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EP.5 - 1

 平原の真っ只中を通る土の道は、高い石壁で囲まれた街の中へと続いていた。


 石壁に使用されている石材は良質である事が見て取れる。

 大きさは不揃いだが良く研磨されていて表面はかなり滑らかだ。

 内部が目視出来ないので実際にどうなっているのかは解らないが、恐らくは綺麗な直方体をしているだろう。

 手間をかけて作られた防護壁は、この街が重要な拠点である事を物語っていた。


 街の中へ続く道は巨大な木製の扉で塞がれている。

 その傍に金属製の武具を纏った男が立っていた。


「フークグリケ!」


 御者であるエイクスが挨拶をすると、門番であろう彼は開門の号令を扉の向こうにかけた様だ。

 暫くの後、彼はサムズアップのハンドサインをこちらに示したが、扉が開く様子は無い。


 開けてくれないのだろうかと疑問に思っていると、竜車が前進しだし、それを牽く大型のトカゲっぽい異世界生物『ユルク』が扉に体を押し当て、片側だけをゆっくりと押し開きながら街の中へと進入した。


(……ユルク、頭良過ぎないか?)


 ついでに言うならば、力も強過ぎである。

 乗客七人を乗せた竜車を牽きながら、木製とは言え巨大な扉を押し開くことが出来るその怪力は驚嘆に値する。


 そんなユルクとは、街の中に入ったところでお別れの様だ。


 街の出口付近に竜車が十台程並んでいる。どうやらここが停留所らしい。

 その傍に深さ五メートル、広さ十平米程の大きな穴がある。四方を石壁で囲まれたその穴は、竜車の動力であるユルク達の待機所だと思われる。

 飼育所も兼ねている様で、設置された溜池で水棲生物を捕食するユルクの姿が見えた。


 コアンとエルミー、そしてユーシィが待機所のユルク達を眺めていると、エイクスの声が聞こえた。


「コアン、エルミー、ホーキリー」


 俺達をここまで連れてきてくれたユルクの傍に立つ彼がこっちに来いと言っている。

 言われるままエイクスのもとに駆け寄ったコアンとエルミーに、彼は握り拳大の茶色い固形物を一つずつ渡した。


「おっ? うまそう……だけど、かたくてくえないなこれ」


 コアンがそれを掌に打ち付ける音を聞くに、それなりの質量を持った硬い物体のようだ。


(美味そうって事は、匂いが良いのかな? なんだろコレ……)


 その疑問は、エルミーが次にとった行動により解けた。

 彼女はその茶色い固形物をユルクに食べさせたのだ。


 ユルクは首を下ろしてエルミーの手元にある固形物を咥えて受け取り、口内に含んだ。

 飲み込む様子は無い。飴玉を舌で転がす様に味わっている。


「そっかー、おまえのえさかー」


 渡された物が何であるかを理解したコアンは、それをユルクの前でチラつかせる。

 するとユルクはコアンの手からもそれを受け取り、口の中で転がし始めた。


(なるほど。てことはコレ、魚の燻製か?)


 ユルクの餌が何らかの水棲生物だという事は先程知った。

 たった今コアンらが与えた餌がその水棲生物と同種の存在に由来した物だとするならば、俺の知識に有る中でそれと一番近しい食物は『鰹節』だ。


 握り拳大のそれは形状から見て、恐らくは燻製にされた生物の一部だ。原型は大型であったと推測出来る。


(大きい魚かぁ、海水魚かもしれないな)


 それらが住まう大海原を想像し、震える。


(海はヤバイ。出来ればお近づきになりたくないな……)


 水没しても壊れない俺が人の手が及ばない海中に沈んでしまった場合、寿命が来るまでずっと孤独に生き続けなければならないという、とんでもない事態を招く。恐ろし過ぎて想像したくもない。

 何せ、未だバッテリーは百パーセントだ。使い切るまで一体何百年かかるのだろうか。

 防水性の高さ故に、逆に水辺が怖い。なんとも儘ならない人生である。


「ん、どした?」


 いつの間にか近くに来ていたユーシィが、その手に持ったユルクの餌を神妙な面持ちで眺めている事に気付き、コアンが声をかける。


「それはゆるくのだぞ、おばさんはたべちゃだめ!」


 ユーシィが何を考えていたかは解らないが、食べたかった訳では無いだろう。

 しかしコアンは、そんな事はお構い無しにユーシィの手から餌を奪い、ユルクに与えた。


「うまいかー? よかったなー」


 ユーシィの吐いたクソでか溜め息を無視して、コアンはエルミーと一緒にユルクを撫で始めた。

 されるがままになっているユルクも満更ではなさそうに見える。躾の賜物か、或いは元々温厚な生き物なのかもしれない。



 暫くの後、ユルクと別れた一行は街を散策しだす。

 初めて訪れた異世界の人口密集地だ。ここではきっと様々な新しい情報が得られると思い、俺は辺りに注意を向けた。


 現在一行が歩いているのは幅の広い通りだ。地面を覆うのは土だが、草は全く見当たらない。

 人通りが多く見られ、活気に溢れているようだ。街の入り口から奥へと続いている道なのだから、間違いなくメインストリートだろう。


 通りに並ぶ建物は木骨石造のものが殆どだ。

 メインストリートである為か、看板を掲げた商店らしきものが目立つ。

 軒先に商品を並べている様子が多く見られ、その殆どが食材だが、そうでない店もあるようだ。


 商店が存在するなら、貨幣やそれに代わる何かがきっとあるだろう。

 異世界の取引に使われるそれが何なのか、知っておくべき非常に重要な情報だ。


 街並みを注意深く観察し情報を集めている必死な俺とは正反対に、コアンは呑気に歌を歌い始めた。


「とーりとっりっにーくにっくっはーらへったー!」


「ター!」


 お腹が空いた時の歌だ。今日はエルミーの合いの手付きである。

 空腹時に敢えて歌を歌ってカロリーを消費するという行為に(いささ)か疑問を感じるが、きっと彼女なりに何か考えがあってのことなのだろう。


「ぶーたぶったっブー!ブー! おーなかっはっグー♪」


「グー!」


 朝食後に集落を出発して今は丁度昼時、俺の時計では12:20だ。お腹が空くのは仕方ない。

 しかし、もう少し大人しく出来ないのだろうかと思ってしまう。行き交う人々の視線が声高に歌うコアンに向く度、不安になる。


「うーしうっしっぎゅーぎゅー、やーいたっらっジュー!」


「ジュー!」


 呆気にとられたり、苦笑いをしたりと、周りの人々のリアクションは様々だ。

 しかし悪い印象は無いし、騒ぎになる様子も無い。元気な子供がはしゃいでいるのを遠巻きに見守っているという感じだ。


 ケモミミ娘は、珍しい存在では無いのだろうか。


「ぜーんぶ、たーべたっいっなー♪」

「ゼーンブ、ターベタッイッナー♪」


(歌いきりおった……)



 早いところコアンのお腹を満たして落ち着かせたいなと思ったその時――――



「とーりとっりっうーいろー、こーけこっこー!」


(二番があるのかよ!)


 彼女の歌はまだまだ続く様だ。




 腹ペコ狐御一行が辿り着いたのは、装飾が施された金属製の柵で囲まれた広い庭を持つ、他と比べて一際大きな建物の前だった。




 ユーシィが庭へ続く道を隔てる門の前に立ち、そこに下がっている小さな鐘を数回鳴らした。

 すると程無くして建物の中から身なりの整った白髪オールバックの老人が現れ、こちらに向けて小走りに駆けて来る。


「ユーシィエムノット!」


 ユーシィの名を呼んだ老人は門の前に辿り着くなり慌てた様子で門の施錠を解除した。


(あれ、錠前だ……でも鍵を使ってないな)


 形状はどう見ても錠前だ。大きさは子供の顔くらいはあるだろうか、かなり大きい。

 だが鍵を使った様子が無く、簡単に解除出来る仕組みになっていることが窺える。

 両開きの扉の取っ手を連結して開かないようにする為の、(かんぬき)の代用品の様なものだと思われる。


 老人によって門が内側に開かれ、コアンとエルミー、そしてユーシィが中に通される。


「イクェイツ、エムノット」


 右の胸に左の掌を当てつつ深々と頭を下げた老人に、ユーシィは「フランクス、オーディヌス」と声を掛けた。


(うーむ……『エム』は女性を表す言葉だったな。ということは「お帰りなさいませ、お嬢様」ってとこか?)


 老人の態度から察するに、ユーシィはこの家の家主の娘で、彼はここに勤める執事といったところだろうか。


(オーディヌスってのはこの爺さんの名前かなぁ)


 爺さんの名前が何なのか悩んでいると、背後から声が掛かった。青眼鏡の声だ。


「ユーシィ、ハイデンチュア」


 その声に反応し、庭に通された三人が振り向く。


「ハイデンチュア」

「ハイデンチュアー」


 エルミーとユーシィが挨拶を返す。


「なんだ、いっちゃうのか? あがってけばいいのに」


(お嬢の家じゃないだろ……)


 コアンは相変わらずマイペースのようだ。



 キースと学者三人は去って行った。

 その姿が消えるまで、家主の娘ユーシィを差し置いて彼らに深々と頭を下げ続けるオーディヌスさん(仮称)の姿が妙に印象的だった。

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