EP.5 - 35
モエナはクレイス邸の食堂で夕食を楽しむ面々を見ながら酷い孤独感に苛まれていた。
食堂にはクレイス家と、リニーやユーシィの家族であるマークェイ家とその縁者が集まっている。
それらの人たちからすればモエナは部外者であるのだから、肩身の狭い想いをするのは当然だが、彼女の胸中に湧く負の感情の出所は別にあった。
モエナの隣ではリニー、コアン、それと友達のエルミーが楽しそうに不思議な本を弄っている。
三人は年齢が近いせいかすぐに仲良くなったが、リニーには微妙に距離を置かれ、他二人とは一応初対面であるモエナはその輪には入れそうにないなと思い、仕方なくテーブルに並べられた豪華な食事をつっついて暇を持て余している。
モエナはコアンの話す言葉が解らず、コアンもまたモエナの話す言葉が解らない。
それはモエナとコアンが初めて会った時も同じであったので、コアンという狐耳の少女があの時モエナが出会った獣耳の少女と同じである事はほぼ間違いない。
しかし千年以上前にあった少女が同じ姿で今ここに存在しているという非現実的な状況である為、もっと確実な、確証が欲しいとモエナは考えた。
自分の事を覚えているかと、モエナがコアンに質問をするだけでその確証は得られるのだが、意思の疎通が難しい現状では不可能であった。
一応、エルミーを通して『モエナ』という自分の名前を伝える事は成功したが、コアンはその名前には特別大きな反応はしなかった。
その事を思い返すと、孤独感がモエナの胸をチクリと刺した。
自分の事を忘れているのか、それともあの時の獣耳の少女とは別人なのか。
湧き上がる不安と、錯覚した痛みを吐き出すかのように大きな溜息を吐き、しかめ面をしながらつらさを紛らわす為に食事を口に運ぶモエナ。
すると、彼女の様子に気付いたコアンが声をかけた。
「もえなー、たべものはもっとありがたくくえ!」
自分の名前以外は何を言っているのか、モエナには理解出来なかったが、あの時と殆ど変わらぬ姿と声で名前を呼んでくれた事が嬉しかったので少し表情が和らいだ。
「そうそう、たべものにかんしゃしてうまそうにくえよなー」
相変わらず何を言っているのか理解出来なかったが、満足げな表情をしているので悪い事を言っているのではないとモエナは判断した。
気分転換をしようと顔を上げたモエナの視線の先には、半開きになったテラスに繋がるガラス戸があった。
テラスには人影がある。
キースとユーシィの二人が会話を楽しんでいるように見えた。
モエナの孤独感の原因はコアンの事だけではなかった。
そのもう一つの原因は、この二人である。
モエナ自身は全く関係の無い存在だが、モエナが継承したサーラの記憶には二人の存在が色濃く残っている。
サーラはキースを本気で愛していたようだった。
彼に愛される為に日々努力を続けたサーラの経験は、その記憶に深く刻まれている。
非常に複雑な気分であった。
初対面の男を愛した記憶が存在し、その男が他の女と仲睦まじくしているのを見て、明らかに不快な気分になっている。
記憶の継承に慣れて久しいモエナがこのような感覚を持つのは久しぶりであった。
彼女の頬を涙が一筋伝わる。
泣いているのは『モエナ』なのか『サーラ』なのか、はたまた『エスティ』なのか。
それはモエナにも解らなかった。
「もえな~、なくほどうまいのか?」
不意に、コアンに声をかけられ我にかえるモエナ。
言葉は解らないが、心配されたのだと解釈し、彼女は笑顔で答えるのだった。




