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EP.5 - 11

 ユーシィは、初めて参加する教会の会議の場で緊張し過ぎて、口中に溜まった唾を飲み込む事すら難しく感じていた。



 大陸を統べる教会の総本山であるこの街の大聖堂では、公会議と呼ばれる集会が定期的に行なわれている。

 その公会議とは別に、臨時に開催される会議がいくつかある。

 そのなかの一つ、問題ある行動を取った教会に属する者の取調べをし、懲罰などの決議を行なうのが査問会議である。


 今回の会議の開催理由は言わずもがな、コアンとエルミーの誘拐事件である。

 巫女を輩出した家同士の争いに巻き込まれて拉致監禁された被害者エルミーが教会に訴えたという図式だ。


 尚、事件の当事者であるマークェイ家とミノーグ家は、現時点では教会に属する者では無いため、この場合査問会議にかけられるのはクレイス家のキースとなる。


 査問会議で決議される懲罰で最も重いものは教会から追放だ。

 そんな事になってしまってはユーシィも困る。

 だがキース曰く、こういった事例は珍しくないらしく、心配するような事には殆どならないのだそうだ。


 加熱した巫女同士の争いに巻き込まれた者にその対処を要請された教会は、当然事態の収拾に動かねばならない。

 そこで手っ取り早く争いを収める為に教会が取る手段として最も多いのが、査問会議の場で神父に妻を選ばせる事なのだという。



 どうせ会議の場で選ばされることになるのなら、さっさとエスティを妻に迎えていれば良かった。

 優柔不断な自分のせいでユーシィが肉親を失うことになってしまって、申し訳ないと思っている。



 キースはそう言って謝罪をしてきたが、マークェイ家にとって現在の状況は寧ろ好都合だった。

 確かに姉や妹を失ったのは辛いことだが、ユーシィも現状に不満を抱いてはいない。


 エスティとの一騎打ちになった事で、結果として海賊とミノーグ家が計画している教会乗っ取り計画を告発する切欠を得られた。




 これで自分たちを追い詰めたミノーグ家を潰す事が出来る。

 姉と妹の死は決して無駄ではなかった、二人が我が家を勝者の座の直ぐ傍まで導いたのだ。



 ――あと少し。



 はやる気持ちを抑え、ユーシィは喉に詰まりそうな唾を強引に飲み込んだ。



「…………」



 ――――あと少しなのに、あの男は何をやっているんだ。



 臨時の会議だからなのか、参加者は疎らだ。

 なのでこの場に見知った人物が居れば直ぐに分かる。


 だがユーシィが何度見渡しても、キースの姿を発見する事は出来なかった。


「――――コーシー、オーゼン?」


 エルミーが小声で、神父は寝坊でもしたのかと問いかけてきた。


 彼女はミノーグ家の息の根をとめる切り札だ、当然今日この場で行なわれる事は説明している。

 キースがここに居なければならないという事も勿論承知しているので、彼の姿が無い事を疑問に思ったのだろう。


「ケ……ケーフシェイニ……」


 分からない――――ユーシィは、そう答えるしかなかった。




 今回の議長を務める男の宣誓が終わった。


 神の御前で不平等な決議が行なわれる事の無いよう、場を取り仕切る責務を果たすことを誓う――だ、そうだ。


 平等だろうが不平等だろうがどうでもいい、ミノーグ家が潰れてくれればそれでいい、海賊と結託して教会を乗っ取ろうとしている不届き者をしっかり裁いて欲しい。


 そんな事を考えていたユーシィは次の瞬間、見えざる手に心臓を鷲掴みにされたかの様な感覚を味わった。


「――――ッ!?」


 おかしい――――。

 査問を受ける筈のキースが不在であるにも関わらず宣誓が行なわれるのは絶対におかしい。


 その事に気付いたユーシィは、再度辺りを見回した。


 会議の参加者達がこちらをチラチラと見ている。

 聖堂に入ってからずっと視線が送られている事は把握していた。

 だがユーシィは当初、彼らの興味は狐の耳と尻尾を持つコアンに向いていると当然の様に思っていた。

 狐の仮装自体は馴染みの深いものだ。大昔の偉人が纏っていた衣装に由来するものらしく、現在ではモエナという祭事でのみ登場する。

 普段から狐の仮装をするのは珍しいので、それでコアンが注目を浴びているのだろうと考えていたが、どうやらそれは大きな勘違いだったようだ。


 彼らはコアンだけでなく自分達三人を見ていたのだ。


 それは何故か。

 答えは簡単だ、それは――――この会議において、自分達が完全なる部外者だからだ。


 聖堂は、基本的には全ての者に門戸を開いている。

 無論、悪事を働こうとしている者に関してはその限りではないが、やたらに追い返すような真似を教会は禁じている。


 だからと言って会議の場に迷い込んだ部外者を放置しておくのは流石におかしいのではないだろうか……お陰でまた赤っ恥をかいてしまったではないか。


 ユーシィは、自分の顔がみるみる上気していくのを感じた。


「……レイミカス」


 間違えた。

 と、ユーシィは思わず呟いてしまった。


 間違えたのは日付だろうか、時間だろうか。

 兎も角、この場から早々に立ち去らねばならない。

 いつまでも恥を晒し続けるわけにはいかない。


「コアン、エルミー……ティンドバック」


 ユーシィは恐る恐る席を立ち、二人にも退席するよう声を掛けた。


「おっ、かえるのか? あんがいはやくおわったな!」


 コアンは何だか嬉しそうだ。


 お願いだからあまり大きな声を出さないで欲しい、恥ずかし過ぎて顔から火が出そうだ。

 そんな事を考えながらユーシィがこの場を去ろうと歩き出したその時、


「ユーシィ=マークェイ」


 議長の男が、ユーシィの名を呼んだ。


「……ク、クー……?」


 茶化されたりはするかもしれないと覚悟していたが、まさか名指しで呼び止められるとは思っておらず、びっくりしたせいで声が裏返るのをなんとか抑えつつ返事をするユーシィ。


 すると議長は落ち着いた口調でもう一度ユーシィの名を呼び、こう続けた。


「ユーシィ=マークェイ、ジェスカユジェイカ」


 名指しで呼び止められ、更には席に戻れと指示され、ユーシィは困惑した。

 キースの査問会議の日程を間違えて別の会議に紛れ込んでしまったと判断したのだが、そうではないのだろうか。

 であるならばキースがこの場に居ないとおかしいのだが、未だ彼は現れない。


「マークェイ、ユジェイカ」


 再度、議長は『戻れ』とユーシィに指示を出した。


「クー…………コアン、マテ!」


 現状を把握できないので取り合えず議長の指示に従う事にし、ユーシィは先行して聖堂の出入り口に向かおうとしているコアンの襟を掴み引き止めた。


「うげっ!? な、なんだよ、かえるんじゃないのかよー!」


「「コアン、シィーーー!」」


 コアンが上げた抗議の声らしきものをエルミーと一緒に制するユーシィ。

 また恥をかいた、流石に笑われるかもしれないと恐る恐る周りの反応を窺ったが、誰一人として声を漏らすこと無く、皆ただ黙してこちらを見つめているだけであった。


 ユーシィは、妙な雰囲気だなと思いつつ、身を捩って嫌がるコアンを強引に席に着かせ、自分も元居た席に戻った。

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