「なっ、なんだこれは!」
サイトウが電撃をかき消した光の壁に手を伸ばすが、壁に触れると手が弾かれた。
「結界か! くそ、お前だな!」
サイトウが聖女であるクリスタニアを見る。
結界術には、モンスターを閉じ込め封じる種類の物がある。このダンジョンで初めてディーラースケルトンが配置されたときに、人を襲わぬようにカイト達が施した結界もその種類だ。
「おのれ!」
サイトウが剣を振るい、結界の壁を破壊しようとする。だが光の壁は勇者の一撃を弾き返した。
信じられない光景だった。
カイト達が知る結界は、弱いモンスターを封じるのが精々の代物でしかない。
強力な魔法をかき消し、勇者の一撃を防ぐ結界など、聞いたこともない結界だった。
「クソ、クソ!」
サイトウが剣を振るうも、結界を破ることは出来なかった。
完全にサイトウを無力化したが、サイトウは結界の中で暴れ続けている。もはやどうしようもなかった。
「仕方ないわね」
それまで傍観していたアルタイルがため息をつきながら前に出た。
「クリス、いいわね」
アルタイルがクリスタニアに確認を取る。
クリスタニアは迷いの顔を見せたものの、最後には頷いた。
救済教会は勇者の支援を標榜している。勇者を排斥することは教会として選びたくはない。だがこのままでは、無関係な人を巻き込んでしまうかも知れなかった。
クリスタニアの同意を確認した後、アルタイルが手をサイトウに向ける。伸ばされた手が紫色に発光し、手から帯状の光が放たれた。
放たれた光は文字や数字を象っており、数式は結界に囚われたサイトウを取り囲み魔法陣となる。
おそらく魔法の一種なのだろうが、カイト達には見たこともないほど高度なものだった。
「一体何だ! 何をして……」
結界の中でサイトウが叫ぶが、その声は周囲を覆う魔法陣の光にかき消される。
紫の魔法陣が完成して光が増幅し、視界の全てが光に奪われた。
光はすぐに収まり、カイトは目を細めながらサイトウの姿を探した。
だが結界に囚われていたサイトウの姿はどこにもなく、跡形もなく消え去っていた。
「アッ、アルタイル様。殺したのですか?」
カイトは灰塵の魔女に恐る恐る尋ねた。
「馬鹿言わないで。ちょっと遠くに飛ばしただけよ」
アルタイルは心外だと非難の目をカイトに向ける。
「飛ばした? 転移魔法ですか?」
カイトが驚きの声を挙げ、観客もその事実に騒然となる。
神世の時代、神々はあらゆる場所に瞬時に移動する力を行使したと言われている。
だが現在ではそれらの奇跡の技は失われ、わずかに残った聖遺物、もしくはダンジョンにのみ残されている。
アルタイルはダンジョンの転移陣を解析し、転移術を復活させたのだ。
先ほどシグルドが見せた身のこなしや、クリスタニアが見せた結界術にも驚いたが、アルタイルの使用した魔法は、人類史に残る偉業だ。
そして四英雄にいいようにあしらわれ、勇者サイトウはどこかへと消え去った。
夜霧「俺の出番は?」
作者「ミーオン守る人間がいるから削った」
夜霧「……」