第百十話
第百十話
(落ち着け。今のは間違いなく好判断だ)
マダラメによる五回目のオールインに対し、ドロップを選択したサイトウは自分に言い聞かせた。
確かに五回目の勝負は、挑まなければいけないところだった。しかしそれは勝つ見込みがある時だけだ。負けるとわかっていて挑むのは馬鹿のすることだ。
それに――
サイトウはマダラメを見た。
残すゲームはあと二回。次にマダラメがオールインした場合、サイトウもオールインしなければいけない。マダラメとしても必勝を期すためにはAやK。もしくはワンペアが欲しいだろうが、最後の最後でそんないい手が入るとは思えない。逆に8以下の数字もあり得る。追い詰められているのは、マダラメも同じはずだった。
「では、ゲームを始めさせてもらいます」
クリスタニアが神妙な面持ちでゲームの開始を告げる。
さすがの四英雄も、緊張に息を呑んでいた。
そしてカードが配られてゲームが始まる。ジードのベットラウンドから開始だったが、大陸最高と名高い勝負師は、宣言通り勝負から降りた。
そしてマダラメのベットラウンドとなる。
誰もが緊張に身を固め、マダラメの一挙手一投足を見逃すまいと目を見開いた。
サイトウもマダラメを見る。
周囲から集まる視線は一点に凝縮され、質量さえも帯びていそうだった。だがそれほどの視線を受けてもマダラメは汗一つ流さず、この大一番で息にすら乱れがなかった。
そして完全なポーカーフェイスを保ちながら、マダラメがサイトウを見返す。互いの視線がぶつかり、サイトウは視線で胸が貫かれた気がした。
「オールインだ」
マダラメは全てのコインを前へと突き出した。
計六回目の、最後のオールインだった。
これには会場が大きくざわめき、見ていた四英雄やジードも唸る。サイトウもマダラメの行動が信じられなかった。
「オール、イン。だ、と……」
息も絶え絶えに、サイトウはマダラメに確認をとった。
「ああ、オールインだ。これが最後の勝負だな」
まっすぐ見返すマダラメの言葉に、サイトウは戸惑いと驚きに顔を歪ませた。
六回目のオールインとなれば、サイトウも必ずコールすることになる。生半可な手ではオールイン出来るはずがなかった。そしてマダラメはあと一回、ドロップの権利を残している。それでも降りずに勝負しに来たということは……。
(よほどいい手が入ったというのか!)
マダラメの勝負手に、サイトウは愕然とする。
カイトがゲームから降り、サイトウの順番が回ってくる。
観客の視線が、今度はサイトウに突き刺さる。
サイトウの呼吸は激しく乱れ、汗が滝のように流れた。汗は流れているのに、喉は干上がりつばを呑み込むことも出来ない。
手札を確認しなければいけないが、手を伸ばすことが出来ない。
「別に手札を確認する必要はないぞ」
手札を見る事が出来ないサイトウに対して、マダラメが意外なことを言った。
「どう、いう……意味だ?」
サイトウはねばつく口を動かした。
「オールインするしかないんだ。手札を見なくても結果は出ている。そうだろ?」
マダラメは最後の勝負だというのに、こともなげにいいはなった。
「クリスタニア様。すみませんが共通カードを一度にすべて出してもらえますか? 私とサイトウがオールインした以上。段階を経る意味はありませんから」
マダラメがクリスタニアに話し、勝手にゲームを進めようとする。
「待て!」
勝手に進められることに納得がいかず、サイトウは待ったをかけた。
「なんだ? まさか降りるつもりか?」
マダラメは眉を跳ね上げてサイトウを見る。
確かに、この状況で降りるなんてありえなかった。
全てを賭けた、それも自分から挑んだ最終決戦。勝負せずに降りることはサイトウのプライドが許さない。
「まぁ、でも、降りるのはお前の自由だよな。外馬は後から追加したルールだし、ここで降りて普通に大会を勝ち抜くのも自由だ」
マダラメは口では肯定しつつも、その口調は降りる判断をなじる者だった。
周囲の観客たちも根性なしだと白い視線をサイトウに浴びせかける。
「だっ、誰も降りるなんて言ってないだろう! 賭けるに決まっている! 勝手に話を進めるなと言っているだけだ!」
サイトウは椅子を蹴って立ち上がり、テーブルを叩く。
「ん? 勝負するのか?」
「当たりまっ……えだ!」
サイトウはマダラメの挑発に乗せられたことに気付いたが。ここまで言った以上もう取り消せなかった。
「……っ! 順序を乱すなと言ってるんだ! ちょっと待ってろ!」
サイトウは怒りのままに椅子に座り、伏せられたカードに手を伸ばす。そして勢いのままにカードを確認した。
(ぐっ……)
カードを確認して、サイトウは内心唸る。手札は良くなかった。
しかし賭けると言った以上、もはや降りることは出来ない。
(未来を対象にスキル……)
サイトウは『神眼』のスキルで勝率を確かめようとしたが、意味のないことだとやめた。こうなった以上、勝率を確かめても仕方がない。勝つか負けるか、結末は二つに一つだ。
「よし! では、オールインでいいな」
マダラメが確認する。サイトウは顔を歪めながらも、手持ちのコインを全て前へと突き出した。
「では、クリスタニア様。共通カードをお願いします」
マダラメがクリスタニアに頼み、聖女は言われるままに白い指先でカードを手に取る。
(頼む、役が出来てくれ!)
サイトウは祈りながらカードを見た。
手札が悪い以上、共通カードによる役の成立に賭けるしかなかった。
一枚目のカードは3。そして次が7。三枚目がJ、四枚目が10そして五枚目がAだった。
サイトウの顔色は落胆に染まった。
願いは通じず、役は出来なかった。テーブルからは唸り声が漏れる。目を向けるとジードが五枚目に提示されたAを見て、なぜか顔をしかめていた。
意味が分からなかったが、今重要なのは、役が出来なかったことだけだ。
「サイトウ。役は出来たか? 俺は出来なかった。ワンペアでも出来たら、お前の勝ちだ」
マダラメは赤裸々に語り始める。
「……いや、出来なかった」
嘘を言っても仕方がないので、サイトウは真実を答えた。
「そうか、なら手役がどれだけ強いかによって決まるな」
マダラメは話ながら、目の前に置かれたトランプの一枚に手を掛ける。
「互いに一枚ずつ表にするというのはどうだ? まずは少ない数字の方から」
マダラメの提案にサイトウが顎を引いて頷く。
まずマダラメが手を置いたカードを表にする。
一瞬サイトウの息が止まりかける。もしこのカードがサイトウの手札より大きい数字だったら、この時点で負けが確定するところだ。
しかしめくられたカードは2だった。2より弱いカードは存在しない。
「次はお前だ」
マダラメの言葉に、サイトウは小さいほうのカードを表にする。
サイトウがめくったカードは4だった。
この数字を見て、観客たちはわずかに息を呑む。
これでもし二枚目のカードが同じなら、サイトウの勝利となる可能性があった。
残り二枚のカード、勝敗はその二枚の紙きれにかかっていた。
次回、決着
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