第百二話
第百二話
「勇者の証を賭けろ」
ダンジョンマスターマダラメの言葉に、会場にいるほぼ全ての人間が驚き、息を呑んだ。
驚かなかったのはただ二人。賭けろと言ったマダラメと、勇者の証を所持するサイトウだけであった。
「勇者の……証? なんだそれは?」
サイトウがわずかに首を傾げる。
それはとぼけているのではなく、本当に見当がついていない様子だった。
「ああっと、ほら。救済教会総本山エルピタ・エソで勇者として認定されたときにミーオンと一緒に貰っただろ? 剣の形をしたバッジだ」
すぐに気づかないサイトウに対して、マダラメがイラつきながら勇者の証の形状を教えた。
「ああ、あれか。そういえばそんな物を貰ったな」
サイトウがぞんざいに答えた。
「その勇者の証を賭けると言うのなら、これら全てを賭けてもいい」
マダラメは、自分の右隣に置かれたサイドテーブル。その上に並べられた綺羅星の如き宝を見る。
「あんなものが欲しいのかよ」
サイトウはつまらなそうに答えながら、目の前に円形の黒い穴を生み出して手を突っ込む。穴から引き抜かれた手には、銀に輝く剣の形をしたバッジが握られていた。
救済教会から授与された、勇者の証。
勇者が持っているのだから、間違い無く本物だろう。
「これでいいのか? これを賭けろと?」
サイトウが勇者の証を雑につまみ、賭け代としてテーブルに置こうとした。
「いけません、サイトウ様」
勇者の証を賭けようとするサイトウに、勇者の証を授与した救済教会の代表として、聖女クリスタニア様が流石に止めた。
だが首を横に振って止めようとするクリスタニア様に対して、サイトウは醜い笑みを浮かべながら睨み返した。
「さっきは協力しなかったくせに、今更指図するな!」
サイトウは憎々しげに言い放つ。
「ほら、これを賭けるぞ。これを賭ければ、それら全部をかけるんだろうな」
そしてサイトウは勇者の証を放り投げて、遂に賭けてしまった。
この行為に、カイトは大きくため息をついた。
ため息をついたのは、カイトだけではなかった。周りにいた観客に四英雄。対戦相手のジードすら呆れ果てていた。
「なんだよ! こんなの、ただのバッジだろうが」
観客のため息の意味を理解出来ないサイトウが、周りに向かって怒鳴る。
確かに、勇者の証はそれ自体にはさほど価値がある代物ではない。
銀製とはいえ、特に魔法の効果があるわけでもない。ただの装飾品だ。
また希少性もない。歴代の勇者には授与されている物だし、エルピタ・エソにはスペアとして幾つかが保管されているはずだ。
だが勇者の証には、金額では計れない価値がある。
何せ勇者が持つ、勇者を示す証なのだ。
勇者の歴史がどうあれ、教会は勇者の存在を肯定している。
歴代の勇者は悪人と呼べる者も多かったが、善行を成した者もいる。教会は勇者の偉業を讃えており、物語として教会で子供達に教えているのだ。
子供は勇者に憧れ、勇者ごっこをする。その時に必要なものは二つ。ミーオンと名付けた木の棒と、木を削って作った勇者の証だ。
そして勇者ごっこに熱中している子供が、夢に見るほど欲しがる物といえば、エルピタ・エソの土産物店で売られている勇者の証のレプリカだ。
カイトが子供の頃、近所の友達がお土産として買ってもらっていた。あれを見た時は本当にうらやましかった。カイトだけでなく誰もがうらやんでいた。あのバッジを胸につければ、どんな内気な子供も勇者になれた。
勇者の証というものは、そう言う物なのだ。
だがまごうことなき勇者であるサイトウは、よりにもよってそれをゴミクズのように放り投げて賭けてしまった。
やはりこの男は勇者ではない。
カイトはもう一度大きくため息をついた。
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