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EP.4 - 9

 キースの雄叫びは俺を震え上がらせた。


 比喩表現では無く、実際に震えた。

 びっくりしてバイブをうっかり作動させた訳では無く、大気を伝わり届いた音の波が俺の体を微震させたのだ。


 とんでもない迫力だった。

 それに当てられた賊どもが攻撃を仕掛けられずにいるのも無理はない。


(キースのやつ、ナイフが刺さったってのに平然としてやがる……異世界人ってやっぱりどこか異常だな)


 ナイフの刺し傷をものともしないのは只のド根性かもしれないが、それなりに距離のある位置からの発声で集音用である振動板ではなくスマホ本体を、知覚出来る程度に震わせるというのは、まさに離れ業だ。


(まるで魔法だな……)


 ファンタジー世界の魔法と呼ばれるものは、物理現象を未知の力で引き起こすものとして描かれる事が多い。

 それらは創作物を愉しむ人々の為に解り易くビジュアライズされて伝えられるので『魔法』と直ぐに認識出来る。

 この異世界で俺はそういった『解り易いもの』を見かける事が無かった為に魔法は存在しないのかと思っていたが、その一方で魔法に近しい不思議な現象を目の当たりにしてもいた。


 例えば俺の異常な耐久力、コアンの異常な回復力、そしてキースの――――――


(闘気……オーラか?)


 勿論、確証は無い。

 単にそれ程巨大でない人体という制限がある中で遠くの物体を震わせる程の声を出せる発声方法があるだけかもしれない。


 しかしここは異世界だ、奇跡は起きるし魔法だってあるかもしれない、可能性は無限大だ。

 使用方法が確立されていないだけで、魔法や魔力という概念は存在しているかもしれない。


(よし、そうだな……おいクソ野郎ども! 吹っ飛べ! 爆ぜろ! 何かがグチャってなれ!)


 俺は賊どもを倒す為、想像し得る限りの攻撃魔法を思い描き、念じてみた。

 ――――――しかし何も起こらなかった。


(くっそ~……あ、そうだ! ユーシィを回復だ! ヒール! キュアー! いたいのいたいのとんでけー!)


 これでも真剣に、必死に頑張っているのだが、デタラメ過ぎて魔法というよりおまじないになってしまった。


(……おっ?)


 木の幹に背を預けへたり込み呆然としていたユーシィだったが、どうやら我に返った様で、近くに落ちていたナイフを拾いつつゆっくりと立ち上がった。


(おおっ!? 効い…………てないよなぁ)


 彼女は何とか立ち上がり両手でナイフを構えてはいるものの、やはり木の幹に背を預け苦しそうに肩で息をしている。

 キースが敵に集中出来るよう、自分の身は自分で守るという意思を彼に伝える為、ユーシィは立ち上がったのだ。


 キースはユーシィのその姿をチラリと見たが直ぐに賊に向き直る。

 彼女の意図を汲んだのだろう、何だか良い夫婦になれそうな雰囲気だ。


 賊は相変わらず動かず、キースの出方を窺っているようだ。


 皆の注目を浴び佇んでいたキースが遂に動く。

 彼は傍に倒れている絶命した男の腹を思い切り蹴り上げた。


(なっ……死体蹴り……って、ええええええええ!?)


 キースの蹴りが男の体を三メートル程吹っ飛ばした。


(馬鹿力過ぎだろ、どうなってんだアイツの体……)


 体格から或る程度は想定していたが、ここまでとは思っていなかった。


(ていうか、死体蹴りなんかして挑発のつもりかと思ったが、これは寧ろ脅しだな……)


 死体蹴りといえば煽りの常套手段だ。倒れた仲間を邪険に扱われれば、精神的な繋がりが希薄であっても多少は憤りを感じるだろう。或いはナメられていると感じてムキムキきたりするかもしれない。

 しかしキースは単に死体を蹴ったのではなく蹴り飛ばした、三メートルも。


 これは、お前らなど小石のように造作も無く蹴り飛ばすという、完全なる脅しだ。


 恐らくは無駄な戦いを極力避けようという考えなのだろう。

 その為に敢えて一人、容赦無く瞬殺した。

 これで相手がビビって逃げてくれさえすれば、さっさと集落に帰ることが出来る。


 ユーシィの手当ても急がなくてはいけない。

 傷の深さがどれ程かは解らないが、腹部からの出血は決して少なくない、早く帰って適切な処置をしなければ命を落としかねない。


 なので賊どもにはさっさと尻尾巻いて逃げ帰って欲しかったが、彼らは退く様子を見せない。


(もう帰れよ……人が死ぬところなんて、もう見たくないんだが……)


 そんな俺の願いも虚しく、キースは右前方に居た賊の男に一瞬で詰め寄り、頭を掴むと近くの木の幹に後頭部を勢い良くぶつけた。


(ひぇぇ……即死、だよな……)


 キースが頭から手を離すと男の体は力無く崩れ落ち、不自然な姿勢のままピクリとも動かない。

 あんな勢いで後頭部を強打したら絶命は免れないだろう。


(いよいよ、異世界の真の姿が見えてきたな……)


 一番まともだと思っていた人間が既に二人をあの世に葬り去っている、異世界とは斯くも不条理なものなのか。

 長閑な集落を離れ森に入れば殺伐とした世界、敬虔なる聖職者はそこで殺戮マシーンと化した。


 これが異世界というファンタジーであり、ある意味では現実なのだ。


 キースは造作もなく賊どもの命を刈り取る。

 ある者は地面に叩きつけられ、踏まれて頭蓋を割られた。

 またある者は首を締め上げられ、意識と共に遠い場所へ旅立っていった。


(こういうのも受け入れなきゃ……ならないんだな……)


 彼は今、自分と身近な者の命を守る為に他者の命を奪っている。

 その行動は、きっと『正解』なのだろう。


 世界の平和を願っていたとある聖者は、現実を知る度にその規模を狭めていき、遂には他者を排し己の平穏のみを願うようになったという。


『正しき』は無情なる無常、『但し』を纏い付き纏う。


 時勢と共に目まぐるしく変わるそれを、世界に住まう者達は常に受け入れなければならない。


(…………そうは言っても、ちょっと壮絶過ぎるわ)


 退かぬと解った賊ども次々に狩っていくキースの姿は悪鬼羅刹の様だった。聖職者とは何だったのか。


 十人は居たであろう賊は遂にたった一人を残し壊滅した。

 一対一となれば最早キースの勝利は決まったようなものだろう。


(勝ったな……凄ぇなファンタジーモンク)


 しかし圧倒的に優勢であった彼だが、流石に多人数相手では無傷とはいかず、衣服は鋭利な刃物によってズタズタに切り裂かれている。


 切られた衣服の内側には無数の切り傷があるだろう、それらは最後に残った茶髪のおかっぱ頭の男の斬撃によってつけられたものが殆どだ。


 交戦の様子を見ていて解った事がある。


 このおかっぱ頭は常に味方の陰に隠れながら行動し、キースの隙を突いてナイフで攻撃をするというスタイルを徹底していたのだが、その際に味方を(けしか)ける様な仕草をしているのを数回確認した。


(あいつがボスかぁ……)


 彼の出で立ちは肌にフィットした黒い革服で、闇夜に上手く溶け込んでいる。

 虚を突くに適した格好である為に多対一の状態では有効だったようだが、一対一で対峙していては意味を成さない。

 他の者の様に間合いを詰められ掴まれて、一瞬で骨を砕かれて終わりだ。キースの勝ちは揺るがない。


 ユーシィも安心した様で、いつの間にか木の幹に寄りかかりしゃがみこんでいた。


 キースの雄姿を眺めているのだろうと思っていたが、どうやら彼女は空を仰ぎ見ている様だった。

 雲に隠れてしまって今は見えないが、無事に帰れるよう(イーズ)に祈りでも捧げているのだろうか。


(もう少しで終わる……それまで頑張れユーシィ)


 キースの勝利でこの闘いは終わり、そして集落に帰って何事も無かったかのように食卓を囲み、拙い日本語と拙い異世界語で、会話になってない会話を楽しみながら日常を謳歌するのだ。


 ユーシィは決して軽くない傷を負っている。

 翌日から料理の腕を振るうことは出来ないだろうから、代わりにキースが作ることになるかもしれない。

 彼の作る料理の腕はユーシィのそれと比べるとどうしても見劣りしてしまうので、料理を前にしたコアンはきっと文句を言うだろう。

 そんな彼女を横目にユーシィは嬉しそうに食べるに違いない。


 平和な日常が、もうすぐ戻ってくる。


 遠くで火の手が上がっていた筈だが、こちらに燃え広がっている様子は無い。

 これが神の御加護というやつなのだろうか、ならば敬虔なる聖職者達に敬意を表さねばなるまい。


 ――――平和の足音が聞こえた。


 キースは地面を力強く蹴り、おかっぱ頭に飛び掛かる。

 傷の影響か少し動作が鈍いように感じられたが、それでも鋭く間合いを詰めて最後に踏み出した左足を軸にし、おかっぱ頭の左脇腹へ蹴りを入れた。


(よし、いいぞ! 畳み掛けろ!)


 おかっぱ頭は盛大に吹っ飛んだが、ゴロゴロと地面を転がると直ぐに起き上がりナイフを構え直す。


(自分から吹っ飛んで衝撃を和らげたのかな……漫画みたいだな)


 容易に追撃をさせないよう、しっかりと間合いを取ってから体勢を立て直しナイフによる牽制も怠らない。

 賊の頭を張る人物だけあって体術には自信があるらしく、他の者の様に一撃で倒せる相手ではない様だ。


 守り手の技量が高い場合、攻め手には慎重さが求められる。

 状況に応じ的確な動作を行なえる相手だ、迂闊に掴みにかかれば急所を突かれるかもしれない。


(クソッ! 手伝いてぇ!)


 スマホにも出来る事は有る筈だ。


(寧ろスマホだからこそ、俺だからこそ出来る事が、きっとある筈だ……考えろ俺!)


 ほんの少し、ほんの一押しだけでもきっと流れは変わる、何か切欠を作って拮抗を破りキースを勝利に導くのだ。


 俺は注意深くおかっぱ頭を観察する。

 自分から斬り掛かる気配は無い、間合いを一定に保ちカウンターを狙っているのだろう。


(……ん? いや待てよ、この状況でそれは無理がないか?)


 キースはナイフで切り刻まれても未だ動けているという恐るべきタフネスを持ち、加えてクリーンヒットさえすれば一撃必殺のパワーも持っている。

 優れた体術を以ってしても良くて相打ち、おかっぱ頭のカウンター狙いは愚策と言える。


(こいつ、他に何か策があるぞ絶対!)


 更に注意深く観察していると、おかっぱ頭は何故か徐に構えを解き、そして



 ――――笑い出した。



(何だこいつ……)


 甲高い声で笑うおかっぱ頭、この声には聞き覚えがあった。

 賊の根城で聞いた、早口男の声だ。


 その笑い声に反応したかの様に、俺の視界の端で何かが動いた。


(……あれっ? ユーシィ!?)


 木の下でしゃがみ込んでいたユーシィが、地面に倒れてしまったのだ。


(おいキース! …………キース!?)


 今度は、先程までは悠然と構えていた感じすらあったキースが膝をついて(うずくま)ってしまった。


(何だこれ、どうなってんだ!?)


 優勢であった筈の戦場が、何かの作用で劣勢に変わってしまった。

 何も出来ないスマホの俺は、その変わりゆく流れをただ呆然と眺める他なかった。

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