第十話 カジノダンジョン、リニューアル予定
第十話
「よぉ、カイト、調子はどうだ?」
スロットを打つ俺に、常連の冒険者ダンカンが声をかけてくる。
「まぁまぁさ」
このダンジョンを発見して、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。
当初ほぼ毎日足を運び入り浸っていたが、収入の面で厳しくなってきたし、何より冒険者として活動しないわけにはいかなかった。
そのため、毎朝早くから近くのダンジョンに潜って日銭を稼ぎ、夕方街に戻る前にこのダンジョンに立ち寄り、遊ぶという形になった。
この方式はメリンダ達にも好評で、仕事帰りに風呂に入れて喜んでいる。
このダンジョンも街で知られるようになり、最近では他の冒険者達もここに入り浸っている。
「ここも人が増えたな」
同じことを想っていたらしく、ダンカンは周りを見まわす。確かに、徐々に人が増え始めている。
「あの髪油が町でも人気だからな」
質のいい石鹸や髪油は街でも噂になっていて、手に入れた商人が高値で取引している。
ただし、このダンジョンにとってもあの髪油は貴重なのか、数量限定で一日たたないと景品に補充されない。商人たちが冒険者を雇い、補充される端から購入していっているそうだ。
おかげで一般市民の手には入らない。そのような中、一瓶持っているメリンダは同じ女性冒険者から羨望の目で見られており、本人は大変ご満悦だ。プレゼントして良かったと思う。
ただし、この過熱ぶりは少し心配だ。髪油の順番待ちをめぐり商人たちがもめている。ギルド長が仲裁に入って入札制にしようとしているが、一部商人たちの反発を受けて手を焼いているという話だ。
「それよりもカイト。お前あれをどう思う?」
ダンカンが最近張り出された張り紙を指さす。
張り紙には近日改装を告げる旨が掲げられていた。
「変動期なんだろうな」
ダンジョンは生きていると言われている。時折新たな通路が生み出されたり、以前には存在しなかった部屋が出来たりするのだ。
小さな変化であれば気づいたときに増えている程度なのだが、大きな変化となると、ダンジョン全体が揺れ動き、階層さえも入れ替わる時がある。
下手をすればダンジョンに取り残され、生き埋めの危険もある。
ダンジョンが大きく変わる時を変動期と呼び、変動期にはダンジョンに入ることを避けるのが一般的だ。
たいてい小さな余震があり、予兆となって知ることが多いのだが、このダンジョンはご丁寧にも教えてくれている。
「で、本題だけど、どんな風に改装されると思う?」
「そりゃまぁ、あそこの台が稼働するんだろう」
未だ準備中の札がかけられている台を見る。どんなゲームをする場所なのか分からないが、あっちが稼働するというのが大方の予想だ。
「それだよ、どんなゲームなんだろうな。ブラックジャックにポーカーだろ。バカラにルーレットってどんなゲームだろうな」
ダンカンは期待に胸を膨らませている。
「そんなの、分かるわけないよ」
このダンジョン自体、予想外の存在だ。次にどんなゲームが追加されるかなんて想像もできない。
「ただ、変な風に改装されるのだけは、勘弁願いたいよ」
このダンジョンのことは気に入っている。まだまだスロットはやりたい。ほかのみんなもこの場所に愛着を持ち始めている。変な改装をされると、本気で困る。
「しかし変動か、ここだとどんなふうに変わるのか、見てみたい気もするな」
ダンカンが気になることを言う。確かにこのダンジョンが変動する瞬間を見てみたい。だが俺たちがいるせいで変動が起こらなかったらと思うと、下手な行動は控えるべきだろう。
「見たい気もするが、やめた方がいいぞ。下手なことをして髪油が手に入らなくなったら、ギルド長に殺される」
ギルド長の名前を出すと、ダンカンは顔をしかめた。
「まだ正式にではないけれど、ギルド長から期間中は立ち入り禁止の通達がされるはずだ」
通達を出す準備に手間取っているが、すでにギルドではその方向で動いている。おそらく明日には広まるはずだ。
「ギルドもご執心のダンジョンか、こんなダンジョン、他にはないだろうな。特殊性だけなら八大ダンジョンにだって匹敵する」
「それは言い過ぎだろう」
八大ダンジョンは、世界に名だたる最大級の八のダンジョンだ。
難攻不落と言われ、攻略できれば世界の英雄と数えられるだろう。
出来立てのダンジョンにいくらなんでもそれは言い過ぎだが、しかし変わったダンジョンであることに間違いはない。
しかも、そのダンジョンを見つけたのは俺なのだ。
カイトは自分が平凡な冒険者であることを自覚していた。
そこそこ腕は立つし目端が利くつもりだが、せいぜい二流止まり。名だたる一流や後世に名を残す英雄にはなれない。
でもこのダンジョンを追い続ければ、歴史に名を残せるかもしれない。
このダンジョンがどう変わっていくのか、必ず一番乗りして見に来よう。
カイトは心に決めた。
最下層 ~モニタールーム~
「ケラマ、モニターの調子はどうだ?」
モニタールームと名付けられた新たな部屋では、壁一面にいくつものモニターが設置され、ダンジョンの内部が映し出されていた。
今後ダンジョンを拡張していくにあたり、監視や運営をコアルーム一つで行うのは無理があった。新たな指揮所として、内部を監視することに特化したモニタールームを新設することにしたのだ。
以前はコアに映し出された映像しか見られなかったが、ここでは画面を切り替えることにより、ダンジョンの内部を同時に監視することが出来る。
いずれ必要になるとケラマに言われ設置したが、ポイントを大量に消費したことに加え、接続がうまく行っておらず、ケラマに頼りきりだ。
「三番と五番の調子が悪いですが、修正可能です。夜明けまでには何とか。それよりマスターは少しお休みください」
ケラマが休め休めと言ってくるが、そう言っていられない。
「そういうわけにはいかないよ。予定はずいぶん遅れている」
本当はもう少しゆっくりやるつもりだったが、我がダンジョンは予想外に好評で、冒険者が連日入り浸り、街の商人たちもやってくるようになった。
「今が稼ぎ時だ。無理をしてでもやらないと」
ありがたいことだが、これまでのやり方はポイントがなかったための仮の処置。効率が悪く、大人数をさばくようにはできていない。
スロットの数はほぼ満員状態だし、何より景品交換所が行列となり混雑している。
行列はポイントがもらえて有難いのだが、不便であると噂が広まれば、人が来なくなるかもしれない。
「新装開店まではあと数日だ。それまでに何とか仕上げないと」
おそらく寝ている暇はないだろう。とはいえ、ここが踏ん張りどころだ。
「ケラマも悪いが頑張ってくれ」
「もちろんです。マスターを御助けするのが私の役目ですから」
「頼もしいぜ。もうひと頑張りしよう」
「はい」
ケラマが小さな体でうなずく。
きついがなんとも楽しい時間だった。
感想やブックマーク。評価などありがとうございます
誤字脱字の指摘もありがとうございます
今日は昼にもう一話掲載しようと思っていますので、お昼にもご覧ください