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EP.5 - 41

 モエナは腰に忍ばせていたナイフを抜くと、ユーシィに向けて駆け出した。


 暗い廊下でキャンドルに照らされて輝くモエナの髪が、まるで尾をひく彗星のように光の帯を描く。

 前のめりの姿勢で一気に距離を詰める彼女の動きに、ユーシィは全く反応できていない。


 一瞬で懐に潜り込んだモエナはそのまま左前方に軌道を逸らし、右手でユーシィの肩に掌打を食らわせ廊下の壁側に突き飛ばした。


「――――ッ!」


 小さく悲鳴をあげつつも何とか受け身を取り壁への激突を防いだユーシィ。

 彼女が慌てて振り向いたそこには、互いにナイフを持った手の手首を掴みつつにらみ合う二人の人物が居た。


 一人はモエナ。

 もう一人は黒衣の謎の人物。


 モエナの狙いはユーシィではなく、暗闇に潜んでいたこの謎の人物であった。

 ユーシィは気付いていなかったが、モエナの目には迫り来る黒い影が見えていたのだ。



 モエナはまず、駆け出すと同時にユーシィの体で身を隠し、迫る謎の人物に自分の動作を極力見せないようにした。相手に初手の行動を予測させない為だ。

 そしてユーシィとの擦れ違いざまに彼女を突き飛ばして交戦の場から離れさせ、迫る謎の人物の虚をつく形でナイフによる攻撃を行った。


 モエナのナイフの一撃は手首を捕まれ受け止められた。

 ユーシィを突き飛ばす動作が直前に入ったとはいえ、体術に自信があり難なく相手を仕留められると思っていた彼女はその結果に驚くと同時に危機感を覚えた。

 片手で受け止められたという事は、もう一方が自由であり、そこには武器が握られている可能性があるからだ。


 案の定、自由である相手の左腕が伸びてきた。

 その先にナイフがあることを確認しつつ、モエナは自分がされたように手首を掴み攻撃を受け止める。

 モエナにとって、この程度の芸当は朝飯前だ。

 何せ千年以上もの記憶が彼女の脳に蓄積され、その経験が伴った的確な命令が四肢に送られるのだ、状況判断や反応速度などは人間が発揮できる限界近くの能力に達しているだろう。


 握られた手の感触、そして握った手首の感触で、相手が男である事をモエナは察した。


 その後、直ぐに次の手を打ってくると予想し身構えたが、黒衣の男は動かず両手に力を込め始めた。


 力押しでどうにかする気なのか、舐められたものだと思いつつ、近くにまだユーシィが居て迂闊に動き回るのは彼女に危険が及ぶと考え、モエナは暫く力比べに付き合うことにした。


 黒衣の男の正体は現状不明であるが、動きの癖や獲物のナイフの形状からして、同業者なのではないかとモエナは憶測した。

 同業者とはつまり海賊だが、海を荒らし回るだけが生業ではなく、陸上でも様々な裏の活動をして金を稼いでいる。

 陸に上がってしまうと教会の目に止まりやすくなるので悪事を働く事は出来ないが、その代わり王族や貴族から依頼を受けて諜報活動などを行っている。


 教会の教えに背く異端者の調査を海賊に任せているという噂もあり、この男はそういった任務を負っているのかもしれないなと思い、モエナは口頭で質問してみようかと考えた。

 ユーシィが安全な場所に避難するまでの時間稼ぎが主な狙いだが、同業者がどのような活動を行っているのか純粋に興味もあった。


「デオタリィ」


 モエナが何かを喋る前に、突如黒衣の男が口を開いた。

 その言葉を聞いたモエナは耳を疑った。


 男は『逃げろ』と言っている。

 今まさにナイフを突き立てようとしている相手に逃げろなどとは言わないだろうから、これがユーシィに向けた言葉だということはわかる。


 男の目的は、ユーシィに危害を加える事ではないのだろうか。

 それとも意味不明な言動で惑わそうとでもしているのだろうか。


 解らなければ直接聞けばいい。

 ねじ伏せて腹の底から本音を引き摺り出してやろうと考え、モエナは両手に力を込めた。

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