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EP.5 - 6

 コアン達と共に自宅を訪れた翌日の深夜、ユーシィは昨夜と同じ様にコアンの不思議な絵本を借りてきて、独特な絵柄と異国の言語で描かれた物語を読んでいた。


 この物語には自分を、そしてマークェイ家を勝利に導く言葉が記されているに違いないと、ユーシィは踏んでいる。


 明日は教会の査問会議という、ミノーグ家との戦いに決着をつける為の大事な会合が開かれるのだが、それに関しては今更あれこれ考える必要はない。同家の所業が明らかになれば教会からの信用は失墜し、下手すれば投獄、或いは処刑される可能性すらある。ミノーグ家はもう終わりだ。

 神の名を頂に掲げ、人々に畏怖の念を抱かせ、そのうえで強大な権力を振りかざし権威を保持し続けている教会は、自らに仇なす存在に対して徹底して無慈悲なのだ。


 教会が海賊狩りに乗り出す可能性もあるなとユーシィは思った。

 それは勝機であり商機でもある。内陸の産物を主に扱っていたマークェイ家が潮風を背に受け大海原へ漕ぎ出す情景がユーシィの頭の中に浮かんだ。


 だがユーシィはすぐに頭を振り、浮かれた自分を現実に引き戻した。


 ミノーグ家との争いがひと段落しても、マークェイ家の戦いは終わらない。

 同家がクレイス家に神父の妻として娘を送り込み、商売を続けるうえでの多方面の助力を教会から受けられるよう仕向けなければならない。

 大事な査問会議があるというのに、前日まで家の者は金の工面に方々を回っていた。マークェイ家は多額の負債を抱え、最早虫の息なのだ。


 現状、クレイス家の長男キースに嫁ぐ資格を有しているのはユーシィだけだ。

 しかし肝心のキースは、コアンを妻に迎えるつもりだそうだ。


 その為、マークェイ家の将来を担うユーシィはコアンと、キースの奪い合いをしなければならなくなった。


 結婚は十五歳にならなければ認められない。

 なので、どう見ても幼子であるコアンとの結婚は直ぐには無理だが、キースは彼女が適齢になるまで待つと言っている。


 ユーシィはこれまでキースに好意こそ抱いていなかったが、特に嫌ってもいなかった。

 しかしこれには流石に怖気が走り、とんでもない男が居たものだと呆れ返った。

 家の事さえなければこんな男の妻になど絶対なりたくないとすら思った。


 それはそれとして、一体コアンの何がキースの心を奪ったのか、ユーシィは考えてみた。


 彼は誘拐事件の日を堺に、コアンの事を頻りに『神の使い』だと言い出した。

 確かにコアンは不思議な存在であったが、それにしてもキースの彼女に対する評価の仕方が豹変し過ぎだと感じた。以前はペットのような扱いをしていた筈なのに。


 ユーシィは、あれが噂に聞く『狐憑き(ニアルージェンス)』なのではないかと考えた。


 稀に狐に魅せられる者が現れる。

 単純に造形や動作に魅せられ愛好家となる者もいれば、疫病を流行らせ集落を全滅させたという逸話に惹かれ神の化身として崇め始める者もいる。

 それらを一緒くたにして『狐憑き』と呼び、まるで病人のような扱いをするのだが、キースの現在の様子はまさに病的で、そう呼ぶに相応しいと感じられた。


 そんな異常な状態のキースからコアンを引き離し、自分が彼の妻になるというのは危険な行為の様な気がして、他に何か手はないかとあれこれ考えた結果、妙案が浮かんだ。


 その妙案が浮かぶ切欠となったのが、今ユーシィが手にしている不思議な絵本に映る物語だった。


 クレイス家の学者達はこれをコアンの喋る異国語の研究資料として使っていて、物語の内容について時々ユーシィとも話をしていた。

 学者の女性二人が登場人物の男性達の誰が良いかで激論を交わしていた様子が印象に残っている。


 この物語には、主人公らしき登場人物がライバルである筈の女性を自らの家に家族として迎え入れるという謎の行動を取る場面がある。

 学者達が言うには、男達の持つ財産が欲しいが結婚はしたくない為、ライバルである女性を自分の家に引き入れ、結婚せずに財産を得ようと画策したのではないかとのことだ。


 ユーシィは学者達の考察に腑に落ちないところがあり、頭の片隅にその事が残っていた。

 それが図らずも現状を打破する最善策を思いつく切欠となったのだ。


 その最善策とは、



 コアンをマークェイ家の養子にしてキースと結婚させること



 である。


 聞けば、コアンは自分の本当の名前すら知らないらしい。

 どう考えても孤児である彼女をマークェイ家が引き取ることに反対する権利を有する者など、彼女本人以外いない筈だ。


 そして、すでに餌付けが一定の効果を示している現状、彼女を説得するのは容易であろう。



 言葉さえ通じれば。



 彼女を説得するために必要な言葉がこの物語のどこかにあると、ユーシィは踏んでいる。



「ワタシ……ヲ? アネトヨビナサイ……」



 ユーシィは今日も、その言葉を必死に探した。

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