EP.1 - 8
【先週更新分のあらすじ】
盗み食いの現場をローブの男に押さえられた狐耳の少女はその罪に問われるかと思いきやお咎め無し。その後の対応を見て男が善人と悟ったアイザックは彼を新しい自分の所有者にと考えるが、彼は異世界の言語を喋りアイザックにはその言語を理解出来なかった為、引き続き話す言葉を理解出来る狐耳の少女の協力を求め、自分への興味が薄れた彼女の気を引こうとパスコードとFaceIDをリセットしてロックを無効にした。そして、アイザックは偶然起動したゲームアプリで遊ぶ彼女に夜まで付き合うのだった。
当たり前の様に夜はやって来た。
襲い来る眠気、そしてけものパネルとの長い闘いを繰り広げた狐のお嬢が遂に眠気の方にノックアウトされた頃、窓から漏れる日の光は既に無く、トーチかキャンドルか、若しくはそれらに相当する火に由来した灯りと俺の画面の光だけが屋内を辛うじて照らしていた。
例のリアルモンクは、お嬢が爆睡し始めると程無くして俺の視界に姿を見せ、長椅子でうつ伏せになっている彼女をゆっくりと抱え上げた。
――――すると、同時に俺の体も浮き上がる。
寝ていても離さないとは恐るべき執念。明日はけものピラーバトル第二回戦だな。
(モンクのおっさん……一応言っておくけど、お嬢に悪さしたら不思議な力で死ぬ事になるからな?)
決して脅しではない、これは警告だ。喋れないので脅しにすらなってないけど。
俺の冗談の様な注意喚起のお陰――――では無いが、何事も無くお嬢は奥の部屋へ運び込まれベッドに寝かされた。
モンクは一度、俺をお嬢の手から取り上げようと試みた。しかし無意識なのか寝惚けているのか、彼女は俺を懐に抱え込んでしまった。
モンクはその後、特に俺を引き剥がそうという素振りも無く、お嬢に布らしきものを掛けると早々に部屋から出て行った様だ。
(悪い気はしない……悪い気はしないけど、そこは強引に行って欲しかった!)
俺の扱いをお嬢にだけ任せていたのではこのままゲーム専用機で一生を終え兼ねない。
何せスマホはこの世界の需要に応える為に作られたものでは無い。ならば俺がこの世界を多角的に観察し、そしてこの世界からは俺を多面的に捉えて貰い、その需要を発掘していかなければならないだろう。発掘作業を行なうには不特定多数の価値観の介入が必要である為、なるべく多くの人に扱って貰わねばなるまい。
この世界の住人にとって有用な機能が俺に備わっているのかどうかを知り、そしてそれが有るのならばこの世界に広く知らしめる。基本受け身である道具が徳を積むには、誰かに俺自身が求められなければならない。
求められ、使われ、需要に応え、感謝される――――という流れだ。
今は一応お嬢の需要に応えていると言えるが、傍から見たら単に一緒に遊んでるだけだろう――――というか、傍から見たらお嬢が一人で遊んでる様に見えるだけか。
何にせよ徳を積むという点に於いて効果が高いとは思えない。
沢山の人に俺の存在を知って貰い、より多くの需要を満たす事で――――
(……いやでも何と言うか、打算的な考えでする善行って凄く駄目な感じがしないか?)
そもそも『徳を積む』という転生の条件は具体性に乏しい。何をどれくらい溜めれば元の世界に転生出来るのか全く不明瞭である。
ゴールが見えたと勘違いした瞬間もあったが、今は寧ろゴールどころかスタートラインが目の前にある気すらして来た。
(モヤっとし過ぎなんだよなぁ……大丈夫? 俺、騙されてない?)
――――スマホを騙す?
わざわざ異世界に転生させてまで何の為に。
そうだ俺は一度転生している。
少なくとも転生自体は可能であり、そこに嘘は無い。本来ならば、大破してしまった時点でこの話はお終いだった。
だが俺はまだ動いている。可能性が有る限りお話はもうちょっとだけ続くんだ。騙されたと思って物語の主人公を演じ続けよう。
不安がどれだけ溢れてきてもエンディングまで嘆くんじゃない――――己の結末を知るまでは。
実際に転生したのだ、ならば何故転生出来たのかを考えた方が良い。目標が定まればそこに至るまでの道程は縮む。
身を挺して真歩ちゃんを守った事で徳を規定値まで積み上げたから転生出来たのだろうか。
徳の保有量を示すゲージとか、目に見えるものがあれば良いのだが生憎そんなものは見当たらない。
それと、真歩ちゃんを庇ったという体で話が進んでいるが、スマホは自由に動けないのだから偶然に偶然が重なって結果的に盾になっただけで故意では無い。それでも善行と判定されたのだろうか。疑念は尽きない。
ただ、もし仮に自由に動けていたとしても結果は変わらなかっただろう。
結果、故意では無かっただけだ。
あの時は故意で無く偶然であっただけで、今改めて「もし仮に――」と問われたところで何も変わらない。
(――――何と言っても美少女JKの内ポケットだからな。男の死に場所として申し分ない……伏襄死とでも言うべきか……うん、何だかイケない感じがする!)
何を以って本懐を遂げたとするかは人それぞれだ。人じゃないけど。
たかが道具の死に様としては十分であり満足のいくものだが、それに依って齎されし幸福に抱かれたまま甘き死を享受する訳にはいかなくなった。クリアと思いきや続きがあった、トゥルーエンドへのシナリオが。
(目の前がスタートライン……上等上等。ともすれば不本意なゴールインをしてしまって、そこでサヨナラだったかもしれないんだからな。寧ろ有り寄りの有りだろ、有り有り!)
その先に運命が有るっていうのなら前に進むだけだ。
俺は行く、俺が望む結末に向かって。行って、至って、逝ってやる。
そしてもう一度死を越えて辿り着いてみせる――――元の世界へ。
……。
(……それにしても、あれだな。なんというか……)
――――――――重い。
(重い重いおもいおもいおもいおもいおいもあいおもい重いってお嬢ぉぉぉぉぉぉおおお!!)
いつの間にか寝返りを打って蹲る様な寝相の彼女に圧迫されて現実に引き戻される。
(カッコつけた様な事をいくら考えたところで実際に行動出来なけりゃ恥ずかし屋さんの大安売りだ。明日からやるべき事をしっかりと考えていかないと……)
明日。そう――――明日だ、明日が来る。
日が落ち、一日が終わり、明日の朝日が待ち構えている。時間が経っているんだ、ともかく先へ進まないと。
(とりあえず今やるべき事は……)
ヴヴヴ―――ヴヴヴ―――。
バイブを作動させる。
するとお嬢は何やらもごもご言いながら体を捩らせた。
少し体勢が変わってくれた様で、俺に掛かっていた彼女の体重に因る負荷が少し和らいだ。
(ふぅ……上手くいった)
非常に地味な作業と結果だが、スマホの身で出来る事は少ないのでその一つ一つの意義は重い。それは蝶の羽ばたきよりも遥かに力強く運命を決定付ける。そして思い通り成功したというその成果が、望んだ結末への道程を縮めるのだ。地味な成果でも悲観はしない。一日一歩でも七日で十歩くらいは行ける、下がる気なんぞは毛頭無い。止まる気だって微塵も無い。
(俺の居場所は此処じゃない……悪くはないけど此処じゃない。そう、真歩ちゃんのパーフェクトJKボディに抱かれるのが最終目標、あの世界一優しい温もりが待ってる場所が俺の最終到達地点なんだああああああああああアアアアアアアッ!?)
再び体勢を変えたお嬢の体重が俺を襲った。
(おのれ女狐ぇぇぇぇ……)
数え切れない耐久性テストを経て完成されたスマホボディはこの程度の加重でどうにかなる事はないが、感圧センサーが健在な為にiZakuroX6はご丁寧に圧迫感を送信し続ける。
(だが……フフフフフフ……精々朝まで眠りこけているが良い。衝撃的モーニングコールで目ん玉ひん剥かせてやるわ!)
復讐の準備は既に整っている、後はその時を待つだけだ。
(そういえば、眠くなったりはしないんだな……)
この世界で目覚めてから随分時間が経ったが眠気のようなものは一向に現れない。スリープモードという如何にもな状態はあるが、その時の俺は確かに意識がある。電源がオフにでもならない限り『眠る』という事は無いのだろうか。
それは俺にとって非常に好都合だ。思考を巡らせる時間を多く取れるのはありがたい。意識が途切れている時に危険に晒されるという心配も無くなる。
だが電源オフの状態、これはマズい。自力で復帰出来ないのだから下手すればそのまま永い眠りにつく事になる。助けてと叫ぶ事も出来ずに永眠、非常にマズい――――気を付けねば。
そんな感じであれこれ考えたり彼の地の美少女JKに想いを馳せたりしながら、時折「おにく……おにく……」とまるでうわ言の様に発せられる哀れな狐の子の寝言をBGMに夜を過ごした。
そして――――
――――時は来たれり。
≪ダキシメテーーー、エガーオーデーイーターーーヒビノーーー≫
「んふぇぁあぁあああああああああああああああッ!?」
俺の時計では現在AM07:15、予定通りそれが起動した。
真歩ちゃんが時計アプリに設定したタイマーに依りアラームが作動、登録されていた某アイドルグループの歌が流れ出した。
それ自体は予定通りだったのだが、何度目かのお嬢の寝返りで俺は彼女の顔付近にまで移動していた為、効果が抜群過ぎて彼女がベッドから転げ落ちる程の衝撃を与えてしまうという予定外の事態が発生した。
「うぅぅ~……しずかにねてろよばかぁ~……」
(いいや! 起床だ、起こすね!)
部屋の窓から射す柔らかな光が気持ち良い、素晴らしい朝だ。いつまでも寝ているのは勿体無い――過ぎて行く俺の時間も勿体無いしな。
お嬢は床に座り込んで目を擦りながらブツクサ言っている。
目的は果たせたのでアラームを止めようと、一旦スリープモードに移行する事にした。
……。
(……おや?)
移行出来ない様だ。
アラームの鳴動中は受け付けてくれないのか、成る程。
だが良く考えたらスリープモードにしたところでアラームは止まらないのだ。失念していた。
「うーるーさーいー! うめるぞコラーッ!」
(ちょちょちょ待って待って埋めるのはやめてーーーー!)
俺をバシバシ叩きながら脅し付けるお嬢。
だがそんな事をしても俺の意思で鳴らしている訳では無いので残念ながらアラームは止まらない。
ギャーギャー喚くお嬢と俺の異変に気付いて部屋に現れたモンクの機転により機能の停止がなされるまで騒ぎは続くのだった。
そして――――
――――俺は、朝食、ゲーム、昼食、ゲーム、夕食、ゲーム、就寝という、絵に描いた様な自堕落な一日を過ごしたお嬢に絶望しながら二日目の終わりを迎えるのだった。
【登場キャラ】
アイザック:ゲーミングスマホ
狐のお嬢:押しかけニート
モンク:呼吸する様に徳を積むリアルモンク