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EP.1 - 4

パロネタを強引に捩じ込んだせいか、小説というより最早怪文書な拙作をお読み下さるだけで無く評価ポイントまで頂戴してしまい恐縮しきりです。

 狐さんは相変わらず何処かへ向かって歩いている。

 俺はその様子を暗闇で想像しながら、彼女の行き先への不安が少しずつ心から消えていくのを実感していた。


 彼女は上機嫌だ。時折鼻歌を歌い、足取りも軽い――――あまり腕を振って歩かないでください怖いです。


 お腹が空いても上機嫌なのは胃袋を満たす事が出来るという確信を持っているからだろう。

 獣の要素を含んだ彼女の容姿から、他の獣を狩ってその場で食べるという方法を採っているとも考えられるが、空腹の状態ならばもっと辺りを物色し獲物を探しながら歩く筈。そういった気配を感じさせず歩き続ける彼女の目的地は定時に食事を取る文化のある、きっと人間が暮らす場所だ。

 彼女を見る限り服を着るという文化もある。その出で立ちを見るに文化レベルに不安はあるが、いきなり暗い巣穴に放り込まれて二進(にっち)三進(さっち)もいかなくなるなんて事はほぼ無くなったと言っていい。


 まあ、高い知能を持った獣達が暮らす集落と考えられなくもない、異世界だし。だが例えそうだとしても、まさか取って食われるような事は無い筈だ。スマホを見て美味そうだとは流石に思わない筈。

 そして、集落を形成し理性的な生活を営んでいるのであれば例え獣の類だったとしても、それ程恐れるものでもない。他人の持ち物をいきなり叩き壊したりはしないだろう。そう考えると寧ろ楽しみですらある。異世界で暮らす知的生命体はどんな生活をしているのだろう。


(う、うむ……なんだかテンション上がってきたよ!)


 全く不安が無い訳ではないが、好奇心が遥かに勝る。言葉を話す動物さん達が平和に暮らす集落――――そんなゲームが有ったな。


(あぁ……動物に癒されたい……)


 スマホは心労で病気になったりするのだろうか。異世界に放り出されて文字通り手も足も出ず――――スマホの手足ってなんだ、自撮り棒? ――――とにかく闇雲に使える機能を使い続けてやっとの想いでここまで漕ぎ着け、ほんの少しだけ安息を得られた。

 疲労は感じる様だ。酷使すれば熱を持つし、壊れないよう各所にリミッターが設けられ動作に制限が掛かる。そういえばバッテリーの減少速度が上がるとエンプティーになるまでの時間を通知する機能があった。あの辺りも影響しているのかもしれない。


 疲労感も手伝ってか、いつの間にか暗闇と持ち運ばれる浮遊感に身を委ね俺はぼんやりとしていた。


(あぁ~楽だ……擬人化してたら自分で歩かなきゃいけないし、こうはいかなかったな)


 寧ろスマホなせいでしなくていい苦労をしているような気がしなくもないが、深く考えるのはよそう。不安の種をばら撒くよりも小さな幸せの苗を植えよう。レッツポジティブシンキング。


(これからどーすっか……ぬあっ!?)


 油断していたところに体の急降下、心臓がストップ。人間だったら舌を噛んでいたかもしれない。


(よくも落としたああああ!! 落としてくれたなあああああ!!)


 狐さんの事だ、うっかり躓いて転びそうになり俺を放り出したのかと思いきや、どうも様子が違う。地面に叩きつけられた感覚は無いし、まだ手に握られているようである。そして、ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえる。草むらに入り、急に屈んだのだろうか。


(草むらで屈んで何を……あっ! ……いやしかし…………まあ、可能性は有るか)


 そういえば少し前から狐さんは大人しくなっていた様に思える。俺は様子を探る為に周囲の音に集中した。

 彼女は屈んだまま草むらを進んでいるようだ。周囲を警戒しているのか、それとも狭い場所に潜り込んでいるのか。


 程無くしてついに歩みが止まる。彼女は微動だにせず、風に揺れる草の音と虫の鳴き声だけが聞こえる。


(これは……可能性としては五分といったところだろうが、狩りかな?)


 やはり獣に近い生活をしているのだろうか。拭い去った筈の不安がぶり返す。

 草むらに身を潜めじっと何かを待つような様子から狩りを連想させる。だが、未だ彼女は俺を握り締めているようだ。


(そんな状態でやれんのか狐さん――――俺は武器にならないぞ?)


 辺りに獣がいる気配は無い様に思えるが、視界が真っ暗なので何とも言えない。とりあえず、周囲の音に動物が発する声は混じっていない。狩りではなく別の目的があるのだろうか。


(何だか緊張するな、あまり無茶しないでくれよ……)


 所有者が再起不能になれば俺は振り出しに戻ってしまうし、見知った子供が不幸な目に遭うのは寝覚めが悪いなんてレベルじゃなく辛い。というかスマホって寝るのだろうか。

 不意に湧いた疑問に気を取られたその時――――



 ――ガサッ!



 狐さんが動いた。

 草を勢い良く弾く音と共に、俺の体に掛かる力が激変する。


 走っている――――俺を持ったまま。


(オイオイオイ! 何だ何だ何をするつもりなんだ勘弁してくれ~!)


 草を掻き分ける音は止み、パタパタと足が地面を踏み鳴らす音だけが聞こえる。

 不測の事態に備え――――ようも無いのでひたすら祈る俺。

 いつまでこの恐怖が続くのか、彼女の目的は何なのか、そもそも今はどんな場所に居るのか。

 分からない事だらけの中、俺の目の前の暗闇の先にあるものがこの世界で俺が出会った唯一の知的生命体にとって危険を及ぼすもので無い事を願いつつ、不安の嵐が過ぎ去るのを待った。



 ――激しい体の揺れが唐突に収まる。



(おっ? どうした……?)


 さっきまで駆けていた狐さんがピタリと止まる。

 そして――――重々しい、何かが軋む音が響く。


(――ッ!? 扉? 扉だこれ!!)


 開き始めた扉の隙間から眩い光が射す情景が浮かんだ。

 屋内に入る所だと思われるので実際に光が射しているとは思えないが。


(文明がある! 文化がある! 俺は今、猛烈に感激している!)


 文化に触れ、文明に寄り添える幸せを高度な文明の象徴たるスマホが喜び感動しているという、うっかり宇宙の法則が乱れかねない恐るべき状況がこの場に生まれている。


 服を着る文化、鏡という文明。狐さんに出会った段階でこの世界には最低限の文明はあるだろうと憶測は出来たが、こうして身近にそれを感じてみるとまた違った感動を覚える。


(扉! 蝶番! ハードル下がった! めっちゃ下がったぞ!!)


 俺の所有者が、予想していたよりも上等な文明の恩恵を受けて生活していると分かり安堵の念が体中を駆け巡る。


(神様仏様狐様! あなたに会えて良かった――!)


 ついに神格化を果たした、元ロリ狐と呼ばれた存在は扉から屋内に入り歩み進む。

 視界が暗闇に覆われている為、過敏になった聴覚が静寂に圧迫されるような感じがする。これこそ外界の脅威から自身が護られている証拠、屋内特有の雰囲気だ。

 幸福感に包まれながら辺りの様子を探っていると、狐様が立ち止まった。


「ちっ、しけてやがんなー」


 神の威厳もへったくれもない言葉が聞こえる。まあ神様と名乗る只の耄碌爺さんの前例があるから案外そういうものなのかもしれないが。


 狐様はその場に座り込んだようだ、そして――――



(開いた! 見える! 見えるぞ!)



 閉じられていたフリップが開けられ、暗闇から開放され視界が広がる。そこには懐かしい顔があった。


(おかえり狐様ぁーーーーーーーーーー!)


 狐様は頻りに口を動かしている。その手には何かが握られていた。


(パンだァァァァァァァァァァーーーーーーーーーー!!)


 残念ながらスマホに嗅覚は存在しない。しかしその形状、そして色合いから容易に判別出来た。

 獣の食文化ではない、見紛う事無き人間の食文化がそこにあった。

 きつね色に焼けた表面は少し硬そうだ。狐様は握り締めたパンに齧りつくと歯を剥き出しにして力を込め、首の力を使って引き千切る。うーん、肉食獣だ。

 やはり肉類を好むのだろう、しけてやがるとは言っていた。が、しかしパンを頬張る彼女の表情は幸福感に満ちている。うんうん、たんとお食べ。


 そんな狐様の様子を眺めつつ、俺は徐にカメラを起動する。試したい事があった。

 狐様は少し目を見開いた様子を見せたが、やはり食事の方が大事なのか咀嚼に一生懸命だ。その手にはいつの間にか新しいパンが握られている。


 さて、此処に辿り着く前、フリップを閉じられた為に暗闇に閉じ込められてしまったわけだが、それは自撮りモード――つまりインカメラが視覚を担っているからだろう。ではアウトカメラはどうなのか、何か役割はないのか。一先ずカメラを起動し撮影モードを切り替えられないかと思ったのだが、どうにもならないようだ。狐様がモードを切り替えるアイコンをタップしてくれれば良いのだが、喋れないので指示を出す事は出来ない。


(アウトカメラも使えればなぁ……今回みたいな事にはならないのに)


 久々の視覚を堪能し、狐様の忙しなく動く口元を見つめる――――うん、可愛い。




(――――スマホを手にして食うパンは美味いか?)




 行儀が悪いと説教したい気持ちが少し湧いたが、またフリップを閉じられても困るし、何より喋れない。

 俺は、これからこの子と如何にして付き合っていけば良いのかと思慮を巡らすのだった。

【登場キャラ】

アイザック:食べれません

狐様:ああっ狐さまっ

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