EP.5 - 30
月明かりが小窓から射している。
海賊頭モエナは暗い船室に一人佇み、己の髪の毛を手で弄び、時折月の光を受けて輝く様をぼんやりと見つめていた。
モエナはリニーの身を案じていた。
リニーは睡眠を、手下達が雑魚寝している大部屋で取っている。
手下達には彼女に手を出すなと強く言い聞かせているとは言え、不安は拭いきれない。
夜寝る時くらいはと思い、モエナは航海中に何度もリニーをこの船室に誘ったが、警戒しているのか彼女は誘いに応じようとせず、今日も大部屋で雑魚寝する事を選んだ。
手下の男達より信用が無いのかと思い、溜息が漏れるモエナ。
その時、不意にキラリと強い輝きを見せた己の髪に、彼女はほんの少しだけ沈んだ気持ちを救われた。
モエナは、クリーム色をした今の自分の髪がお気に入りだった。
理由は言わずもがな、遠い昔に出会った獣耳の少女の毛と同じ色だからだ。
――――――もうすぐ彼女に会える。
そう思うと、ネガティブな感情は霧散した。
エスティの記憶にあった獣耳の少女が命の恩人である彼女だという確証は無い。
あまりにも姿かたちが似過ぎているが、良く似た別人である可能性はゼロではない。
しかし獣の、恐らくは狐の耳と尻尾が生えた人間だという事実は疑いようがない。
この世にそんな種族、或いは人種は存在していないというのが常識なので、恩人の少女本人でなくとも、きっと縁のある人物なのだろう。
そんな彼女のところに船を走らせているのかと思うと、モエナは興奮せずにはいられなかった。
慕情や感傷、そして知的好奇心。
まぜこぜの想いが身体中を駆け巡り、モエナの血肉に熱を帯びさせる。
もう夜更けだが、この調子では暫く寝付けないだろう。
そう思ったモエナは夜風にでも当たりに行こうかと一瞬考えるも、思いとどまる。
潮風が髪を痛めるので極力甲板に出ないようにしているからだ。
しかしこのままでは悶々とし続けてしまい寝付けないので、どうしたものかと考えるモエナ。
こういった状況に陥った場合、いつの時代もモエナを安眠に誘ってくれたモノがあったが、残念ながら今はそれが手元に無い。
それは何なのかと言うと柔らかな獣毛で作った、もふもふした感触の寝具である。
それを抱いて寝床につくと、モエナ=マトーの記憶を宿したモエナの細胞一つ一つが休息し始め、やがて眠りへと誘われる。
こんなことになるならば、用意しておくべきだった。
後悔の念が湧く。
しかしそれすらも、高鳴る胸の鼓動にやがて掻き消されるのだった。
エスティの記憶にある獣耳の少女にもし会えたなら、あの日のように一度尻尾に顔を埋めさせて貰えるよう頼んでみよう。
そんな事を考えていたら、いよいよ眠るどころではなくなってきた。
当然である。
モエナ=マトーの悲願が、遂に成就するかもしれないのだから。
幾度となく転生し、繰り返した輪廻の果てに、一つの終着点を見出だしたモエナ。
彼女の長い長い冒険は、終わりを迎えようとしていた。




