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EP.5 - 5

「んほぉぉぉ~! うんまぁぁぁ~!」


(お下品!)


 昼食は見るからに資産家の食卓といった風の、豪勢なものだった。

 食べた料理が相当好みの味だったのだろう、会食の場であまりにもあんまりな声をあげたコアン。

 俺はいつもの様に彼女を叱咤する意味でバイブを作動させたが、相変わらずその想いは伝わらない。


「こらっ、しょくじちゅーはおとなしくしろ! おぎょーぎわるいぞ!」


(解せぬ……)


 伝わらないどころか逆に叱られてしまった。


 首から提げている俺の相手もそこそこに、料理に舌鼓を打つコアン。

 隣に座っているエルミーも味にご満悦のようで、嬉しそうに声を上げる。


「チュノイーウマイナー!」


「うまいなー!」


 彼女達が今食べているのは『チュノイー』の肉らしい。

 ここへの道中で見た牛ほどの大きさの、豚のような見た目をした動物の肉だ。

 木製のトレーに乗った真っ黒な器に盛られたチュノイーのステーキ風料理には茶色いペースト状のソースがかかっていて、器の余熱でジュージューと音を立てながら蒸発していたのが印象的だった。


 チュノイーのステーキ以外にも、食堂の長いテーブルには所狭しと料理が並んでいた。

 昨日とは打って変わって賑やかな食卓になったのには理由がある。

 それは、単純に会食の参加者が増えたからだ。


 どうやらこの家の住人は昨日、殆ど出払っていたらしい。


 現在は九人増え、合計十二人で食事を取っている。

 オーディヌスさんの姿は見えなかった。他所で食事を取っているのだろうか。


 増えた九人の内の二人は、恐らくユーシィの両親だ。

 彼女の姿を見るなり大きな声で名前を呼んで駆け寄り、熱く抱擁し合う姿はまさに親子のそれだった。


 父親と思しき人物は資産家然とした恰幅の良い体型で、ダークブラウンのスーツや七三に分けた黒髪がバッチリ決まっている。

 顔色が悪く頬が少しこけているのが気になったが、金持ちには金持ちなりの苦労があるのだろう。

 その夫人らしき赤毛のロングヘアーの女性は随分細身であった。食べ物には困っていなそうな家庭なので単に食が細いのが原因か。


 二人はユーシィと会話をしているとき、随分と嬉しそうだった。

 特に父親は大袈裟に手を打って大声で笑ったりと、特別なめでたい事でもあったのかと感じさせるほど感情を露にして喜んでいた。


 食事中の雰囲気も明るかった。

 コアンの首からさがっている俺には食卓の様子を見る事は出来なかったが、笑い声の絶えない良い雰囲気であったのは間違いない。


 あの壮絶な事件の数日後とは思えない、幸福感に満ち溢れた昼食風景であった。




 昼食後、コアンとエルミーはエントランスに隣接した応接室に案内された。


 二人はクッションの付いた座り心地の良さそうな長椅子に腰掛けている。

 丈の低い木製のテーブルを挟んだ向かい側に座っているのはユーシィの両親だ。


 ユーシィはコアンから俺を受け取り、賊の根城で撮影された動画を再生して両親に見せている。


「ユーシィ……アーコイレイン?」


「ン? ンンン~~……」


(スマホ、スマホです! スマートフォン!)


 母親の質問への返答に困るユーシィ。

 何とか異世界の文明の利器である事を伝えられないだろうかと念を送るが当然、届かない。


「……エムン、ボシウス」


 コアンを指差して、そう答えるユーシィ。

 これは『彼女のもの』という意味だ、良く聞く定型文である。


「エマ、ニアルージェンス?」


 今度は父親の方から質問が出た。コアンは『ニアルージェンス』なのかという意味だ。


 ニアルージェンス、つい先日聞いた言葉だ。

 それを俺は、『狐の神を崇める者』という意味だと捉えた。

 その解釈で合っているのであれば、ユーシィは恐らく否定するだろう。


「…………ティー」


 案の定ユーシィは、コアンがニアルージェンスでは無いと返答し、そして


「エマ……ニアー」


『彼女は(ニアー)』と、続けた。


「ティー!」


 それを強い口調で否定したのはエルミーだった。

 友達を狐扱いされるのは気に食わない、といったところだろうか。


「エムンクーチロステーリオエノーム」


 エルミーに構わず続けるユーシィの言葉を聞いた両親は「トマーク?」と声を揃えて言った。

『ノーム』と『トマーク』はどちらも真実を表す単語だ。

 日本語に訳すなら「彼女の耳と尻尾は本物だよ」「「マジで?」」という感じになるだろう。


(うーん……やっぱ狐娘は珍しいのか? でもその割には街の人は驚いてなかった様な……)


 以前、エルミーが耳と尻尾のアクセサリーを付けていた事があった。

 実はこの世界には狐のコスプレをする文化があり、街の人はコアンをコスプレイヤーだと勘違いしたという事なのだろうか。


(そんなバカな……って言う程でもないか)


 元居た世界にもコスプレはある。

 仮装する文化くらいあってもおかしくはないかと己を納得させた。


「おいえるみー……あんましっぽいじるとひっぱたくぞ!」


「アワワァ~~~」


 コアンとエルミーがじゃれつき始めた。

 暇つぶしの要である俺を貸し出している為だろう、代わりの暇つぶしを思いついたコアンはエルミーを随分と攻め立てている様だ。


「「ノーム!?」」


 ユーシィの両親は再び声を揃えて、真実を表す単語を言った。


(まあ、普通は驚く……あれっ!?)


「ナスク!?」


 ユーシィが悲鳴に近い声を上げた。

『ナスク』とは母親の意味で、父親は『ザント』である。


 どうやら、コアンの尻尾が自在に動くのを見て本物だと理解したユーシィの母親は、びっくりし過ぎて気を失ってしまったらしい。隣に座る旦那さんの肩に寄りかかる姿が見えた。


(気絶する程の衝撃度ってことは、この世界に獣人は居ない、若しくは相当珍しいって事だろうな……)




 この瞬間、俺と同様に狐娘のコアンもこの世界では異質な存在である事がほぼ確定したのだった――――――。

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