EP.5 - 3
コアン達が熟睡していた部屋で、何者かが俺を手にしていたユーシィに襲い掛かった。
口を押さえられ身動きの取れない状態に陥ったかと思われたユーシィだったが、何とか振り払って相手との距離を取り叫び声を上げたようだ。
闇に紛れて彼女を襲った侵入者は何者なのだろうか。
灯りのついていない暗い部屋ではあったが、スマホの画面が発する僅かな光が侵入者を照らしていたので辛うじてその姿を確認する事が出来た。
侵入者は黒い革服を着て、顔の下半分をこれまた黒い布で覆っていた。
(あの服、まさか……)
この世界ではポピュラーなデザインのスニーキングスーツかもしれないので断定は出来ない。
しかしつい先日の出来事である為、全くの無関係であるとは考え辛い。
謎の人物の着ている服は、森でキースが戦った賊のボスが着ていたものと酷似していた。
(残党か……?)
侵入者が何者で、その目的が何なのか。
あの日の森での出来事が蘇ってきて、また人命が失われるような事態になるのではないかという不安が、俺の中に湧いてくる。
そんな不安を跡形も無く粉砕する一撃が、俺の聴覚に見舞われた。
「ひとのへやでなにやってんだ~おまえらぁ~……」
(お嬢の部屋ってわけじゃないからね……泊めてもらってるだけだからね……)
あまりにも気の抜けたコアンの発言とエルミーの寝惚けた声が聞こえ、それらが図らずも俺に冷静さを取り戻させた。
現状、侵入者がどのような態度でいるのかは把握出来ないが、周辺の物音から察するに動きは無い様だ。
叫び声を上げたユーシィを再び押さえつける様子も無く、ただ黙って佇んでいるであろう侵入者の次の動向が気になる。
「おい、ひかれー」
コアンが俺を拾い上げ、フリップを開きつつ指示を出してきたので、俺は言われた通りライトを点けた。
ライトが照らした先では、黒ずくめの人物が頭を垂れて片膝をついている。
(………………どういう状況だこれ)
その人物の行動やとっている姿勢を視界に捉えさえすれば、多少は目的や心情を想像する事が出来る。
だが目の前の侵入者に関しては、俺にはそれらが一ミリも想像出来なかった。
良く見ると、侵入者は両腕を使い不思議な型を作っていた。
体の前で両腕を交差させ、両手は甲をこちらに向けている。
右手は五本の指を揃えて立てていて、左手は人差し指と小指だけを立て、所謂『メロイックサイン』の様なものを作っていた。
(……メタラーかな?)
そんなわけは無いと思いつつも、この人物がどの様な存在かを表す重要な情報である事は間違いないので、取り合えず撮影する事にした。
――――シャッター音が鳴る。
それに次いで、聞き覚えのある声が部屋の外から聞こえてきた。
「エムノット! ユーシィエムノット!」
オーディヌスさんだ。
その声を聞き、侵入者が動く。
滑るように室内を走り、窓を開けるとそこから外に飛び出していった。
「げんかんからかえれよなー……」
(ああ……半分寝てるわ、これ)
寝起きで脳が完全には働いていないのだろう。
コアンはズレた事を言いながら棒立ちで侵入者の逃亡を見送った。
入れ替わる様にオーディヌスさんが部屋に到着した。
(資産家っぽい佇まいだけど、警備員みたいなのは常駐させてないんだな)
家主の娘がピンチの時に、真っ先に駆けつけるのが白髪の老人というのは何とも心許無い。
この家は広さの割に人気が極端に少なかった。
屋内で俺が見かけた人物は、オーディヌスさんと恐らくは料理人であろう白衣の男、そしてオーディヌスさんと同じ服を着て掃き掃除をしている女性の三人だけだった。
ユーシィの両親らしき人物すら見かけなかったので、別荘という可能性も無くはない。
しかし、立地は恐らく一等地且つ庭付き一戸建てで、その大きさは街で見た他の住宅の三倍はある建物が別荘だとしたら、実家はいったいどんな豪邸なのだろうか。
(おのれキース……ッ!)
益々殺意が膨れ上がった。
コアンとエルミーは何事も無かったかのように再び眠りについた。
一方ユーシィとオーディヌスさんは、別室に移動して何やら話し込んでいる。
内容については言わずもがな、先程の侵入者についてだ。
俺はというと、二人の着いたテーブルに置かれ、暗所でライトアップされた侵入者の画像を表示している。
こいつが何者なのか、どうやらオーディヌスさんは知っているようだった。
『ニアルージェンス』――――彼はそう言った。
異世界人は前後の単語をくっつけて一つの単語の様に発音する癖がある。
そこに法則性があるのか否かまでは解っていないが、多く見られる特徴である事は確かだ。
そしてこのニアルージェンスという言葉も恐らくは複数の単語が合わさったものであり、その内のいくつかは俺も知っている単語だ。
一つは『ニアー』、狐を表す単語である。
それに『ルージェンス』という言葉が続くわけだが、多分これも複数の単語が合わさったものだ。
その内の一つは恐らく『ルージー』、神様を表す単語である。
結局は俺の推測でしかないのだが、今俺が表示している画像が撮影された状況を考えると、これで間違いない様に思える。
あの侵入者は『狐』っぽいコアンに向けて、まるで忠誠を誓うようなポーズをとった。
――――そう、『神』に仕える信徒のように。
(月の神、太陽の神に続いて狐の神か、多神教なのかな)
或いは、キース達とは別の宗派かもしれない。
キース達が祈りを捧げる時は、胸の前で手を組む標準的な祈りのポーズであったが、侵入者のそれはかなり独特であった。
(別の宗派による襲撃なのか……?)
可能性は有りそうだが、どうにも襲撃の意図がはっきりしない。
侵入者はユーシィに襲い掛かったが、その後の動きを見るに殺意は全く無かった様に感じた。
そもそも彼女を襲うのが目的であれば、別室で一人のところを狙うべきだろう。
となると狙いは部屋で寝ていたコアンかエルミーのどちらかとなるが、侵入者は二人に襲い掛かる素振りすら見せなかった。
(マジで何しに来たのアイツ……)
二人の話の内容から察するに、侵入者は狐の神を崇める者だ。
となると、ニアルージェンスは日本語に訳すと『狐神教徒』辺りが適当だろうか。
そんな人間がコアンを害するわけが無いし、エルミーに至っては只のコアンの友達だ、敵意を抱かれる謂れは全く無い。
そこまで考えた所で、まるで電流が走る様に、とある仮説が閃いた。
(まさか、『お嬢に会う為に部屋に侵入したら後からユーシィが入ってきて俺を盗もうとしてた様に見えたので止めに入った』……?)
自分で考えた仮説なのに一瞬眩暈がしそうになった。
しかし他にこれ以上の説得力を有するものが存在するだろうか。
物品の窃盗が目的ならどこぞに潜んでユーシィをやり過ごせばいいだけだ、気付かれてもいないのに襲い掛かるなんて愚かしいにも程がある。
そして襲撃が主目的で無いのは明白だ、ユーシィに襲い掛かったのは恐らく成り行きだろう。
(わざわざユーシィの口を塞いだのは、気持ちよく寝ているお嬢を起こさないように気を使った……?)
妙に冴えてる自分に驚きを隠せない。
今なら宇宙の真理も解き明かせそうだ。
――――が、結局何の目的で侵入者がコアンに会いに来たのかまでは解き明かせなかった。
ちなみに、ユーシィがコアン達が寝ている部屋に侵入した理由に関しては、この後に彼女自身が示してくれた。
彼女は見たかったのだ。
俺に保存されている、
『乙女ゲームの悪役令嬢に転生したやり込みゲーマーの俺は、本来ありえない筈の全員生存エンドを目指します』
という漫画を。




