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EP.5 - 12

 大聖堂で査問会議が始まる少し前、キースは自宅の庭で大勢の男達に囲まれていた。


 キースは、ここは我が家の敷地内であって教会の公有地ではない、勝手に入ってもらっては困るのだがと訴えてみたが、男達は全く意に介さない。


 やがて、男のうちの一人が口を開いた。


「ネロクス――――」

「――――トラバイキミューゾナント」


 彼らが何者なのかは、その姿を見て直ぐに分かった。

 なのでキースは彼の言葉を遮り、言わんとしていることを代わりに言ってやった。

 つい今しがた自分の言葉を無視されたことへの仕返しでもあるが、武器をチラつかせ大勢で取り囲み精神的優位に立とうとする彼らの態度が気に食わなかったという理由もあった。


 教会の聖衣を纏い、その神聖な出で立ちに似つかわしくない無骨な機械弓を抱えキースの行く手を阻む者達。


異端(トラバイキ)審問官(ミューゾナント)


 教会内において、その信仰に反する思想を持つものを裁く目的で作られた組織『異端審問委員会』の構成員の総称で、彼らはその末端の実行部隊に属する者たちだ。


 査問会議を前にして逃亡を企てようとした者を問答無用で処刑した前例があり、異端審問官を名乗っているわりには教会に身を置く者としてあるまじき行為を行う異端者の集団、所謂"暗部"というやつである。


 彼らは査問を受けるキースを大聖堂に連行する為に現れたのだが、それにしては妙に大所帯で、しかも抜かり無く武装している。他意があることは明白であった。


 自分の与り知らぬ所で、随分と大事になっていたのだな……と、ぼんやりと考えるキース。


 巫女を輩出した家同士の小競り合い程度で済む筈だった今回の事件は、思わぬ事態に急転していた。





 キースが真相を知ったのは、久方ぶりに実家に帰ってきた日の夕食時であった。





 一族の者が勢揃いした食卓を目の当たりにし、随分と大袈裟な凱旋祝いだなと驚いていたキースに告げられた報は、衝撃的なものであった。


 先ず始めに語られたのは、


 ――――クレイス家が異端審問委員会に目を付けられている。


 という、ある程度は予想出来た話であった。


 自分がやらかしたせいで面倒な事になってしまったなと思いながらも、そもそも異端審問官はそういった監視が仕事で、いつもどこかしらに目を光らせているものだ。時が過ぎれば解決するだろうと、キースは話半分に聞いていた。


 しかし話が進むにつれ、次第にキースの顔色は青ざめていった。

 一夫一妻の原則という戒律を無視した自分の軽率な発言が招いた事態だと思っていたそれが、実は全く別の、とてつもなく深刻な内情を孕んでいた事を聞かされたからだ。


 クレイス家の一族は意に賛同する他の一族と結託し、教会という組織の転覆を目論んでいて、極秘に計画を進めていた。

 クレイス家の不審な動きに勘付いた委員会は監視を強化し、それを察知した同家は計画を知られないよう鳴りを潜めているというのが現状だ。


 視界が一瞬白む程の衝撃がキースを襲った。


 キースは教会の有り方に心の内で反発しながらも、戒律違反による懲罰を受ける事や一族の鼻つまみ者になる事を恐れ、敬虔な神父を装いながら暮らしていた。

 そんなキースにとって一番近しい忌むべき存在の、神父の一族であるクレイス家が、自身のちっぽけな反抗心など遠く及ばない野心を抱いていた事を告白されて平常でいられる筈がなかった。


 教会に反旗を翻すなど、皆は正気なのかと、キースは問うてみた。


 一同は押し黙ってしまったが、暫くしてキースの祖父が、しわがれた声でゆっくりと語り出した。


 古の文化に囚われた狂った戒律を疑いもせず厳守して生きる事と、己の内に芽生えた自分本位な正義に突き動かされ行動する事、果たしてどちらが正気でどちらが狂気なのか、自分には判断できない。しかしこうして教会の変革に賛同する者が集っている現状を見るに、時代が移り変わらねばならない時が来ているのではないだろうか。人間の都合で構築された戒律を一新し、長らく続いた神の名の下に人が人を支配する時代を終わらせ、今一度神と共に生きる信徒としての自覚を取り戻すべき時が来たのではないだろうか。そう思えて仕方がないのだ、と。


 声量は小さく、弱々しかった。

 しかしキースは祖父の言葉に強い信念を感じ取った。

 それは狂気に近しいものであったが、何故だかそれが心地良いと思えた。


 一族の長である祖父のカリスマ性に心が動かされたのかもしれない。

 或いは、肉親が自分と同じ疑問を抱いていた事が嬉しかったのかもしれない。


 諸手を挙げて計画に賛同する気にはなれないが反対する意思は無い、運命に身を委ねる――という曖昧な答えをキースは一同に示し、それをもってこの話は終了となった。


 キースは祖父の語った"自分本位な正義"の正体が少し気になったが、聞きそびれてしまったのでその疑問は胸にしまい、いずれ時が来たら改めて聞こうと決めた。


 やがて話は、暫く実家を離れて暮らしていたキースの事へと移り変わった。


 辺境の村で孤児に狐の仮装をさせて喜んでいる馬鹿な神父の話。

 そんな表題から始まったキースの話題は、いつしか神秘に満ち溢れた不思議な物語へと変わっていった。






 大勢の異端審問官に連れられ、キースは大聖堂へと向かっていた。






 道中、異端審問官達は黙して語らずであった。

 退屈なので何か話でもしないかというキースの申し出は残念ながら無視された。


 キースは別に退屈だから話を振ったわけではなかった。


 建物の影にチラチラと黒装束を纏った人物が見える、複数だ。

 その存在を悟られないよう、異端審問官の意識をなるべく自分に向けさせようとしていたのだ。



 ――――時代は、やはり移り変わるのだろうか。



 キースは、大いなる不安が蠢く心の奥底で輝く存在を感知した。


 それは期待であり、希望であり、そして奇跡を起こす()()輝きだと、彼は確信していた。

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