第百五話
第百五話
勇者サイトウが悪魔的な笑みを見せながら、配られたカードを見る。
手札は4と10だった。
サイトウはマダラメを見る。マダラメは一瞬だけカードを見たが、すぐに視線を前へと戻す。
マダラメの表情からは、何も伺うことが出来なかった。
ジードのベットラウンドから始まり、ジードは宣言通りすぐに降りた。そしてマダラメのベットラウンドとなる。
「さぁ、どうする? オールインか? それともドロップか?」
サイトウがマダラメに挑発的な声をかける。
テーブルにはまだ共通カードが一枚も出されていなかった。だがこの時点でオールインするかしないかを、マダラメは決めなければいけない。
マダラメはサイトウの声にも動じず、静かに思考を巡らせ、そしてサイトウを見た。
「オールインだ」
マダラメが手持ちのコインを、全て前へと突き出す。その宣言を聞き、観客が驚きに息を呑んだ。
マダラメは十回のゲームの中で、六回オールインすると話した。しかし今はゲームが始まって最初の一回目だ。コインだけではなく自分の命すらも賭けているのに、一回目で全てを賭ける胆力が信じられないのだろう。
カイトがジードと同じく降り、サイトウにベットラウンドが回ってくる。
「初っ端からオールインしてくるとはな、負けるのが怖くないのか?」
「別に? どうせ六回賭けなきゃいけないんだ。最初から降りていられないだろ? それより、お前はどうするんだ? 降りるのか、それとも勝負するか?」
マダラメが問いに、サイトウは鼻で笑って返事はしなかった。
五枚の共通カードが明らかになっていないため、共通カードによっては、後から役が完成してマダラメの手が強い手札になる可能性はある。だがそれはサイトウにとっても同じこと。それに手札と共通カードを含め七枚の組み合わせがあるとはいえ、役が揃うことは稀だ。駆け引きの要素がない以上、純粋に手札の運勝負と言えた。
サイトウの手札は4と10。これはやや心許ない手札と言えた。
トランプの札は十三枚。真ん中は7だ。ただしポーカーではAが一番強いため、真ん中は8となる。
手札勝負で挑むのであれば、最低でも8以上でなければ話にならない。
サイトウの手札は10。真ん中よりは強いと言える。だが同じことをマダラメも考えている。最序盤に勝負をかけたのだから、サイトウの手札には8以上のカードが入っていると考えるべきだろう。
必勝を期するのならばワンペア。最低でもAかKは欲しかった。
サイトウは頭を働かせる。
勝負は十回、手札として与えられるカードは合計二十枚になる。ワンペアは無理でも、AとKが手札に入る可能性は十分にあると言えた。
当然サイトウの戦術としては、自分の手がいい時に勝負するのが基本的な思考となる。だがこれは普通に勝負をした時の考だ。今のサイトウは馬鹿正直に勝負をする必要はない。目に宿るスキル『神眼』を使用すればいいだけのことだった。
(未来を対象にスキル発動。この手札で勝負した場合の、俺の勝率を予想しろ!)
サイトウはスキルを発動し、自身が勝つ可能性を調べた。
『サイトウの勝率63%』
スキルは無味乾燥に勝率を伝えた。
六割の勝率。手札と同じく、悪くはないが良い数字とは言えなかった。
「どうした? コールかドロップか、早く選んでくれ」
マダラメが急かすが、サイトウは相手にせず、熟考するふりをした。
もちろん手札やスキルで予想した勝率から、今勝負するつもりはない。勝負するのならば、もっと手札の良い時に挑むつもりだ。今勝負せずとも確実に勝てる時はすぐにくる。だがそれまで簡単に済ませるつもりもなかった。
(これまで散々コケにされたんだ。限界まで気を揉ませてやる)
サイトウは笑いながらマダラメを見た。
マダラメはすました顔をしているが、内心は不安に震えているはずだ。
サイトウはゆっくりと手を動かし、手前にあるコインに手を伸ばし、オールインするふりをした。観客がサイトウの手の動きに反応して大きく息を呑む。
その間、じっとマダラメを観察したが、マダラメは眉一つ動かさなかった。
(よく耐えている。だが、いつまで続くかな?)
表情を変えぬマダラメを見て、サイトウは感心しつつも、その表情が崩れ去る瞬間を想像し楽しんだ。
「どうしたコールするのか?」
マダラメがコインに手を置いたまま、動かないサイトウを見る。
「……いや、ドロップだ」
流石にこれ以上揺さぶっても意味はないかと、サイトウはドロップを宣言した。
サイトウが勝負から降りたことに、また観客の間から息が漏れる。
観客は一喜一憂するが、マダラメの表情は揺るがない。しかし内心息を撫で下ろしているはずだ。
震えるマダラメの内心を楽しんでいると、ディーラーである四英雄のアルタイルが、新たにカードを配る。
サイトウがカードを見るなり、勝利を確信した。
配られた手札はAと3。Aは役なしの場合、最強の手札だ。後はマダラメがオールインすればサイトウの勝利だ。
今回のベットラウンドはマダラメから。サイトウがマダラメを見るために顔を上げた。
「降りる」
サイトウが顔を上げた瞬間。マダラメは早々に勝負から降りることを宣言した。
マダラメの素早いドロップの宣言に、会場がざわつく。これにはサイトウも意外だった。
「降りる……のか?」
「ああ、言った通りだ。降りる。別にいいだろう? 勝負のルールで俺は四回降りる権利があるんだ。降りたい時に降りるさ」
マダラメにこう言われては、何も言えなかった。そして同時にサイトウは自分の失策に気付いた。
(そうだった、こいつは俺の表情を読めるんだった)
マダラメはサイトウの僅かな表情や仕草から、手札の判別を可能としていた。今のもサイトウの表情を読み、手札がいいことを瞬時に気付いて、勝てないと悟って降りたのだ。
(なんてことだ、せっかくのチャンスを)
サイトウは勝機をふいにしたことに顔を歪めたが、すぐに気を取り直した。
確かに表情を読まれるのは、勝負の上では大きなマイナスとなる。だが決して致命的ではない。何より現在のルールであれば、十分対処可能だ。
新たにカードが配られ、マダラメが配られた手札を確認する。
その時、観客席から小さなどよめきが起きる。視線はサイトウに集まっていた。カードが配られたのに、サイトウが手を付けないからだ。
「サイトウ様。カードはすでに配っていますよ?」
アルタイルが手札を見ないサイトウに、カードを見るように促す。
「このままでいい」
サイトウはカードに触れぬまま宣言した。
観客からさらにざわめきが起きた。
表情からカードを読まれるのなら、カードを見なければいい。それだけだった。
「わかりました。ではベットラウンドに参ります。カイト様。どうぞ」
カードを見ないサイトウに、アルタイルはそれ以上言及せず、順番からカイトにベットを促す。
カイトはすぐに降り、サイトウのラウンドとなる。サイトウはコインを最低額ベットしてジードに回す。ジードも降りてマダラメの番となった。
オールインするかしないかの決定権はマダラメにある。サイトウはその後に、コールかドロップかの判断をする。ならばサイトウがカードを確認するのは、マダラメがオールインしてからでいい。これなら相手に情報を与えずにすむ。
(さぁ、どうするマダラメ。もはや何の情報もないぞ)
サイトウがマダラメを見る。マダラメの顔色に変化はない。しかし内心は焦っているはずだ。
「マダラメ、オールインするのかしないのか。早く決めてくれ」
サイトウはマダラメをせかし、そのすまし顔が崩れる瞬間を待った。
ダービー(兄)戦の承太郎ムーブをするサイトウ
気が付けば今年も年の瀬。おそらく今年最後の更新となると思います。
今年の元旦から連載を開始したダンジョンマスターマダラメも、百五話を数えることとなりました。
こうして連載を続けることが出来たのも、応援してくださった皆様のおかげです。
改めてお礼申し上げます。
次回更新は新年一月一日を予定しております。
来年もよろしくしていただけるとありがたいです。
それでは皆様良いお年を。