第百話
第百話
テーブルの上にはいくつものコインが積み上げられ、参加者や観客の視線はマダラメの一挙手一投足に注目していた。
マダラメがコールするのかドロップするのか、その選択に誰もが息を呑んでいた。
勝負に挑み、敗北すればマダラメはギャンブルに負けるだけでなく、自らのダンジョンにも王手を掛けられることとなる。
テーブルの上に賭けられているのはチャチなコインなどではない、文字通りマダラメの命がかかっている。
「……コールだ」
マダラメは降りず、勝負を受けた。
サイトウが息を呑み、目を見開く。
互いの手札が明らかとなる。
サイトウの手札は不揃い。しかしマダラメの手札はワンペアが成立していた。
「マダラメ様の勝利です」
ディーラーである聖女クリスタニア様が、マダラメの勝利を告げた。
テーブルに掛けられた千枚近いコインが、マダラメの前に移動する。マダラメはこれまでの負け分を、一気に取り返す形となった。
「どういうことだ!」
サイトウの怒鳴り声が会場に響き渡った。
怒りのあまり席を立ったサイトウが、客席にいるトクワンを睨む。
サイトウは透視能力でこの勝敗が見えていた。それでもなお大量のコインを賭けたのは、トクワンが賭け金を釣り上げれば、マダラメが降りると説得したからだろう。
しかし目論見は外れ、マダラメは降りなかった。結果大量のコインを失い、外馬の勝負は、今回は敗北が決定したと言っていい。
「サイトウ、負けたからと言って怒るな。席につけ」
マダラメが注意する。
注意され、サイトウがトクワンを睨んでいた目をマダラメに向ける。
「それでサイトウ、外馬はどうする? あと二回戦あるが、このまま続けるか?」
マダラメがサイトウに問う。
あと二回で九百枚以上を取り返すなど不可能に近い。サイトウは分割された呪文書の一枚を手に取り、マダラメに投げつけるように渡した。
「この勝負はお前の勝ちでいい。次だ、次に行くぞ」
サイトウは残りの二回を放棄し、新たに外馬を張りなおすつもりらしい。
「ふん、一つ取り返したぐらいでいい気になるな」
しかし先程のゲームは負けたとはいえ、サイトウの優位は変わらない。サイトウはまだ何枚も呪文書を持っているし、準聖遺物や聖遺物をいくつも持っている。
ここからマダラメが巻き返すのは、一見すると難しそうだった。
「そうか、ではお前のやる気を引き出すために朗報だ。最後の呪文書と、今取り返した呪文書。これを同時に賭けてやろう」
マダラメは取り戻した呪文書を、テーブルの上に置いてあった最後の呪文書の上に重ねる。
「なんだと?」
「ああ、お前が賭けるのは一つだけでいいぞ。お前が勝てば二枚ともお前の物だ。どうだ、やる気が出るだろう?」
眉を上げるサイトウに対して、マダラメが笑う。
サイトウがあと一回外馬に勝てば、全ての呪文書をそろえていつでも最下層に転移出来ることとなる。
「正気か?」
サイトウが怪訝な顔をする。マダラメにとってこれはリスクでしかない。
「さて、どうだろうな? 俺自身は正気のつもりだが、よく狂っていると言われるしな」
本人は自覚があるのかないのか、ふざけた態度だった。
「だが、一度賭けたものをひっこめたことはないぞ。勝てばこれはお前の物だ」
マダラメは二枚重ねられた呪文書を見た。
「ただし、勝てれば、の話しだがな」
マダラメが不敵に笑うのを見て、サイトウは顔を赤く染めて激昂した。
「ふざけやがって、一回ぐらい勝った程度で調子に乗るな!」
サイトウがマダラメを睨む中、ディーラーである聖女クリスタニア様がカードを配る。サイトウのベットラウンドが回ってくるが、サイトウは舌を噛むのも忘れてコインを十枚前に突き出す。
トクワンの方を見もせず、その仕草はまるで、「トクワン、お前はクビだ」と言っているようだった。
「なんだ、もう内緒のおしゃべりは止めしたのかい?」
自分の意思でベットしたサイトウに、マダラメが笑いながら話しかけた。
「なっ! お前、気付いていたのか?」
サイトウは、念話のイカサマが見抜かれていたと気付き、目を見開いて驚く。
だが気付かれていないと思っていたのは、サイトウだけだった。
カイトですら気付いていたイカサマだ。ジードは当然気付いていたし、マダラメに至っては、おそらく勝負が始まる前から気付いていただろう。
「べ、別にいいだろう。ルールで禁止はされていなかった。イカサマじゃない」
トクワンとグルであることを指摘され、サイトウは動揺しつつも言い切った。
博打はイカサマの歴史である。
勝つために勝負師は手段を選ばず、ありとあらゆるイカサマを考案してきた。
古典的なすり替えから、大掛かりな道具と複数の仲間を使った物まで、イカサマの種類は多種多様だ。
その中にはもちろん、スキルを使ったイカサマもある。
当然イカサマを防止する方法が考案され対策がなされているが、イカサマを防ぐ方法が考えられれば、それを超える新たなイカサマが生み出され、際限のない、いたちごっことなっている。
通常の賭場では、暗黙の了解としてスキルの使用はイカサマと判定される。
本来なら大会規定に、スキルの使用を禁止する項目があるべきだった。しかし今回のギャンブル大会は、ルールにスキルの使用を禁止する記載が一切なく、大きな穴となっていた。
「そうだな、確かにルールで禁止していない以上、イカサマとは言えないな」
マダラメはあっさりと、サイトウのイカサマを不問に付した。
「ふん、所詮は決勝にも残れなかったやつだ。全く使えない!」
サイトウがトクワンを睨んで、憎々しげに言い放つ。ここまで勝たせてもらったくせに、たった一度の失敗でひどい言いようだ。
「そう怒るな。トクワン氏は頑張ってくれた。私のためにな」
怒るサイトウに、マダラメが自身のイカサマを告白した。
「なっ、どういうことだ!」
「どうもこうも、そのままの意味だよ。お前が渡した十倍の金を積んで買収した。トクワン氏は快く受けてくれたよ」
マダラメが客席に向かって手を挙げると、トクワンが親しげに手をあげて応じた。
「馬鹿な、いつの間に!」
サイトウが驚くが、驚いていることにカイトは驚く。前を見ると、ジードが肩を震わせて笑いを噛み殺していた。
「もちろん、お前がトクワン氏と分かれたすぐ後だよ」
半笑いのマダラメの言葉に、カイトも笑うしかない。
ここはダンジョンの中、いわばマダラメの庭だ。どこにいても監視の目があると考えるべきだ。
当然だが、自分の命を狙う相手の行動など、最優先の監視対象と言えるだろう。
誰かと密会などすれば、すぐに気付いたはずだ。
サイトウのイカサマは、後半戦が始まる前から見抜かれていたのだ。
「ズルい!」
「ことはないよなぁ?」
サイトウの叫びに、マダラメが被せる。
「お前のやったことはイカサマじゃない。ルールに記されていない以上、スキルを使用してアドバイザーを雇うのも自由だ。なら金を積んでアドバイザーを俺の協力者にするのも、イカサマじゃないよなぁ。何せこれもルールで禁止されていないのだから」
マダラメの言葉に、サイトウは下唇を噛む。
先程サイトウは自分の行為をイカサマではないと言い、それを肯定された。ならこれ以上イカサマと言い張ることは出来ない。
もしマダラメのしたことがイカサマならば、サイトウも自身のイカサマを認めることになってしまう。
「ふん、別にいい。もうあんなやついらない。自分の力だけで勝てる」
サイトウは息巻いた。
確かにコインの総量ではサイトウは大きくリードし、現在カイトを抜いて一位となっている。
一方マダラメは二千枚を切っており、四人の中で最も少ない。
サイトウの勝利は目前と言えた。
「見ていろ、すぐに勝利して吠え面をかかせてやる」
「ああ、楽しみにしているよ」
サイトウの威勢のいい言葉に対して、マダラメが笑う。
そしてカイトとジードも、内心で舌なめずりをした。
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