EP.5 - 29
モエナ=マトーの晩年が記されている書物には、『狐憑き』というフレーズが決まって登場する。
手当たり次第に戦を吹っかけ、国中を荒らしまわっていた若かりし頃から狐への偏愛ぶりが見られていたモエナ。
彼女のそれは年を重ねる毎に増していき、晩年には異常を超えて"狂気"と評される程になっていた。
狐の耳と尻尾を模した装飾品を見につけ戦場を駆け巡っていた頃のモエナは、その独特な出で立ちと戦場での活躍から『戦神の巫女』と称され、また、狐は戦乱を呼び込む邪神の使いであるという伝承が生まれる切欠となった。
やがて平穏が訪れ戦争が起こらなくなると、その伝承は人里を滅ぼす邪神の使いと変化していった。
全国統一を果たし戦乱が治まった後のモエナは、多くの狐に囲まれて晩年を過ごした。
彼女は狐から抜け落ちた毛を丁寧に拾い集め、配下の者にそれで装飾品を作らせた。
その装飾品を身に付けた彼女は、子供の様にはしゃぎながら意味不明な言葉を発していたという。
またモエナは、寿命を向かえ死した狐を食したという記録が残っている。
その中の一節に、涙を流しながら狐肉を食べる彼女を周りの者が案ずると、こうすれば自分にも耳と尻尾が生えてくるかもしれないという意味合いの、支離滅裂な答えを返したというものがある。
モエナ=マトーは邪神の使いである狐に取り憑かれた。
皆がそういう考えを持ち始めた矢先、モエナは身近な者たちにとある提案をし、それが狐に取り憑かれたという皆の考えを確信に変えた。
それは、自分が死んだら狐の餌に亡骸を混ぜ、食べさせて欲しいというものであった。
彼女の死後、それが実際になされたかどうかは定かでないが、一説に因ると彼女は生前から自らの肉を削ぎ狐に与えていたという。
こうしてモエナは、狐憑きという異名を後世に残すことになった。
他人の目から見れば、取り憑かれたと思われても仕方の無い様子であったが、彼女自身は純粋な想いに突き動かされていたに過ぎない。
それはただ只管に、獣耳の少女にもう一度会いたいという想いであった。
出会った豊穣期から時が過ぎ寒くなり、山中での食糧確保が困難になると二人は人里に降り食料を求めた。
盗み食いが見つかり逃亡している最中にはぐれ、そのまま行方が分からなくなった少女を、モエナはずっと探していた。
狐の耳と尻尾を模した装飾品を身に付けていたのは、戦の神だの邪神だのという意味合いは全く無く、ただ単に自分を見かけた少女が仲間だと思って会いに来ることを願ってのことであった。
晩年、異常な行動が目立ち始めたのは、取り憑かれたからではなく、想いを遂げられなかった悔しさや寂しさが彼女の心を蝕んでしまったからである。
そうして悔いを残し息絶えたモエナは、まるでその無念に魂が捕らわれたかのように、意識と記憶を現世に残した。
転生を繰り返し、気の遠くなるような年月を生きたモエナ。
既に諦めきっていた悲願が、まさかこの遠い未来に叶うことになろうとは、彼女自身思ってもみないことであった。




