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EP.5 - 27

 木漏れ日差す山中で、黒髪の少女が今まさに息絶えようとしていた。


 少女の名はモエナ。

 一時は国中に名を馳せたマトー一族の生き残りである。


 住んでいた街は夜襲によって火の海と化し、肉親も見知った近所の人達も皆殺された。


 モエナは混乱の最中に逃がされ今居る山中に落ち延びたが、齢七つの少女では過酷な環境での逃亡生活に耐え得る筈もなく、十日もすると疲労と空腹が極限に達してしまった。


 生い茂る草の上に寝そべり、薄れ行く意識のなかでモエナは願った。


 もしも生まれ変われるならば、もっと長く生きたいと。


 モエナは土と草の匂いを感じながら静かに目を閉じ、やがて眠りについた。





 眠りから覚めたモエナは、建物のなかで寝そべっていた。





 ここは死後の世界なのだろうかとぼんやりと考えていたモエナだが、暫くしてその認識が間違いである事を悟った。

 足をじんわりと痛みが支配していることに気付いたからだ。


 特に親指と人差し指の間に痛みを感じた。

 それは履いていたサンダルが食い込み擦れて出来た擦り傷のせいだった。


 そして今居る建物。

 この建物が何であるか、モエナは知っていた。

 初めて訪れるが、これは木こりが小休止、或いは避難する場所として建てたものだ。

 山中にはこういった建物が点在していると、両親が話していたのをモエナは覚えていた。


 手に少し力を込めると、カサリという音がした。

 モエナはそれで、藁の床に寝かされているという事を把握した。


 近くに人の気配を感じ、注意をそちらに向けるモエナ。

 すると――――


「とーりとっり、にーくにっく、はーらへったー♪」


 陽気な歌が聞こえてきた。

 どんな歌詞かは聞き取れなかったが、声の主が少女だという事は解った。


 そこでモエナは、自分が安全な場所にいると確信した。

 湧き上がってくる感情はあったが、疲労が極限に達しているせいか泣くことすら出来なかった。


「ア……ウ…………」


 ふいに、香ばしい匂いが鼻孔を撫でた。

 それにより急激な空腹感に襲われ、モエナは思わず呻き声を上げた。


「おっ? おきたかー?」


 少女の声がした。

 相変わらず聞き取れないが、語感から害意は感じられない。


 意識がある事をアピールする為、必死に声を絞り出すモエナ。

 暫くして彼女の眼前にその姿を晒した少女には、獣の耳と尻尾が生えていた。


 少女は良く焼けた淡水魚を手にしていた。

 それをひとつまみモエナの口内に放り込む。

 待望の食料にモエナの全身は喜びで満たされるが、それはやがて絶望へと変わった。


 魚の肉がモエナの喉に詰まってしまったのだ。


 飲み込む力が衰え、口内の水分も極端に少ない状態のモエナには、こんな状況ですら絶命の危機である。


「グ…………ウ…………」


 力を振り絞り、身を捩って危機を訴えるモエナ。

 それを見た獣耳の少女はどうやら察したようだ。


「あっ、やべっ! つまっちゃったか!?」


 察してはくれたようだが、少女はモエナの目の前でウロウロするばかりであった。


「やっべーな、みずがないや、どーしよ……」


 謎の言語でブツブツと呟いている少女を眺めながら、モエナは再度死を覚悟した。


 折角助かったのに魚を喉に詰まらせて死ぬことになるとは、なんと不運なことかと絶望している彼女の口が、唐突に塞がれた。


 やがてモエナの口内を湿り気のある何かが伝わり、喉の奥に到達する。

 彼女はそれを必死の思いで飲み込み、何とか魚の肉を胃に流し込むことに成功した。


 しばらく獣耳の少女はモエナの口を塞いだままの状態を維持していたが、モエナの容態が落ち着いた事を確認すると顔を勢い良く上げた。

 少女はモエナの口を自らの口で塞いでいたのだった。


「ぷはーっ! うまいこといったか、あぶないあぶない」


 異国のものであろう獣耳の少女の言葉からは、やりきった感のようなものが感じられた。


 状況を正確に把握することは困難であるが、モエナは彼女が自分の命を救う為に尽力してくれたであろうことは間違いないと判断し、諸々の経緯は一旦置いておき、先ずは彼女に心の底から感謝した。

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