表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/160

EP.4 - 15

 昨晩とは打って変わって平和で静かな夜。

 淡い月明かりが窓の近くを辛うじて照らしているだけの暗い寝室で、ユーシィはベッドで上体を起こし膝の上に置かれた俺を眺めている。フリップが開かれたスマホの画面では動画が再生されている。


 俺はコアンに「何かあったら呼べ」と命令され、そしてユーシィに手渡された。要はナースコールの役目を仰せつかったのだ。眠る必要が無い道具(わきやく)の俺に打って付けの地味な任務だ。


 どうもユーシィは足を上手く動かせないらしく、昼食と同様に夕食もベッドで取り、入浴は湯に浸したタオルを使って、同じくベッドの上で体を拭くだけで済ませた。


 傷の具合が良くないのだろうかと心配したが、夕食前に再び現れた、縫合を担当した初老の女性医師による診察は短時間で呆気なく終わった。恐らくは予後良好と判断されたのではないだろうか。


 正直、そんな簡単で良いのかよ真面目に診ろとツッコミたくなったが、きっと異世界には異世界の常識があるのだろう。実際ユーシィの顔色は良いし食欲もある。あの医師の判断は正しい、そうに違いない。俺は考えるのを止めた。


(何にせよ、元気になってくれて良かったよ……お陰で良いものも見れたしな)


 ユーシィは暗い寝室で一人、スマホの画面に流れる動画を見ている。今日の夕食時に青眼鏡が撮影した映像だ。


 動画内ではコアンとエルミー、撮影者の青眼鏡を除いてマセブラの二人を加えた学者達三人、そして気持ち悪いくらい良く笑うようになったキースがユーシィを囲み、食事をしながら和気藹々と盛り上がっている。


 これはハッピーエンドなのだろうか。

 壮絶な命の奪い合いの末に辿り着いたこの光景は、彼らが望んだ結末なのだろうか。

 途中参加の脇役視点では残念ながら解らない。


 だが、ただ一つだけハッキリとしている事がある。

 それは、これこそがまさに俺が望んだ結末だということだ。


 コアンが「沢山食えば怪我なんかすぐ治る」などと言いながら、ユーシィの口に骨付き肉を押し付けている。

 少し困った顔をしながらも拒まず肉に齧り付くユーシィの満更でもない態度は、何とも言えない幸福感を醸し出していた。

 そしてその様子を笑顔で見つめるキース。表情のパターンが一気に増えたことに関しては違和感を禁じ得ないが、その笑顔は割と自然なものだった。


(キースの変わり様もヤバイが、ユーシィの食いっぷりもヤバイな……)


 普段の食事風景を見る限りでは食が細い印象だったユーシィ。だが彼女は今日の夕食で凄まじいドカ食いを披露していた。


(沢山食えばすぐ治る……か)


 食うと治るのではなく、恐らくは逆だ。

 異世界人の異常な回復力は膨大なエネルギーを必要とし、失ったそれを取り戻そうと体が食物を欲する。その為にユーシィは食べる量が一時的に増加してしまったのだろう。なんらおかしい事ではない。

 決して大きくない彼女の体の、どこに大量の食べ物が収まっているのだろうかという疑念は湧いたが、それは異世界でなくても間々ある事だ。なのでなんらおかしい事ではないのだが、世に出回っている大食い動画は胃袋が異次元に繋がっていると錯覚してしまう程のおかしい事だらけだ。人体は神秘に満ちている。


 つまり異世界人の異常な回復力というのは、生物がそういう進化を遂げただけであって、魔法みたいな完全なる未知のパワーが関係しているわけでは無いという解釈が出来る。

 大食い達の胃は異次元に繋がっているのではなく、目を疑う様な大きさに膨張しているだけだ。

 異世界人の回復力もそれと同様に、一見魔法の様だが科学的に証明できる現象が起こっているだけかもしれない。MRIやCTが無いのが悔やまれる、是非内部を見てみたいものだ。


(でもお嬢の尻尾が元通りになるのは転生チートっぽい気がするな…………ん?)


 俺を見つめるユーシィの顔に違和感を覚えた。


(ちょっ、あわわわわわわわ……ど、ど、どどどうしよう!?)


 彼女はいつの間にか泣いていた。

 表情は崩れていない、しかし両目からこぼれ頬を伝い落ちる雫はスマホの明かりを反射して俄かに光り輝いていた。


 彼女は復讐を成し遂げた。

 姉と、恐らくは妹を失い、その犯人であろうエスティをその手で葬った。

 そんな彼女が流すこの涙は、心の底より湧き出る怨念から解放されたが故の歓喜の涙なのか、それとも二度と帰らぬ肉親を想う悲嘆の涙なのか。


(お、落ち着け俺! こういう時は黙って傍に居てやるのが最善……って、俺スマホじゃん!)


 ガチのイケメンが行なうイケメンムーブだからこそ最善と言えるのであって、イケメンどころか人間ですらないスマホの俺では『傍に居る』の意味すら根本的に違ってくる。


(せめて犬とか猫だったら……いやいや、諦めんな! これから転生して美少女JKのもとに再び現れようとしているんだ、女の子一人慰められなくてどうする? 真歩ちゃんに相応しい(スマホ)になるって決めただろうが、諦めんな俺!)


 そうは言ったものの女性と交流した経験が無く、こういった場面での対処法はネットで得た断片的な知識しかない。迂闊な動作を見せたらキモがられる事は必至だが、どうしたものか。


(百戦錬磨のイケメンの如く乙女心を優しく包み込むような……いや、寧ろ俺自身が乙女に……?)


 焦り過ぎて思考が明後日の方向に行きかけたその時、一つの案が浮かんだ。


(そ……そうだ、女の子の力を借りよう! 目には目を、歯には歯を、乙女には乙女だ!)


 結局思いついたのは他人任せの作戦であった。


(うぐぐ……情けねぇなぁ……)


 自分の底の浅さに辟易しながら、俺は音楽プレイヤーを起動して曲を再生させた。


「――――ッ!?」


 アコースティックギターのアルペジオから始まるその曲が再生され始めると、ユーシィは驚いて息を飲んだ。


 再生された曲は『天界書庫の世界改変者(シナリオライター)』という実写映画の主題歌『変わらなかった恋の話』である。


 原作のWeb小説は、恋愛小説なのだがタイトルがバトル物っぽいという理由で一般層から見向きもされず、逆にバトル物だと思って読み始めた人達からは恋愛モノであった為に即切りされて長らく日の目を見なかった。

 しかし十年の時を経てついに書籍化、その二年後には実写映画化して大ヒットした。


 内容は、恋人を残して死んでしまった女性が天国に行き、神様に全人類の運命を書き記した書物を所蔵している図書館へと案内される。そこで他人の運命を改変する能力を授かった女性は、現世に一人残され自分の死で苦悩する恋人から自分の記憶を消すために、その恋人の運命が書き記された書物に手をつけるというストーリーとなっている。


 主人公の女性は結局、恋人の運命を変える事はなかった。

 新たな恋を見つけようと頑張る恋人を応援したり、相手が悪女だと気付いて運命を変えてやろうかどうしようかと考えたり、そんな事を繰り返しながらただただ書き記されたその人生を読み進めていくだけの、割と平坦なストーリーである。


 しかしながら巧みな演出効果が好評を博し映画は大ヒット、公開終了まで満員御礼の映画館が続出したという。

 その演出に一役買ったのが、今俺が流しているこの歌だ。


 ヒットメーカーである女性シンガーの類稀なる歌唱力と、多くの女性が共感した歌詞。

 この二つの武器で、ユーシィの流すそれを感動の涙に変えてみせようというのが、俺の作戦だ。


(あっ…………しまったああああああああああああああ!)


 迂闊だった。

 例え多くの女性を共感の渦に巻き込んだ秀逸な歌詞であっても、内容が解らなければ意味が無い。

 ユーシィは異世界人だ。多少はコアンに教えてもらっているとは言え、この歌の歌詞を把握する事は困難であろう。


(凡ミスだ……こんなんじゃ真歩ちゃんに相応しい存在になるなんて夢のまた夢だ……)


 自分の駄目さ加減にうんざりしながらも、一応成果を確認する為にユーシィの顔をフォーカスする。


(うお……大丈夫かなユーシィ……)


 彼女は大粒の涙を流していた。

 更には口がへの字に曲がり、鼻も啜っている。先程より酷い泣き顔だ。


(う~ん……? 成功、したのか?)


 成功か失敗か判断し辛いので、このまま歌を流し続けようか止めようか迷っていると突然、寝室の扉が開く音が聞こえた。


「どしたー? いたいかー?」


 コアンの声だ。どうやら俺の流した歌で起こしてしまったらしい。

 彼女の聴覚を侮っていたわけでは無いのだが、焦っていてそこまで気を回せなかった。


(迂闊だなぁ……)


 やめておけば良かったと、後悔した。


「ノ…………ノーマディ」


 どう聞いても大丈夫じゃ無さそうな震え声でユーシィが答える。


「のーまりー? じゃあはやくねろよー?」


 そう言い残すとコアンは扉を閉めて去って行ったようだ。


(気が利くんだか利かないんだか……まあでも、結果的には良かった。サンキューな、お嬢)


 コアンと言葉を交わした事で落ち着いたらしく、ユーシィは二度ほど深呼吸すると天井を見上げた。


 彼女の頭は、ゆっくりと左右に少しだけ揺れている。

 俺の流している歌『変わらなかった恋の話』のリズムに合わせているようだ。


 彼女が何を考えているのかは解らない。

 だがこの部屋を包む空気は、先程より軽くなっているように感じられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ