EP.5 - 44
事後処理に追われる人々の慌ただしさを物ともせず、大きな器に料理を盛って部屋の隅に運び、食事の続きをするコアン。
俺は彼女の胃袋の許容量に驚愕すると共に、その行儀の悪さに呆れていた。
(わざわざ部屋の隅に持ってって食うとか、まんま獣だな……っていうかどんだけ食うんだよ)
隣で大きなため息が聞こえた、多分リニーだろう。
傍にいるエルミーやリニーも俺と同じ事を考えているに違いない。
そしてコアン行動に対する二人の捉え方に若干の違いがある事も容易に想像できる。
リニーは育ちが良さそうなので、その食事作法に呆れているだろう。
エルミーは多分、ペットみたいでかわいいとか思っているんじゃないだろうか。
「ったく、さわがしくっておちおちめしもくってらんねーや」
(めちゃめちゃ食ってるじゃねーか……)
コアンも一応周りの事は気になっていたようだが、その食事風景にデリケートさは微塵も感じられない。
「……ン?」
不意に、フォークで刺した肉塊を「食うか?」と言ってエルミーに差し出したコアン。
しかしエルミーはそれを受け取らなかった、食欲が無いのだろう。
「くえるときにくっとかないとこーかいするぞー?」
普通に生活している人間であれば、先ほどの襲撃事件で負った精神的ダメージのせいで食事をする気が失せてしまうこともあるだろう。
しかしコアンはこんな状態でも食事をするべきだと主張した。
身に危険を感じたことで、生きる為の本能が彼女の食欲を加速させたのかもしれない。
(野良生活の習慣が抜けきってないのかもなぁ……)
俺と出会う前の生活を考えると心が痛み、気の済むまでたらふく食わせてやりたいという想いが湧いたところで彼女が再び口を開く。
「かえったらまたびんぼーめしだからな、いまのうちにあじわっておかないと!」
(あーはいはい、そういう事ね……)
単に食い意地を張っていただけのようだ。
コアンは部屋の隅で床に座り食事を続けている。
俺は現在彼女の首から提げられているので、障害物はあるものの一応食堂の様子を一望出来た。
手足を縛られて床に転がされている数名の襲撃者が見える。
その中に、先ほどコアンが死亡確認ごっこで目を覚まさせた男がいた。
彼は何かを必死に訴えている。
訴えている相手はキースと、あの華麗な体捌きで相手を圧倒した白髪交じりの神父だった。
キースと白髪の神父は騒ぎ立てる男を無視して話し込んでいる。
何を話しているのだろうかと暫く注視していると、話が済んだのか二人はこちらに近付いてきた。
(アイツは放っておいて良いのかな……めっちゃ必死な感じだったけど)
先ほどから一生懸命キース達に何かを訴えていた黒衣の彼は、完全にスルーされた事に腹を立てたのか、不貞腐れた様子で寝転がってしまった。
コアンの前までやってきて片膝を付くキースと白髪の神父。
二人は胸の前で両腕を交差させると、ユーシィの家に夜現れた侵入者や串焼き屋のおっさんと同じポーズを取った。
右の掌を左胸に当て、左手でメロイックサインのようなものを形作るアレだ。
「なぁ……それ、ばかにしてんのか?」
(……いや、寧ろ敬っているように見えますけど?)
どうやらコアンはこのポーズがお気に召さないらしい。
その理由は、俺が疑問を持つ前に彼女の口から語られた。
「それ、あれだろ? きつねのかげえだろ?」
(ああ…なるほど、そういうことか)
言われて見れば、確かに狐を手影絵でやる時の形に酷似している。
コアンは狐扱いされるのが嫌なのだろう。
そんな彼女が、神父二人が取っているポーズを不快に思うのは納得出来る。
では逆に、神父二人がコアンに向けてこのポーズを取っている理由は何だろうか。
まさか「おいバカ狐」と煽っているわけではないだろう。
寧ろ目上の相手に対して取る態度のように見える。
神に仕える聖職者が自分より上位の存在であると認識しているとなると―――――――
(……もしかして、神様的な存在だと思われ始めているのか?)
いくつか不可思議な点はあるにせよ、俺からすればコアンは"ちょっとおつむの弱いケモミミ美少女"でしかない。
しかしこの世界に狐の、異世界語で言うなら"狐"の神様、日本で言うところの"お稲荷さん"のような伝承があるのならば、この世界の人々が狐の耳と尻尾の生えた少女を神の化身だと捉えても変ではないだろう。
キースは普段、祈りを捧げる時は胸の前で手を組むというスタンダードなポーズを取っていた。
ということは、今取っている狐のポーズはお稲荷さん的な神様に祈りを捧げるとき専用の型なのかもしれない。
(何事も無く生活できれば良いなーくらいに思ってたのに、えらい大事になってきちゃったな……)
俺は予想を遥かに上回る展開の数々を前に、ただただ動揺するしかなかった。




