巡る輪廻、真白の月 1
『どれだけの時が流れようとも、どれだけの世界が二人を隔てても俺は必ずまたこの世に生まれ落ちてみせる。だから――忘れるな。お前はずっと、……ずっと俺のものだ』
『俺、絶対に忘れないから。……忘れない。必ず見付けてみせるから。どれだけの時間がかかっても、幾つもの月日が流れても俺は必ずあなたを探し出してみせるよ。だから……だからあなたもちゃんと……っ!』
それはまるで遠い国の世界の出来事の様な、映画の中のラストシーンの様なそんな映像で。それでいてどこか懐かしい、胸がグッと締め付けられる様な感覚。これを俺はいつか、何処かで以前にも感じた事がある気がする。それがいつなのか、本当に自分だったのか定かでは無いけれど。けれどいつも思う、これは恐らく只の夢物語では無いのだと。
―巡る輪廻、真白の月―
例えば何かのきっかけで自分の在るべき日常が変わってしまう事を人は何と呼ぶのだろう。
『俺の姿が見えるの!』
それは人によって大きく異なる事だろう。悲劇と呼ぶ奴も居れば、幸運と呼ぶ奴も居る、はたまた運命とまで呼ぶ奴も中には居るかもしれない。そんな中で俺はあいつと再び巡り会えたこの縁を―必然―と、そう呼びたいんだ。だってその為に俺はまた生まれて来たのだから。
――あいつ、キツネこと結弦と出会ったのは俺が16歳の誕生日を迎えた朝の事だった。その日は幼い頃からずっと繰り返し繰り返し何度も見続けている夢を見た日で、俺は朝からあまり体調が良くなかった。昔から何度も見続けた痛みを伴うその夢は年々鮮明になって行ってその日は特に今までに無いぐらいの鮮明さで俺にその光景を見せた。
『嫌だ……っ、嫌だよ……!いかないで……俺を一人にしないで……っ!』
『ばぁか、泣くんじゃね、ぇよ……っ。俺はお前の……泣き顔が、一番苦手なんだ、……っ、カハッ!』
『何でこんな……っ、何で俺を……っ、』
『誰にも……お前に触れさせたくなかった……お前を失うなんて……俺には耐えられなかったんだ』
『嘘……っ、何であなたが……俺のせい……どうして……』
『良いか、よく聞け。俺はいつか分からないけど、必ずまたこの世に産まれて見せる。転生とやらをしてみせる。だからお前は、生きろ。生きて生き抜いてそしてやがて転生して産まれて来た俺を探せ。これは契約だ……俺が産まれた時、お前と出会った時この印が光る筈だから。必ず……探し、出せ……なあ、――。』
ジリリリリリリ……!
「うっ……、ん?……朝……か?」
耳元で鳴り響く目覚ましの音で俺は眠っていた意識を浮上させた。直前まで観ていた昔からよく見る光景を思い出し重い息を吐き出しながら起き上がる。
「…………また……あの夢。くそっ……何なんだよ一体……」
小さく舌打ちしながらベッドから降りるもどうにもこうにも今日は体が重い。あんな夢を見たからかもしれない。あの夢は俺が物心ついた頃から頻繁に繰り返し見ているものだ。今までこんな事は無かった為、少し動揺した。何度か大きく深呼吸する。……もう大丈夫だ。俺はいつも通り制服に着替え自分の部屋を出た。
「おはよう真白。今日は16歳の誕生日ね、おめでとう」
部屋を出て長い廊下を進めばキチっと巫女服を着込んだ母親に会った。俺の家は何を隠そう古くから代々受け継がれている由緒正しき神社で、父親は神主、母親は巫女と言う少し他の人とは違った家庭環境だ。その為、年中無休で忙しい両親に何処かに連れて行って貰ったとかの記憶は無い。けれど俺は世間から見て所謂神職と言われる仕事に誇りを持っている二人が自慢だった。それに一人息子である俺は両親に大切に育てて貰った自覚はある。
「……?あ、今日俺の誕生日か。すっかり忘れてた……」
「もう。自分の誕生日忘れる子が何処に居るのよ、全く。……毎年ながら何もしてあげられなくてごめんね、真白。代わりと言っちゃなんだけどこれお父さんと私から」
そう言って母さんは俺の手を取り腕に何かをはめてくれた。
「数珠のブレスレット?」
「そう。この花房神社の神力がたっぷり込められた何よりもありがたい数珠よ。真白は昔から神力が強くて妖が見えたりしたでしょ?だからお守り代わり。花房の力がが貴方を守ってくれます様に」
「……ありがとう、母さん。大切にする。うわっやべ!学校遅れるから行くわ」
「気を付けて行ってらっしゃい。16歳になったのだから、もう少し早起き出来る様になって欲しいわね」
「ん~~~善処する」
「まったく……」
そう返す母さんに曖昧に笑い返して俺は急いで外に出た。途中、境内に居た父さんにも誕生日を祝われむず痒さを感じながら学校へと向かった。
――今更ながらの自己紹介になるけれど、俺の名前は花房真白。普通の何処にでも居る高校一年の男だ。少し人と違う部分があるとすればさっきも話したけれど我が家が古くから代々続く由緒正しき神社を家に持つ家系の生まれだと言う事と父親はその神社の神主で、母親が巫女と言う両親を持つ事ぐらいか。世間的に神職と呼ばれる仕事につく両親を持つ俺は昔から普通の人よりほんの少しだけ神力と言うものが強く、稀に妖と言った類の存在が見える事があった。そんな俺を案じて母さんが誕生日プレゼントと称した花房神社の力が宿る数珠のブレスレットをくれた訳だが、何故か俺は妖達にを襲われる事は無かった。確かに俺を物欲しげに見る妖達が居たりする。けれど今まで一度足りとも危険な目に会うことの無かったのは神力を持つ俺が怖いのか、はたまた神社と言う場所だったからかとにかく理由はよく分からない。でも父親曰く「うちは千年続く血筋を守って来たとある偉い神官様の血が流れている」らしくそれの影響かもしれない。まあ日常生活に支障がある訳では無いし俺はあまり気にしてはいないのだけれど。
ただ、一つだけ疑問に思う事はあった。物心ついた頃から何度も何度も見る同じ夢。その夢は決まって最後にとある約束を交わしていた。それが何の意味を持っているのかなんて俺には分からない。けれどその夢は日に日に俺に何かを訴えかけている気がしてならなかった。
「……今日の夢は一段とクリアだったな……」
まるで自分がその場所に居る様な、そして身を引き裂かれる様な痛みと血の臭い。誰かが俺の名前を呼んで引き留める声。
「……っつ!こめかみが痛い……。っ、あの夢のせいか?何だ、コレ……」
「あ!おっはよ!真白。何?朝から難しい顔して!ほら、眉間にし・わ♪せっかくの誕生日にそんな顔してると女の子にモテないよ~?」
起きてからズキズキと痛む頭に舌打ちをしていれば不意に誰かが俺の名前を呼んだ。その声に振り返れば見慣れた顔が居て俺は軽く手を上げて挨拶する。
「ああ、偲か。おはよう。……別に俺はお前みたいに女子に囲まれたいって願望は特に無いから構わない」
「えええ?真白はロマンが無さ過ぎでしょ?可愛い女の子をはべらしてこそ男に生まれた意味が初めて分かる事だと僕は思うけどね?」
俺の返事に大袈裟に驚いてみせたこのいかにも軽そうでチャラそうな男は皇偲。大手酒造メーカーの跡取り息子で誰もが見とれる綺麗な顔立ちをしている。尚且つ男の癖に妙な色気がある雰囲気のせいかとにかく女子にモテる。皮肉な事に本人もモテる事を自覚していて、そのせいか寄ってくる女子を取っ替え引っ替えしている為いつか刺されやしないかと心配になるぐらいだ。何故そんないかにも俺とは正反対のタイプと一緒に居るのかって聞かれたら、俺はこう答える。単なる幼なじみの腐れ縁……な関係だ。まあ長年一緒に居たからかお互いがお互いに知らない事は無いぐらいの仲の良さではある……事は認める。今では学校一モテる偲だが、出会った当初は気が弱く見た目も女子に間違えるぐらいの雰囲気で、泣き虫だった事は俺ぐらいしか知らないだろうしな。
「でもさ、結構真白って、女の子に人気あるの知ってた?まあお前って見た目はクールだし僕には負けるけどなかなかのイケメンだから観賞用男子!って言われてたりしてるみたいでさ。しかも、真白は怖そうに見えてホントは不器用なだけで優しいって一部の女子の中で噂になってるしね。ふっふっふ!よっ、モテる男は辛いね!」
茶化す様に笑ってそう言う相手に俺はため息を付きながら口を開く。
「だから嬉しくないって……お前とは違うんだから。それに俺には……」
「ん?俺には……?何だよ。お前彼女なんか居たっけ?」
「……いや?居ない……居る訳無い。何だ、俺は何を言おうとした?」
呆れる様に言葉を返した俺は自分が何を言い出そうとしたのか分からずに困惑した表情で偲を振り返る。今、全くの無意識に言葉を紡いでいて動揺を隠せない。
「まったく……どうしたんだよ真白らしくない。変な夢でも見たか?」
「夢……そうだ、今朝の夢。あれを久しぶりに見て……」
「おいおい、真白。本当に大丈夫?何か顔色悪いぞ?」
よっぽど酷い顔をしていたのか偲が心配する様に俺の顔を覗き込む。その刹那にまるでフラッシュバックするかの様に俺は違う世界の景色を見ていた。
『俺、絶対に忘れないから。……忘れない。必ず見付けてみせるから。どれだけの時間がかかっても、幾つもの月日が流れても俺は必ずあなたを探し出してみせるよ。だから……だからあなたもちゃんと……っ!』
(頬に感じる暖かい感触。これは、何だ……?誰かが……泣いている。オレに必死に呼び掛ける様に。この声はあれだ……いつも夢の中で会う……)
――ズキン!
「っつ……!!う、頭……痛い……っっ!」
「真白!大丈夫?僕の声聞こえてる?」
ズキンズキンズキンズキン。
『ああ……約束、いや契約だこれは。お前がずっと俺のものだという契約……』
(頭の中に直接響く声。これは……誰だ)
「や、めろ……っ!違う、俺はお前達とは関係無い!何なんだよお前ら……!」
「…………しろ、しろっ!真白、真白、真白っっっ!」
近くで聞こえる必死の呼び掛けに俺はハッと目を開いた。そこには酷く俺を心配する様に見つめる偲が居た。今、何が起こっていたのか分からずに目の前の幼なじみを見つめた。
「…………っ!?し、の……ぶ?」
「ああ、良かった!僕が分かるんだな?真白が突然頭を抱え出したかと思ったら、ずっと何かと会話してるみたいに叫んで……ホント、すごくビックリした……」
「わ、るい……ちょっと何か混乱した」
「混乱……?え、何?本当に悪い夢でも見てたの?……真白、まだ顔色も悪いし今日は学校休んだ方が良いかもよ?僕から担任に話しておくし、帰って休みなよ」
その言葉に大丈夫だと口を開こうと思うも、本気で自分を心配している偲の目を見て、自分はよっぽど酷い顔色をしているのだと改めて悟り、力なく頷いた。
「……大丈夫だって言いたいけど、悪い。そうする。偲、迷惑かけて悪かったな」
「何言ってるの、こんなの迷惑の内に入らないって。それに僕達幼なじみなんだし、真白と僕の仲だろ。たまには甘えときなよ。じゃあ、気を付けて帰るんだよ?何なら家まで送るけど」
優しいその申し出に俺は緩く首を振って大丈夫だ、と手を上げる。
「いや、流石にそこまでしてもらうのは悪いから。遅刻しちゃうだろ。お前は行ってくれ」
「…………真白の為なら僕は構わないけどね」
「偲?悪い、何か言ったか?」
「ううん!何でも無い!仕方ないからノートは僕が取っておいてあげる、って言っただけ!」
ボソリと呟く様に洩らされた言葉が上手く聞き取れなくて俺は偲に問い返すもそう返され何から何まで悪いな、と素直に頭を下げる。
「だから気にするなって。じゃあ、本当に気を付けて帰るんだよ?何かあったらすぐ連絡して。ちゃんと家着いたら休むんだよ!」
そう俺に呼び掛けながら大きく手を振り学校へと走って行く偲の姿を見送り、俺は自分の家へ歩き始めた。
「あいつもホント世話焼きつーかなんつーか。まあ女にモテる理由はああいう所なんだろうけど。……っっっ!……くそっ、今まであの夢見ても直ぐに忘れるぐらいでこんな……頭痛とか無かったっつーのに、一体何なんだよ……さっきから耳鳴りまでしてきたっ」
『忘れない、ずっと。だからあなたも、俺の事をちゃんと――』
「……っ、うあっ!……はあ、はあっはあっ……!くそ……っ何なんだよ、一体。忘れた頃に見る……ただの夢じゃなかったのか……?うぁっ……っ!」
やがて酷く痛む頭痛に気を取られ過ぎた俺は自分の家である花房神社へ通じる長い長い階段を登り始めていたにも関わらず、あと少しでてっぺんへと辿り着く所まで来て、そこで来た今日一番の酷い痛みに耐え切れずに頭を押さえ、蹲る。と、その刹那一段一段登っていたその足を踏み外しガクンと体が斜めになるのを感じた。
「……やべ……っ!う、そ……だろ……?」
踏み締める土台を無くした俺の足はグラリと傾きふわりと宙に投げ出され、その瞬間に頭痛がピークへと達したオレは、危機感を感じながらもその痛みにフッと意識を手離していた。
「…………真白っっ!」
――そう、最後に俺の名前を呼ぶ誰かの声を聞きながらオレは完全にブラックアウトしていたんだ。
(この声……何処かで聞いた事がある。懐かしい様などこか切なくなる様な……。この声は一体誰だったろうか……。でも一つだけ分かるのは、俺はこの優しい声に名前を呼ばれるのが好きだった気がする)
ありがとうございました◝꒰´꒳`∗꒱◟