EP.5 - 45
転生を繰り返し千年以上の人生を歩んできたモエナはその経験から、どんな状況にも対応できる力を身に付けていた。
なので今回もいつもと同じ様に眼前の敵を造作も無くねじ伏せ、危機的状況に陥る事無くすんなりと事が運ぶと思っていた。
しかしモエナは現在、自らの身に訪れた危機を前に成す術も無く立ち尽くしていた。
彼女の前には両膝を付き蹲る黒衣の男。
男は両腕の骨を折られ、呻き声をあげている。
彼をそんな状態にしたのは当然、モエナだ。
腕力は互角、或いは黒衣の男の方が勝っていたのではないだろうか。
しかし体術や、経験から来る行動予測能力はモエナが圧倒的に上であった。
互いに武器を持った利き腕を掴み、膠着状態に陥るかと思われた体勢は、モエナの動作により崩れた。
彼女は黒衣の男の右手首を左手で軽く捻っただけであったが、男はそれに過敏に反応し次手を打つ。
持っていたナイフを離しモエナの両腕をしっかりと掴むと、手前に引き寄せて右膝で顎を狙った。
モエナはそれを見るや否や少し屈みつつ体を右に傾ける。
それにより、男の膝はモエナの肩を掠めつつ空を突いた。
軸足のみで立った状態は不安定だ。
それを好機と見たモエナは、黒衣の男が蹴り上げた足を戻す前に体重をかけて押しやる。
すると男はモエナの両腕を掴んでいた手を離し、膝蹴りの為に折り曲げた右足を勢い良く伸ばしてモエナの左肩を足裏で蹴った。
そして左足を跳ね上げて、またもやモエナの顎を狙うが避けられ、そのまま後方転回し距離を取ろうとする。
仕切り直しになるかと思われたが、左肩を蹴られても前進をやめなかったモエナは、後方転回をした男の足が床に着くタイミングで、身体全体を使った強烈な足払いを喰らわせた。
バランスを崩し、堪らず床に片手を着く黒衣の男。
彼の身体を支える腕を、今一度繰り出されたモエナの強烈な蹴りが襲った。
そこで男の片腕は折れた。
尚も攻め手を緩めないモエナは、男が足技を得意としていると見てそこを狙うのを避け、もう片方の腕を容赦なく折った。
男は短く悲鳴を上げ、次いで――――――
「ユーシィ! デオタリィ!」
――――――と、叫んだ。
モエナは自分が勘違いをしていた事に気付いた。
そしてそれは、この黒衣の男も同じである。
お互いに、お互いがユーシィを襲おうとしたと、勘違いしたのだ。
その勘違いから、ユーシィを護ろうとしていた男の大事な商売道具である両腕を使い物にならなくしてしまった事に、モエナは酷く動揺していた。
それを彼女は不思議に思っていた。
自分はこんなことで動揺するような人間であっただろうか、と。
そしてモエナは自分のことながら、男が最初から自分を狙っていたと気付かなかったことを疑問に思った。
いつもならその程度の事など直ぐに察しがつく筈が、今回に限って妙に勘が鈍っていたと感じたのだ。
自分の中に、何か良くない変革が訪れていると感じたモエナは、蹲る黒衣の男の傍らでオロオロしているユーシィの姿を見ながら、恐怖に似た感情に苛まれていた。




