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EP.5 - 39

 日が落ち暗くなった空には淡い光を湛えた(イーズ)が佇んでいる。

 クレイス邸の廊下に設置された灯りは最小限に留められているようで、足元を確認するには少々眼を凝らさなければならない程に薄暗い。


 そんな薄暗いなかを、ユーシィは後悔の念に押し潰されそうになりながらトボトボと歩いていた。


 光源であるキャンドルは、火が灯されている数が少ない為に暗がりに際立つ。

 吊り下げ式のキャンドルホルダーは極め細やかな装飾が施されていて、周囲の壁に多彩な影の模様をを映す仕組みになっている。

 光と影が織り成すシルエットは独特な雰囲気を醸し出し、浮き世を離れ別世界に迷い込んだかのように錯覚させられる。


 ――――わざわざ灯りを遮るなんて非効率、金の無駄使いだ。

 その癖に火を灯す数を減らして、節約でもしているつもりなのだろうか、馬鹿馬鹿しい。


 そんな考えが浮かぶと、一度は後悔一色になったユーシィの胸の内に怒りの火が再び灯った。


 火種は燻り続けていて、少しの切欠ですぐに燃え上がってしまう。

 キースに対するユーシィの怒りはそれ程までに強いものであった。


 好意を感じられないとキースから指摘されたユーシィは焦りを覚えたが、その直後に自分を嫁に迎え入れる意思があると聞かされ、結果さえ良ければ過程の失態など取るに足らぬことだと考え、落ち着きを取り戻した。


 しかしその後、自分やエスティは兎も角、姉のサーラからも好意を感じなかったと言われ、ユーシィの心は再び掻き乱された。


 他の者はいざ知らず、サーラだけは本気でキースが好きだった。

 腹立たしい事だが自分の感情は一旦置いて、何とかこのなまくら神父に真実を伝えねば死んだ姉が浮かばれないとユーシィは考えた。


 しかし、沸々と湧き起こる怒りに抵抗する彼女を嘲笑うかのように、キースからとどめの一言が発せられた。


 ――――結婚を決めたのだから、コアンに手を出すのをやめて欲しい。


 なかなか酷い頼み方ではあるが、そんな事はどうでも良かった。

 ユーシィ自身も、自分の目的のために好きでもない相手に散々言い寄り続けたのだ、お互い様といったところだろう。


 我慢ならなかったのは、コアンに手を出すなという一言だった。


 確かにユーシィは、彼女が障害になるのであれば手にかけることも考えた。

 しかし実際に行動に移したことは当然無い。

 それどころか、彼女と過ごした日々は、まるで行方不明になった妹のリニーが帰ってきて再び共に生活を始めたかのように思えて、ユーシィの記憶には良い思い出として残っている。


 殆ど行動に現れることの無かったコアンへの殺意。

 そして自分がキースに好意を全く抱いていなかった事。


 悟られぬようにしていたそれらは鋭く見抜いた癖に、姉のサーラの一途な想いに全く気付かなかったキースを、ユーシィはどうしても許せなかった。


 人それぞれ、鈍い部分はあるだろう。

 気付かなくても仕方無いと思えなくも無い。

 しかし、理屈ではどうにもならない感情がユーシィを支配していた。


 キースの話をする度にサーラが作る嬉しそうな表情を思い出す度、悲しみが胸を締め付ける。

 変わり果てた姿で帰ってきたサーラの、表現し難い顔を思い出す度、悔しさが身を焦がす。


 抑えきれず溢れ出たユーシィの感情は、右の平手打ちに乗せてキースの頬へと伝えられたのだった。


 姉の無念を想うと、目頭が熱くなった。

 今までの苦労を自ら台無しにしたのかと思うと、視界が滲んだ。


 ユーシィは立ち止まって俯き、右の手の甲で涙を拭い鼻を啜った。

 未だ手のひらが少し痛む、相当強い力でキースの頬を叩いたらしい。


「ユーシィ」

「――――ッ!?」


 突然背後から声がかかり、ユーシィは息を飲み驚いた表情で顔を上げた。

 単に暗闇で声を掛けられてビックリしたからではなく、ユーシィという名前の呼び方が、在りし日のサーラの癖と酷似していたからだった。


 思わず勢い良く振り向くユーシィ。

 しかし、そこには期待した人物の姿は無かった。


 声の主はモエナ。

 サーラと歳は近いが姿は全く違い、声質もそれ程似てはいない。


 何故姉だと勘違いしてしまったのだろう。

 二度目の奇跡を心の奥で期待していたのだろうかと疑問に思っていると、モエナが動いた。


 ユーシィの目には、彼女が背からナイフを取り出す様子がはっきりと映っていた。

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