ナースコール
プルルルルル!
「……また、104号室か」
私は仕事の手を止め、ナースコールの呼び出し音を消す。
プルルルルル!
「しつこいな……」
若干の苛立ちを覚えながら、呼び出し音を乱暴な手つきで再び消す。
そして、何事も無かったようにデスクへ向かい仕事を続ける。
看護師をしていれば、誰もいない病室からのナースコールなど日常茶飯事だ。
これぐらいで、怖がっていたら仕事にならない。
プルルルルル!
また、ナースコールが鳴る。
次は、容態が安定しない患者さんがいる病室だ。
私は、懐中電灯を持ち、急いでその病室104号室へと向かう。
病室のドアを開けると、苦しんでいる声が聞こえた。
「あんたは……あんたは悪魔だ」
ナースコールを押したであろう老人は顔を強張らせながら言う。
「何がですか?」
私は訳が分からず、キョトンとしてしまう。
老人は、私のその反応を見て硬直した。
「お前は……お前は、人をなんだと思ってるんだ……?」
「なんです?哲学ですか?」
思わず口に手を当てて、クスクス笑ってしまった。
「そうじゃない、そんなことを言ってるんじゃない……お前はあの人をなんだと思ってるんだ」
老人は、誰もいないベッドを指差し私に問いかけた。
私は小首を傾げながら答える。
「誰もいないじゃないですか?」
「違う。いるだろう。今も苦しんで喘いでいる重症の患者さんが!」
私は、穏やかな声でそれに答える。
「いいえ、いません。誰もいないんですよ」
「あ……ああ……!」
老人は慄き、ベッドから転がり落ちて、地面にへたり込んだ。
私は老人に近寄り耳元で囁く。
「あなたの見たもの聞いたものは全て幻ですよ」
老人は、目を見開いて固まり、私の顔を凝視する。
私は、老人から視線をそっと外すと、何も言わずその場を去った。
「助けて……助けて……」
病室から人でないものの声が聞こえる。
やがて、ナースコールも鳴り止むだろう。
あー仕事を中断せずに済む。
早く死なないかなあの人。