EP.1 - 7
前書きにあらすじを書くという手法を知りました。
前回と間の空く土曜更新分に使おうかと思っています。
(…………ですよねー)
結論から言うと、何も変わらなかった。
勿論パスコードとFaceIDはリセットされた。
特にメッセージ等は画面に表示されなかったが、それを証明するホーム画面が現在は表示されている。
だが、
俺は覚えてる。
――――そして、
真歩ちゃんを覚えている俺はここにいる。
結局、危惧していた事は何も起こらなかった。
ただ単にロックが無効になっただけだった。
……。
…………。
(び……ビビり過ぎなんだけどマジ! 誰、俺が消えるって言った奴は! 誰だよ俺が真歩ちゃんを忘れるって言った奴は! 出てこいよ! ぶっ殺してやるよ俺が! メンタル弱ェなマジ消える消えるとか言ってマジで! 消えたのパスだけじゃねーか! そういう機能だからこれ!)
当たり前の事が当たり前に起きただけなのに、何なのだろうかこの昂りは。
――――覚えていてくれ『アイザック』!
(うるせええええええええええええええ!!)
一体誰の恥ずかしい台詞なのだろうか。
(知るかああああああああああああああ!!)
忘れたくない記憶を失うどころか、忘れたい記憶が生まれてしまった。
(やめろおおおおお! やめてくれえええええええええええ!!)
顔真っ赤である。顔無いけど。
ひとりで悶え苦しむ俺を、着替えが終わり再び長椅子に腰掛けた狐のお嬢様は小首を傾げながら見ている。
恐らく見慣れない画面が表示されている事に疑問を感じているのだろうが、そんな風に見つめられると――――
(お嬢様……そんな目でワタクシを見ないで下さいまし……)
旅の恥は掻き捨てと言うが、妄言戯言で掻いた恥は何処に捨てれば良いのだろうか。
(あぁぁぁああぁぁぁぁあぁああああ! もう忘れる! はい、忘れた! 今忘れましたああああ! 忘れたからセーフ! セーフです!)
暗い夜空に浮かぶ月の海にこっそり捨てる事にした。まだ日中だけど。
この世界にも太陽に相当する役割を担う天体が在り我々を照らしてくれている様だ。
星々の巡りにより日が落ち夜が来た時、空にはどの様な天体が太陽の如きものの光を受け朧に輝くのか。
現実世界とこの異世界の差というものが判らなくなってきている。
在りし日に見た青く晴れ渡る空に鎮座する太陽は、どちらの世界も平等に照らしているとでもいうのだろうか、それとも偶々似たものが存在しているだけなのだろうか。
夜を見たい。
そこに在るものに依って目の前に居る女の子がどのような存在であるか、捉え方が変わってくる。
彼女は異世界の住人であろう姿をしているが現実世界の言葉を話す。そして此処に居るローブの男は現実世界の人間と差異無き姿をして、異世界の言葉と思しきもので喋る。
もし夜空に月が見えたなら、この異世界は現実世界を模したものである可能性が高くなる。
若しくは、いつの時代かより枝分かれした平行世界なるものかもしれない。
どちらの場合でも狐の耳と尻尾を持った女の子は異質な存在であるように思える。
そして、もう一つ異質な存在が今此処にある。当然、俺の事だ。
俺は転生に依ってこの地に生まれ落ち、只のスマホにあるまじき進化を遂げた存在となった。
――――もしかすると、彼女も現実世界から転生して来たのではないだろうか。
狐が狐娘に成ったのか、人間に獣属性が付与されたのか、分からないが現実世界の言葉を扱えるところを見ると後者の可能性が高いか。
夜空を確認した所で憶測の域は出ないので真実を知る術は無い。
だが俺の考えが正しいとなると、彼女と俺は生命の理から外れて現世を弾き出され、放り込まれた異世界でも常識の外側に除けられてしまった事になる。
(そうなると俺とお嬢は――――除け者友達ってとこか。なんだかなぁ)
少々行き過ぎな妄想話に膨れ上がってしまったなと思った。
この異世界にとって来訪者である二人が出会うタイミングとしては、偶然とするにしてもあまりに出来過ぎだ。彼女と離れたくないという感情が自分に都合の良い物語をでっち上げさせたのだろう。この世界にはケモミミなフレンズが沢山居るかもしれないじゃないか。成すべき事が有る以上、常に現実を見据えていかなければならない。
手近な現実と向き合い、妄想から己を引き剥がそう。
例えば、そう――――ローブの男だ。
彼は人間だ。そして異世界の言葉を扱う。
彼は逃げようとする狐のお嬢を捕まえた。というよりは転んだ彼女を抱えただけのようだが。
彼女の姿を見ても、それ程動じた様子は無かった。既に面識が有ったのだろうか。
恐らくだが、互いに存在は知っていたのだろう。
お嬢は彼の目を盗んで食料を頂いていたつもりだったのだろうが、彼は気付いていた。が、気付かぬ振りをしていた。以前に台座の裏で眠りこけていた彼女に対しても見て見ぬ振りをしていた、故に彼女はそれでバレないと勘違いした、といったところか。
盗み食いがバレたと思い逃げようとした彼女を捕まえたのは、自分を警戒して此処に近寄らなくなってしまっては食べ物を施す事が出来なくなると考えたからだろうか。その辺りはまあ、成り行きか。
案外、服もいずれ彼女に渡すつもりで用意していたのかもしれない――――――聖人かよ。
纏うローブ、その振る舞い、そしてこの建物が醸し出す雰囲気、この男は聖職者か。
色々宛がってくれる彼は、お嬢を庇護する気でも有るのだろうか。そうであってくれれば非常に助かる。言葉が通じずとも甘えた声のひとつでも上げてくれれば彼の庇護欲を掻き立てる事が出来そうだが――――
(――――そういう事しそうな性格じゃないよなぁ、お嬢は)
彼女は大口を開け、間延びした狐の鳴き声の様なものを発しながら欠伸をした。
まだ寝足りないのだろうか。その様子を見つつ、やっぱりな……と呆れていると俺の画面が突然切り替わった。
どうやら欠伸をした拍子に彼女の指が画面にあるアプリのアイコンに触れた様だ。
ほのぼのした音楽と共に、画面には簡素な背景とタイトルが表示された。
[けものピラー]
「おおおおーーーー!?」
驚嘆の声を上げる彼女の表情に好奇の色が蘇る。
ゲームアプリ『けものピラー』は、その名前の通り予め設置されている土台の上に獣型のパネルを柱状に積み上げていくゲームだ。より高く、より多く積む事で得点が加算され、左右の幅が規定の範囲外になってしまうと減点される。積んだパネルが崩れて土台から落ちてしまえばゲームオーバーだ。ルールや操作方法は単純だが、重力等を物理演算により模したものが設定されていてパネルも歪な為、実際にプレイしてみると意外と難しい。
彼女は見慣れぬ画面と聞き慣れぬ音に御満悦の様子だ。
(お嬢! 画面に触れてくれないとゲームが始まりませんぜ!)
折角苦い思いをしてまでロックを無効にしたのだ、色々弄って貰わねば捨て置かれた恥も浮かばれぬ。
しかしアピール方法は無い。アプリには干渉出来無い様だ、もどかしい。
なかなか思い通りの行動をしてくれないお嬢にヤキモキしていると、彼女の声が気になったのか、それともスマホが鳴らす音楽に興味を惹かれたのか、ローブの男がお嬢の背後から覗き込んできた。
(おう、おっさん。ちょっとお嬢を何とかして……って、おまっ……顔、怖っ!)
ローブの男は恐らく不可解なものを見た為に訝しげな表情をしたのだろう。だが、眉間に皺の寄ったその顔は威圧感に満ち溢れていて、まるで脅迫でもされている様な気分になった。
(ていうか、お嬢がちっこいせいでスケール感がおかしくなってるのかと思ってスルーしてたけど……ガチでデカイなコイツ)
身長190cmはあるだろうか、ローブで隠れているので全体の肉付きは分からないが肩幅は広めだ。顔からすると30代くらいに見えるが、彫りの深さがそう見せているだけで実年齢はもう少し下かもしれない。
(クレリックというよりモンクだな。リアルモンク……じゃなくてゲームモンク?)
モンクの定義付けに苦心していると、それの武器である拳が画面に近付いてくる。
(手もごっついなぁ~……ん? おっ、いいぞ!)
お嬢の背後から腕を伸ばしたモンクは人差し指で画面に触れた。なんだか威圧感が凄過ぎて内部だけをめちゃくちゃに破壊されそうだ。
当然そんな事は無く、ゲームは無事にスタートした。
(やっぱどこぞの狐よりは気が回るな! でも愛嬌が無いから魅力では五分五分だなぁ……)
モンクは怖い顔――――訝しげな表情で画面から離した自分の指と画面を交互に見ている。操作方法を理解した上での行動では無かった様だ。
お嬢はと言うと、画面とモンクの指と顔、それぞれに注意が奪われキョロキョロしている。バグってしまった。
(お嬢ぉ~……キリンさんが宙に浮いたままだぞ~……動かしてやってくれぇ~)
一生懸命テレパシーに依る念話を試みるが上手くいかない。いく訳無い。
程無くしてキリンさんパネルが土台に落下する。
空中にホールドされている時間には限りがあるので、それまでにパネルを落とす位置と向きを決めなければならない。
「うご…………うごいた!」
お嬢は驚嘆の声を上げ、何故か画面から視線を逸らし上の方を見ている。バグってるバグってる。
(お嬢ぉぉぉ~、戻ってこ~い)
次のパネル、『イエティさん』が時間切れで落下する。
クマさんじゃなくて公式設定でイエティさんらしい――――俺の中で獣の定義が揺らぐ。
イエティさんは上手い事キリンさんの上に立った。シュールな絵面だ。
それを見たお嬢は漸く気付いた様だ――――――画面の向きが違う事に。
(ああっ! それも大事だけど、もっと大事な事に気付いてえええええ!)
俺を縦に持ち替えて、次に現れたパネル『オイナリさん』の動向を見守るお嬢。
イエティさんパネルの上部は頭なのでキリンさんの背中の様に平らではない。このままだとオイナリさんは土台の遥か下に転落だ。というか『お稲荷さん』は獣で良いのか――――良くない気がする。
「……あっ、ぁぁぁああああっ! ああぁぁぁぁ~~……」
感情の起伏に脳がついて来れない様で、語彙力の欠片も無いリアクションを取るお嬢。
オイナリさんパネルはころころ転げたが土台の端で止まった。セーフ。
このパネル、狐の足元に四角い台座がある。神社にある石像がモチーフなのだろう。だからお稲荷さんパネルなのか、成る程。獣か否かどころか最早生き物ですら無いな。
ギリギリで土台に残ったパネルを見てお嬢は安堵の声を漏らす。
ゲームオーバーを免れて良かった。だが違う、そうじゃない。そういうゲームじゃねえからこれ。
それから彼女が操作方法を理解するまでに一時間以上掛かった。
そしてその後、ゲームにド嵌りした彼女が眠気に負けてダウンするまで、俺は徳を積むという目的がうっかり頭の中から抜け落ちてしまう程、観戦に夢中になるのだった。
【登場キャラ】
アイザック:「解けなかった謎が解け出した」
狐のお嬢:「徹底した放置プレイスタイルに結構ヤキモキしてたらしいけどね」
モンク:「シカトで良い」