EP.5 - 21
キースの巨体の影でしゃがみ込み身の安全を確保しつつ、何やら語り始めた審問官と呼ばれた者達の話を聞きつつ状況把握に努めるユーシィ。
彼女は先ず、コアンとエルミーの方を見た。
二人ともテーブルに身を隠しつつ顔半分を出して様子を窺っているようだ、コアンのピンと立った耳が良く目立つ。
無茶な行動を取る様子は無さそうだと判断し、次に会場の出口を見た。
審問官達が出口付近に陣取っている為、この場から逃げ出す事は困難であろう。
そして次に、キースの顔を見て、声をかける。
「……ノーマディ?」
「ノーマディ」
返事は直ぐに返ってきた。
だがユーシィは勘付いた、この男は勘違いをしている、と。
仕方無いので、キースの目を覆っている黒い布を解いてやるユーシィ。
彼女は、不安から声をかけたのではなく、目隠しされたままで平気なのかという意味で、大丈夫かと聞いたのだ。
「……フランクス」
礼を言われて悪い気はしなかったが、この男は何とも間が抜けているなと思い、軽く溜息を吐くユーシィ。
その想いは、目隠しを放置していた事からくるものだけではなかった。
誘拐事件の時に捕えた賊の生き残りを、キースは自らの意思で逃がした。
何でも、捕まっているコアンとエルミーの世話をしてくれていたらしく、敵意は無く、悪意も無いであろうと判断したからだそうだ。
神父様は何と慈悲深い御方なのだろうと、額に手を当てて大きな溜息をついた事を、ユーシィは思い出したのだ。
現在、声高に語る男の声は、その賊の生き残りと同じであった。
つまり敵意や悪意が無いと判断し逃がした者が再び現れ、目の前で殺人という重大な罪を犯したという事になる。
これが呆れずにいられるだろうかと思っていたところに、耳を疑う様な台詞が飛び込んできてユーシィは震え上がった。
賊の生き残りの男は語った。
ミノーグ家と密約を交わしていた海賊と、結託していた者達を処刑したと。
ユーシィは、お前がその海賊だろう、という言葉が喉まで出かかったが咄嗟に抑えた。
うっかりそんな事を口にしてしまえば、彼らの持つ機械弓の餌食になってしまいかねないからだ。
ミノーグ家という瀬戸際に居たと思われていた海賊は、既に教会内に潜り込んでいた。
そしてその海賊がたった今行なったのは、恐らく尻尾切りと呼ばれるものではないかとユーシィは考えた。
この場でミノーグ家の計画が告発された事を切欠に、小動物が捕まれた尻尾を自ら切り離し危機を脱するように仲間に全ての罪を背負って貰いあの世へ旅立たせた。
残った海賊達は引き続き教会内に潜み、悪事を働く算段を練ることだろう。
奴の姿をコアンの絵本に記録しておけば良かった。
あと少し長く村に拘束していてくれれば、そういった発想が出来たかもしれない。
要らぬ情けをかけた神父のせいで……という苛立ちと、既に教会に海賊が潜り込んでいるという衝撃的な事実を目の当たりにしたことで生まれた大きな不安に苛まれたユーシィは、何故だか思わずキースの右腕を掴んでしまった。
少し驚いた表情でキースは振り返ったが、何かを悟ったかのような笑顔を見せると、
「ユーシィ……ノーマディ」
と言った。
それがユーシィを更に苛立たせた。
何を全て分かったかのような態度を取っているのだこの男は、何も大丈夫なことなど無いし、そもそも私の苛立ちはお前に向いているのだという事にすら気付いていないではないか。
そんな事を思いつつ、負の感情に任せキースの腕を更に強く握るユーシィ。
強く握られたその手に、キースは軽く左手を添えた。
「――――ッ!?」
思わず息を飲み、慌ててキースの腕から手を離すユーシィ。
そしてすぐさま、己の行いを恥じて俯いた。
感情に流されてくだらない行動をとってしまった。
こんな情けない行為は己の価値を下げるだけで何の役にもたたない。
私はマークェイ家を没落の運命から救い、立ち直らせる為に強い女であらねばいけないのに、なんたる情けなさだ。
ユーシィの中に自戒の念が渦巻く。
ともすれば意気消沈させることすらあるその念は、彼女の気持ちを瞬く間に切り替えさせた。
ああそうか、寧ろ今は弱い女を演じた方が良い場面じゃないか。
せいぜい神父様の優しさに甘えさせて貰おう。
気持ちの切り替えが済んだユーシィは、先程キースの腕を強く握った手を、今度は彼の背中にそっと添えた。
その刹那、もう一方の手の内で突如震えたコアンの絵本に、自分の胸の内を悟られたような気がして、ユーシィはほんの少し恐怖を覚えた。




