EP.4 - 10
戦況は一変した。
片膝をついて蹲るキースを見下ろし高笑いするおかっぱ頭。
間合いの取り合いで拮抗状態に陥るかと思われたが、キースの体の異変によりおかっぱ頭の優勢となってしまったようだ。
(何だこれ……神経毒ってやつなのか……?)
キースとユーシィは賊のナイフにより傷を負っている。
それらに毒が塗られていたか、それとも過剰出血により貧血を起こしたか。
キースの凶悪な力で仲間の一人を瞬殺されても退かずにいたところを見ると、前者の可能性が高いように思われる。
おかっぱ頭は高笑いを止めると、ゆっくりとキースに歩み寄る。
一応は警戒をしている様だが、その動作には余裕が感じられた。
一方、相変わらず蹲ったままのキースだが倒れ込む様子は無い。
(これは……カウンター狙ってるな)
倒れ込まないという事は、体幹筋は死んでない。
であるにも関わらず相手が迫っていて全く動かないという事は、つまりはそういう事だ。
(イケる! これはイケるぞ!)
キースに歩み寄るおかっぱ頭はナイフを逆手に持ち上段に構えている。頚椎を突いて一撃で終わらせようとしているのだろう。
おかっぱ頭の構えは明らかに隙だらけだ。振り下ろされるナイフを完全に避けることは出来ないかもしれないが、前に出れば急所を外しつつ掴み掛かる事が出来る。ピンチだが、チャンスだ。
賊どもの動きに違和感があった。
ナイフに塗った毒が回るのをその場で待つという事は、その毒が速攻性である可能性が高い。
だがキースは元気に動き回り、おかっぱ頭以外を瞬殺していった。
恐らくだが、賊どもが想定していたよりも毒の回りが遅かったのだろう。
彼らはキースのタフさを甘く見て、毒の効果を過信した。毒の一撃を加えたのを確認したら、一旦散開して様子を見るべきだったのだ。
未だおかっぱ頭は毒の効果を過信している、間違いない。
まだ息のある敵を前にして懐を晒し不用意に近付くなど以っての外だが、彼は勝利を確信しているのだろう。油断が手に取るように解って笑えてくる。
(……勝ったな)
おかっぱ頭がキースの目の前で立ち止まる。
そして間髪入れずナイフを振り下ろした、狙いはやはり首の裏、頚椎だ。
キースが動く、低い位置からの鋭いタックルだ。
マウントを取ればその時点でキースの勝利は確実、返そうとする間も無く骨を砕かれて終わりだ。
(いよっしゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?)
キースのタックルは、空を切った。
そして勢い余って転び、踏み均された雪の上を滑ってしまう。
彼の目にはおかっぱ頭がどう映ったのだろうか、姿が消えた様に見えたのではないだろうか。
実際には、ナイフを振り下ろしキースの首を狙ったおかっぱ頭は、自分の懐を狙うタックルに素早く反応して前転宙返りで避けたのだが、しかしそんな芸当が咄嗟に出来るものなのか、恐るべし異世界人。
おかっぱ頭は悠然と振り返ると、キースを指差し笑い始めた。
「クッハハハハハハハハハハッ! クォケイジカスコーシー!」
(あの野郎……最初から狙ってやがった!)
相変わらず早口だが、おかっぱ頭の言葉には恐らく『クォケイズ』という単語が混ざっている。
これは『残念』とか『惜しい』とかいう意味が含まれた単語だ。
つまり、「当てが外れて残念だったな」と、おかっぱ頭はキースを嘲笑しているのだ。
おかっぱ頭はタックルが来ると予想していた。
毒が回った体だ、複雑な動きは出来ないし力も入れ難い。ならば体重を利用した直線的な攻撃のタックルを選択する可能性が高いだろう。
だから敢えて懐を晒し、よりタックルを狙い易い構えをして誘ったのだ。
(クソッ! イラつくなぁマジで!)
苛立って仕方無いが、兎も角今はキースの援護をしなければならない。
彼が体勢を立て直す時間を稼ぐ為、俺は音楽プレーヤーを起動させた。
再生したのは、地下アイドル時代にカルト的人気を誇り、メジャーデビューを果たすもその独特過ぎるスタイルが災いして抗議が殺到し、メディアになかなか取り上げて貰えなくなり解散に至ってしまったある意味伝説のグループ、キャッチコピーは『あなたの「したい」を歌いたい』、ゾンビ系アイドル『ネクロマンシスターズ』の名曲電波ソング『Re:Birthible』だ。
(なるべくインパクトのある曲であのイラつくクソ野郎を振り向かせ――――ぐあっ!?)
何かが俺に目掛けて飛んできた。
そして乾いた地味な音を立てて俺にぶつかり、地面に落ちた。
その衝撃で誤動作が起きたか、曲は止まってしまった。
(あ……あ、あ、あああああああああぶねぇなバカ野郎! 死んだらどーする!)
飛んできたのはナイフだ。
何を思ったかおかっぱ頭がナイフをこちらに向かって投げ、切っ先を向けて飛んできたそれは確かに俺に直撃した。
ぶつかった衝撃で体が揺れているが特に目立った異常は感じられない、頑丈過ぎるぞ俺。
(確認は出来ないけどディスプレイに傷くらいは付いたかもしれない……が、時間は稼げたな)
キースは立ち上がった。
多少ふらついているように見えなくもないが、肩幅に足を開き構えを取り、交戦の意思を見せている。
揺れる視界の中にユーシィの姿が映った。
(ヤバイな……雪の上に倒れたままじゃ凍えて死んじまう……)
キースに毒の症状が現れる前からユーシィの体に異常が出ていたのは明白だ。
彼女は空を眺める為に上を向いていたのではなかった。きっと力が上手く入らず、頭を木の幹に預けざるを得なかったのだろう。
もう彼女は体を動かす事が出来ない。早く助け起こさねばならないのにキースはピンチ、俺はスマホ、どうしようもない。
(クソァ! 擬人化とかしろよ! 今なら許されるって絶対! ていうか誰も許さなくても俺が許す!)
人間になれる魔法の存在に賭け、変身する時に唱える代表的な呪文の詠唱を俺が繰り返していると、キースとおかっぱ頭の交戦が始まった。
(おお、意外と動けてるなキース!)
しかしまともに戦えているとは言えない。
キースの力の入りきらない大振りのパンチをおかっぱ頭は余裕で避け、ナイフで少しずつ攻撃を加えている様だ。
(あいつ……嬲り殺しにするつもりかよ、ちくしょう! ……神ぃぃぃ! 何とかしろ神様ぁぁぁぁ!)
毒に蝕まれながらも気力を振り絞り戦っているキースを何とか援護したいという俺の願いを、神様は聞き届けてくれるだろうか。
(もう人間なんて贅沢言わん! 動物でも、虫でも魔法生命体でも、動ければ何でもいいから!)
スマホの変身願望は、中二病と嗤われるのだろうか。
スマホの擬人化は、ご都合主義と罵られるだろうか。
それでも、何を願っても何も起きず、ただただ現実を突きつけられるのに比べれば何倍も良い。
魔法があるなら、何かが起きて欲しい。
奇跡があるなら、何かを起こして欲しい。
(見てんだろ爺ぃぃぃぃぃ! 何とかしろバカヤローーーーーーーーーーーーー!)
俺は、この目で確かに見た実在する神様に向け、ありったけの想いを投げつけた。
その時だった――――――。
視界が突然ぐるぐると回り、次いで耳障りな金属音と共に俺の体に衝撃が走った。
「ヒェッ……!?」
そして、おかっぱ頭が素っ頓狂な声が聞こえた。
(な、なんだ……どうしたんだ?)
視界が不規則に揺れ、現状を把握出来ない。
だが何か硬い物が俺に勢い良くぶつかった、それだけは解った。
(あれ……? この位置、そしてこの圧迫感は……キースか!)
どうやら木にぶら下がっていた俺をキースが手に取り、身を守る道具として使用した様だ。
となれば、俺にぶつかった硬い物とは勿論、おかっぱ頭の振るっていたナイフだろう。
(じゃああの音は……ナイフが折れた音か、強ぇな俺!)
俺の強度も当然影響しているだろうが、キースは恐らくナイフを叩き割るつもりで力一杯スマホをぶつけたのだろう。
スマホの強度とキースの力が合わさりナイフを折った、おかっぱ頭の武器を破壊したのだ。
(くっ……視界が安定しないからどうなってるかわからん、どうするんだキース!)
キースは俺を持ったまま激しく動いている――――というか、俺を振り回している。
(おまっ、俺は武器じゃ……いや、許す! 存分に俺で叩きのめせぇぇぇ!)
きっとキースはおかっぱ頭の投刃を難無く弾き返した俺を見て、ナイフを砕く策を思いついたのだろう。
それに気取られないよう、交戦するフリをして俺まで近付き、タイミングを計ってスマホを手に取りナイフにぶつけた。見事な作戦だ。
おかっぱ頭にとっての俺は、己の武器を破壊した謎の物体だ。キースがそれを振り回すことで多少の威圧にはなるだろう。
傍から見れば間抜けな絵面だが、それなりの効果はある筈だ。
(あっ……こいつ、ナイフ持ってねぇな? 武器は品切れか!)
おかっぱ頭は防戦一方の様だ。スマホなどという到底武器とは思えないようなもので攻められているのに反撃も出来ないとあれば、そうとしか思えない。
数度の反復運動の後、感圧センサーから送られてくる感覚が急激に変わった。
俺はキースの手から離れた様だ。放り投げられたのだ。
(気付いたな! 雑に扱ったのは許す! 決めろキース! やっちまえーーーーーー!)
直ぐ近くで短い悲鳴が聞こえた。おかっぱ頭の甲高い声だ。
次いで何やら早口で喋り始めた。
上手く聞き取れないが、声のトーンから察するに命乞いでもしているのだろう。
武器を持たないおかっぱ頭は成す術もなく遂に命を落とす、今度こそキースの勝ちだ。
「ギャッ!」
「ウッ!?」
おかっぱ頭の甲高い悲鳴と、キースの呻き声が聞こえた。
(どうした? やったか!?)
放り投げられた拍子にフリップが閉じられ、加えてアウトカメラが地面に向いてしまった為に周りの状況を確認する事は出来ない。キースは見事、おかっぱ頭にトドメを刺せたのだろうか。
――――暫くの静寂の後、近付いてくる荒い息遣いを聴覚が捉えた。
(……キース、キースだな!? 解るぞ、勝ったか!)
どうやら地面を這いずり此方に向かってきているようだ。ズルズルという音が、積雪を押し退け必死に体を前に進めている様子を窺わせる。
「……ゥ……ジィ……」
(ん? なんだって?)
キースが何か呟いている。
弱々しく、そしてくぐもった声なので上手く聞き取れない。
「……ルゥ……ジィ……」
(ルージー? どっかで……ああ、月の神だ、神様がどうしたって?)
ついに俺のもとまで辿り着いたキース。
彼の手が俺の体に触れた様だ、程よい重量感がフリップを隔てた前面に伝わる。
キースがまた、呟いた。
「ルージィ……アテミクセリ……」
(……ッ!? おいキース! 大丈夫か!?)
『ルージー』と『アテミクセリ』はセットで扱われる事が多い。
この熟語が登場するのは、主に典礼の時だ。
その意味は――――――
――――神よ、救い給え。
「クッ……フヒッ……クハハハハ……ッ!」
甲高い笑い声が少し離れた場所から聞こえてきた。
笑ってはいるが呼吸がかなり乱れている、苦しそうだ。
(あいつ、生きてんのか!?)
状況を把握しきれない。
キースもおかっぱ頭も、どちらも苦しんでいる様に思えるが、おかっぱ頭のあの笑い声は一体何なのだろうか。
「コーシィィィィィ! ワーーームゥーーートォォォ!」
(ワームートだと!? 何だってんだ一体……)
おかっぱ頭の発言は、まるで戦闘狂のそれだ。
毒の効き目がどうとか、キースの能力を甘く見ていたとか、そんな理由でここに留まっていたのでは無く、
ただ単に殺し合いがしたかった。
そんな理由で、彼は自らを危険に晒しながら武器を振るっていたとでもいうのだろうか。
(異常だ……異世界人は異常過ぎる……)
異世界の異常さを垣間見て、思わず震えてしまう。
怖気づいた俺を追い詰めるかのように、異常な異世界人が雪を踏みしめる音がゆっくりと近付いてくる。
(キース、逃げろ……っつっても、無理なのか……)
アウトカメラが地面から離れ、視界が広がるとそこにキースの姿が見えた。
彼の口にはべっとりと血液が付着している。内臓をやられて出血し、それが逆流したか。
(くそっ……まだ武器を隠し持ってたのかよ、ちくしょう……)
キースは仰向けになり、空に掲げた俺をぼーっと眺めている。
救い給え――――。
彼が救いを求めたのは、神様なのか、それともこの何の変哲も無いスマートフォンなのだろうか。
(狐巫女の持ち物だから期待してくれたのかもしれないが、残念ながら俺は只のスマホで、神様じゃないんだ……ごめんなキース)
キースは片手でフリップを開くと、ホーム画面を操作して画像ビューワーを起動させた。
そしてサムネイル群から画像を選択し、画面に表示させた。
表示された画像は、いつだったか青眼鏡のあの娘が撮ったキースとユーシィのツーショット写真だった。
「……ルージー、アテ……ミクセリ……」
(ああ……救ってやるよちくしょう……神様なんか当てにならねぇから、俺が……スマホが、何とかしてやるよ……ちくしょうッ!)
神様も当てにできないのに、スマホに当てがあるのかと問われれば、答えはノーだ。
満身創痍のキースと、意識があるのかすら解らないユーシィ、意識がはっきりしていたところで動くことの出来ないスマホ、こんな状態ではなんの手立ても無い、詰みである。
おかっぱ頭はすぐそこまで近付いてきていた。
アウトカメラが映す視界には、棒立ちの彼の姿があった。
左手にナイフを持ち半笑いでこちらを見ているが、右腕が異様な形に曲がっている。キースに折られたのだろう。
(余裕こきやがって……テメェもボロボロじゃねえか……)
おかっぱ頭はキースの真横に跪き、祈りを捧げるように左手を胸に当てた。
当然そこにはナイフが握られている。
「コーシー……イェスターブ」
ご丁寧に別れの挨拶をすると、おかっぱ頭は左腕を大きく振りかぶった。
キースはまるで盾にするかのように、おかっぱ頭に俺を向ける。
この状況でスマホが盾として機能することはありえない。
流石にそれくらいはキースでも解るだろう。それでも、未知の物体であるスマホの可能性にすがり、最後の最後まで諦めず、彼は生きる為に抗うことを選んだ。
しかし、この小さな体ではどうしても盾になってやる事は出来無いのだ。
(――――――――でもな?)
俺は――――――アウトカメラの横にあるライトを点灯させた。
「アッ!? ァァァァアアアアアアアッ!?」
おかっぱ頭は素っ頓狂な声を上げつつも左腕を振り下ろす。
キースは体を捻りナイフによるトドメを既の所で避けたようだ。
俺の視界が一瞬振れた直後、体に軽い衝撃が走る、地面に落ちたのだ。
アウトカメラは上を向いていて、ライトがおかっぱ頭を照らしている。
彼は必死に左手のナイフを振り回している様だが、目標が全く定まっていない。
(どうよ、LEDの味は……夜目には堪えるだろ!)
おかっぱ頭は網膜に貼り付いた光の盾に視界を遮られ、慌てふためいているに違いない。
目眩しは成功した、後はキース次第なのだが――――
「アグェッ!?」
――――俺の視界が、キースの体で覆われた。
その向こうで、おかっぱ頭の短い悲鳴と、骨が砕ける音が聞こえた。
賊どもとの戦いは俺達の勝利に終わった。
キースはユーシィを抱きかかえ、木の幹に背を預け休んでいる。
満身創痍のキースと、辛うじて呼吸はしているが一向に目覚めないユーシィ。
この寒空の下、二人はこのまま息絶えてしまうのだろうか。
(……なんてな、そんなことさせるかよ)
キースは神を呼び、俺を手に取り救いを求めた。
そして俺は、彼が窮地を脱する手助けをした。
(次は当然、神様の番だよなー。そう思うだろ? お前も)
キースはスマホの画面を暫くぼーっと眺めていたが、やがて徐に画面を操作し、カメラを起動させた。
(おっ……どうした?)
彼が何を考えているのか解らなかったので、暫く様子を見ることにした。
すると――――
「ルージー! アテミクセリ!」
(うおっ!?)
突然大声で神様に救いを乞うキース。
(おいおい無茶すんなって……しゃーねぇな)
俺は一旦スリープモードに移行してから、録画モードでカメラを起動しなおした。
(さあ、どうぞ!)
キースの目的は、自分のセリフの復唱を俺に任せることだろう。
いつだったか、コアンの欠伸をリピート再生させた事がある。
彼はそれを思い出して実行しようと思ったのだろうが、どうやら録画モードの撮影方法までは知らなかったようだ。
「ルージー! アテミクッ……!」
(あちゃー……無理させちゃったな、ごめんなキース)
傷口に響いたか、キースは苦悶の表情を作り、セリフは途中で止まってしまう。
だが、尻切れではあったが撮影自体は成功した。
一旦スリープモードに移行して撮影を終了し、ホーム画面から画像ビューワーを起動してやる。
すると、キースは先程撮影した動画のサムネイルをしっかりタップし、再生を開始させた。
キースの、神を呼ぶ声が何度もリピート再生される。
「……ルージー、アテミクセリ……」
空を見上げ、呟くキース。
(心配すんな、助けは来る。もう聞こえてるんだ、お前を呼ぶ声が)
俺の聴覚は、散々近くで聞いたあの生意気な狐娘の声を捉えていた。
それはつまり此方の音も彼女に届いているという事になるだろう。
後は待つだけ。
キースの声に導かれて、お供を沢山連れた狐巫女が此処に到着するのを待つだけだ。
色々あったけど、きっと全てが上手くいく。
徳を積む為に起こしてきた出鱈目な行動が、ハッピーエンドに続く運命という道を造り、それに導かれ『偶然』が俺のもとに集まってくる。
(頑張ったご褒美……なんだろ? ……なあ、爺さん?)
俺は、この魔法の様な、奇跡の様な、偶然というプレゼントを与えてくれた、いつか見た神に感謝した。




