EP.5 - 36
コアンが、モエナが食べていたものと同じ料理を口にして感想を漏らす。
「ん~、んまい! ……けど、なくほどかぁ?」
薄切りにして焼いた肉で色とりどりの生野菜を巻いた一口サイズのそれは、確かに味付けに関してはシンプルであるように見えた。
(素材の味を生かした料理ってやつか)
涙を流して感動するほどの味かどうかはスマホの俺には解らない。
しかし、カメラの向きの関係で俺にはモエナの顔を見ることが出来ないが、実際に彼女は食事をしながら泣いていたらしい。
(味に感動して泣いてたんじゃないのかもな……)
捕らわれの身であった頃は満足に食事が出来ずにいたのかもしれない。
その為、久方ぶりにまともな料理を食べて無事脱出出来たという実感が湧き、思わず涙腺が緩んだ――――といったところだろうか。
「ん? おお、ふらんくす~」
どうやらコアンは飲み物を渡されたらしい、喉を鳴らして豪快に飲んでいる。
「……フランクス?」
「ぷは~っ! ……ふらんくすはな、ありがとなっていみだぞ!」
(日本語で説明したって伝わらないっていうか、モエナさんはフランクスの意味くらい知ってるだろ……)
恐らくモエナは、コアンがフランクスという単語を知っていると思っていなかったので確認の為に聞き返したのだろう。
「コアン……」
「ん?」
モエナに名前を呼ばれ間髪いれず返事をするコアン。
最初はコアンと呼ばれるのを嫌がっていたが、今となってはそんな素振りも見せない。
(何だかあの頃が遠い昔のように思えてくるな……)
たった一年だというのにそんな風に感じてしまうのは、それだけ内容の濃い一年だったということだろうか。
「…………フランクス!」
「……は?」
(……ん?)
モエナがもう一度、異世界語の感謝の言葉を口にした。
その口調は心なしか弾んでいるように聞こえたが、彼女が何を考えているのかまでは解らない。
コアンも何のことか解らないといった感じで考えていたが、暫くすると「ま、いいか」と言って再び野菜の肉巻きを頬張り始めた。
「コアン!」
「にゃんにゃ~?」
食べ物に夢中なコアンを、少し怒気を孕んだ声で呼ぶのはリニー。
コアンは恐らく「何だ?」と言いたかったのだろうが、口にものが入っているので上手く喋れていない。
(……うおっ、なんだなんだ?)
コアンの首に下がっていた俺の体が不規則に揺さぶられる。
どうやらリニーが手に持って振っているようだ。
(そういやエルミーと三人で、アプリで遊んでる最中だったな)
コアンがスマホを持って離脱したので待っていたが、ついに痺れを切らして呼び戻しに来たといったところだろうか。
言葉が通じないので、リニーはスマホを降ってアピールすることで自分の意思を伝えようとしたのだろう。
「あ~はいはい、わかったわかった」
リニーに連れられてエルミーの所に戻るコアン。
俺としてはモエナの素性を探る為に、コアンにはもう少し彼女とやり取りをして欲しかったが、こうなっては仕方ない。
リニーはゲームアプリ『けものピラー』を気に入ったようだ。
しかめっ面で操作をし、パネルが上手く積み上がると表情が一変し、笑顔になる。
ドハマりしているのが手に取るように解る。
(また一人、スマホ依存症患者を増やしてしまったか……俺も罪な男だ)
俺がというよりは、人を惹き付ける魅力を持ったアプリのお陰なのだが、何にせよ異世界人の中に需要を生み出してスマホを扱わせる事には成功している。
(スマホが使われれば使われる程、異世界人の心は充実感で満たされ、俺は徳を積めるってわけだ)
実際に徳を積めているかどうかは、相変わらず解らない。
自分の行動が、徳という成果を得ているかどうかを確認できないまま次の行動に移らねばならない、非常に不安の残るもどかしい状態だ。
経験値その他を一目で確認できるステータス表というものが、どれだけ有難い存在なのかを思い知った。
しかし、アプリで遊んでいる三人の少女の楽しそうな表情は、俺に確かな手応えを感じさせる。
(溜まってるといいなぁ、徳)
そんな事を考えつつスマホを操作しているコアンの顔を眺めていると、突然彼女がビックリしたような表情を作り顔を上げるのが見えた。
「なんだ?」
(……何だ?)
どうやら彼女は何か気になる音を聞いたようだ、耳をピンと立たせて集音効果を上げているように見える。
その刹那、食事を楽しむ人々の声で賑わっていた食堂が静まり返り、次いで、大きな怒鳴り声が聞こえた。
(ユーシィの声だ、どうしたんだ?)
何があったのだろうかと疑問に思っていると、コアンが口を開いた。
「おばさん、でてっちゃったぞ……」
俺にはユーシィの姿を確認することが出来ない。
が、コアンが言うには、ユーシィは食堂を出て何処かへ行ってしまったらしい。
「はは~ん、さてはきーすがおこらせたな? あいつはだめなおとこだな~」
(散々世話になっといて、その言い方はないだろ……けど、まあ解らんでもない)
ユーシィはかなり判りやすいアプローチで何度もキースに好意を示していた。
それに対してキースは素っ気ない態度を取る事が殆どだった。
そんな事が長く続いた結果、ユーシィの溜まりに溜まった不満が今日ついに爆発してしまった、といったところだろうか。
(気付いてなかったわけじゃないだろうし、中途半端な状態を長引かせ過ぎたのは良くなかったな……はてさてどうすべきか)
異世界人の痴情の縺れを、果たしてスマホの俺がどうにか出来るのであろうか。




