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EP.4 - 7

 コアンとエルミーは囚われていた建物をそそくさと抜け出し、賊の根城から離れる為に夜の森を進む。


 木々の隙間から零れ落ちる月明かりに照らされた雪が時折キラキラと輝き、森の中は思っていたよりもずっと明るく感じられた。


 この世界では、(イーズ)は人を護るものという思想がある。

 こういった体験をしてしまうと、何者かに創作された架空の概念だと解っていてもついつい納得してしまうのが不思議だ。


 (イーズ)は夜を往く人々に光を与え暗闇から護ってくれる。


 だが、襲い来る冷気はどうにも出来ないらしい。

 コアンとエルミーの防寒対策は十分とは言えない、このまま森を歩いて無事に集落まで辿り着けるのだろうか。


 一歩進む度にズブズブと沈んでは固まる雪に足を取られない様、二人はゆっくりと歩み進む。


(……ん?)


 コアンがスマホの画面の朧気な光で辺りの木々を一生懸命照らしている事に気付いた。


(まさか、道を覚えてるのか?)


 普段の彼女の様子を考えると到底信用に足るものとは思えないその記憶能力だが、連行されている間スカートの中に潜んでいた俺よりは頼りになるだろう、ここは信じて協力してあげなければなるまい。


(ライトが欲しいんだな――――ほれっ)


 俺は、ライトを点けてやった。


「うあっ!? まぶしっ!」


 コアンは眼前にスマホを構えて画面を前に向けていたので、アウトカメラの横に付いているライトの光をモロに浴びた。


「おまえな~……」


(はっはっは、すまんな)


 バッテリーは今のところ心配ない、夜明けまで照らし続けられるだろう。

 十分な灯りを得たコアンは改めて木々をライトで照らしだした。



 暫く進み、賊の根城を完全に離れたところで、俺はエルミーの異変に気付いた。



 ――――妙に歩みが遅い。



 普段ならば寧ろコアンに合わせてペースを落としているくらいなのだが、今に限ってはコアンの後ろをゆっくりと付いて歩き、逆にコアンがペースを合わせている様にすら感じられる。


 雪に足を取られている所為と言う訳でも無さそうだが――――


「えるみー、どーした?」


 後ろを頻りに気にしていたコアンが、ついにエルミーに声をかけた。

 そしてライトでエルミーの足元を照らすと、彼女の右足はコアンの作った足跡をしっかりと踏んでいた。


(うむ、賢い……けど、エルミーらしくないな)


 世話焼きのエルミーならば、道を踏み固める役目を買って出るくらいの事はする筈だ。

 何かあったのかと思い、異世界語辞書を脳内に構えて彼女の返答を待ったが、小さな声で「ノーマディ」と答えただけだった。


大丈夫(ノーマディ)って……それってつまり大丈夫じゃないって事だろ)


 所謂、痩せ我慢というやつだ。


 彼女は右足を負傷してしまった様だ。


 賊に蹴りを入れた時か、

 それとも遠心力で吹っ飛んだ時か、


 足はブーツで覆われているので、皮膚ではなく内部を負傷している可能性が高い。


(捻挫か脱臼か……何にせよマズいな)


 これから歩く距離は、間違いなく我慢してどうにかなるものではない。

 コアンであれば持ち前の回復力でゴリ押せるかもしれないが、エルミーは普通の人間なので不可能だ。

 このまま歩けば、回復どころか悪化させる事になるだろう。


「うーん……おし、ちょっとまってろ」


 コアンはそう言うと、羽織っていたコートを雪で覆われた地面に敷いてエルミーに座るよう促し、自分はライトで辺りを照らしながら物色し始め、程無くして一メートル弱の枝を二本拾い、ナイフで手頃な長さに調節してエルミーに渡した。


「もーちょっとだから、がんばれ」


(は? もうちょっと?)


 もうちょっとで集落に着くのだろうか。

 俺はどの様な道程で賊の根城に辿り着いたのか把握していない、随分歩いていた気がしたが案外ここは近場の廃村だったのだろうか。


(いやいや、そんな間抜けな話あるかよ)


 賊の根城を出発してからまだ一時間弱だ、一方で昼に賊どもが歩いた時間はその倍以上はあった筈。

 彼らはターゲットの確保が完了した後に森を散策していたとでもいうのか。


(有り得ねぇ……)


 では、もう直ぐ何処へ辿り着くというのだろうか。

 非常に気になるので質問してみたいが、残念ながら俺は喋れない。


(お嬢を信じるしかないか……)


 コアンはコートを羽織り、細かく足踏みをして足元の雪を踏み固めつつ歩き出す。

 エルミーはコアンの後ろに付いて、木の枝で作った杖に身を預けながらゆっくりと歩き始めた。




 四半刻過ぎた頃、どうやらコアンが目指していた場所に着いたらしい。

 かなりゆっくりと歩いたので、距離的には確かに『ちょっと』だった。




 辿り着いたそこには、木で組まれた土台の上に建つ小さなログハウスがあった。


(これは、助かった…………のか?)


 休憩する場所を確保出来たのは良い事だ、これで外気に晒されずに火を起こし暖を取る事が出来る。

 エルミーの足を休ませつつ、出来るならば朝まで此処に居たって良い。



 そう――――



 ――――出来るならば、だ。



 俺たちは逃亡者だ。

 賊がいつまでも俺たちの逃亡に気付かないでいてくれる訳が無い。

 もう既に追跡を開始している可能性だって十分に有る。


 そして、雪の上にこれでもかというくらい足跡を残している。

 それを辿られてしまえば、いずれ此処を嗅ぎつけられ再び捕まってしまうだろう。


(行くも止まるも、分の悪い賭けだな……)


 既に追跡されているのであれば、歩み進めたところで追いつかれるは必至。

 ならば距離は稼げずとも此処に潜み、運を天に任せ賊をやり過す方法を採るべきか。


 コアンは一足先に木板の階段を登ると、振り返ってエルミーに声を掛けた。


「まあ、あがってけよ!」


(………………はい?)


 まるで自宅に友人を招くような言い方だ。


 彼女は入り口の戸を開きエルミーをログハウスに招き入れる。

 そして直ぐに戸を閉じ、(かんぬき)で施錠した。


 建物の中は灯りが無いので当然暗いが、こちらにはスマホのライトがある。

 屋内に入ったコアンがそれで照らしたのは、暖炉だった。


 エルミーは暖炉の前に座りランタンに火を灯した。

 コアンはというと、まるで何処に何があるか知っていたかの様に木屑などを集め暖炉に放り込んで行く。


 そしてエルミーの手によってランタンから暖炉の着火材へと火は移され、やがて暖炉に炎が立ち始めた。


「そーだ、あれももやすか」


 そう言ってコアンが暖炉の前に持ってきたのは、麻袋の服だった。


(ここもお嬢の住処だったのか……)


 どうやら昼間連行されている時に道を覚えたのではなく、元々この辺りを知っていたらしい。

 彼女のテリトリーは思っていたよりもずっと広かった様だ。



 寄り添いながら座り、無言で暖を取る二人。



 言語の壁がある所為で他愛ない会話をする事すら難しい。

 その為、どうしても無言の時間が長くなってしまう。


 無言の状態は暫く続いたが、ついにエルミーが口火を切った。


「コアン……」


「ん~?」


 コアンはさっさと返事をするが、エルミーは直ぐには言葉を続けない。

 言葉を選んでいるのか、それとも探しているのだろうか。


 いつまで続くのかと思われた間は、エルミーの一言で終わりを遂げた。


「……デオタリィ」


 賊に襲われた時に聞いた異世界語だ。


「ふ~ん……」


 興味無さそうな返事をするコアン。

 彼女は『デオタリィ』の意味を解っているのだろうか。


「…………なにいってるか、わからん」


(……そうだな、異世界語って難しいもんな)


 解らないなら仕方が無い、無視をするしかない。

 コアンはフリップを開いたスマホを横に構えると、左右に揺らし出した。


(いいね、暇つぶしには持ってこいだ)


 俺は、カーアクションゲームを起動した。

 するとコアンはスマホの左側をエルミーに持たせ、左右に角度をつけて操作をして見せた。


 二人の協力プレイで自機は障害物を華麗に避けてゴールを目指す。

 避け切れない障害物は俺がビームを発射して壊してやった。


 このモンスターマシンで森を駆け抜けられたらどんなに良いか。


 そんな現実味の無い願望が脳裏を過ぎってしまう自分に嫌気が差した。


「お? けっこーうまくいくな~」


 2P協力プレイが上手くいっている事にご満悦なコアン。

 彼女はもぞもぞと身を捩りながら、手持ち無沙汰な左手を使って、その小さな肩には大き過ぎるコートの片側をエルミーの左肩に掛けた。



 ――――燃える木屑が弾け、パチパチと音が鳴った。



 このまま揺らめく炎の前に座り二人で時を過ごし、朝まで何事も無ければ良いと思っていたが、流石にそう上手くはいかないようだ。


 突然コアンは立ち上がり、エルミーに静かにするようジェスチャーで指示を出した。


(何か聞こえたんだな……何だろうか)


 エルミーは、ゲームを止めスリープモードに移行した俺を片手で持ったまま、耳を(そばだ)てているコアンを見つめている。


(エルミー、何を考えてるか知らんけど『デオタリィ』は無しだからな?)


 


 数分間の索敵後、コアンはエルミーの手から俺を取り、次いでコートからナイフを取り出すと入り口に向けて歩き出した。




 悠然と歩くコアンの様子に焦りは無い。

 何か策があるのかもしれないが、それが何か解らない以上、不安は拭いきれない。


(でも、信じるしかないよな)


 彼女達を無事に集落まで帰すことが出来るのであれば、俺はこの身が砕けようとも構わない。

 どんな荒っぽい作戦でも良い、二人が無事に帰れさえすれば。

 


 コアンが入り口の(かんぬき)に手を掛けた時、後ろからエルミーの声が聞こえた。



「コアン…………ハイデンチュア」


 ハイデンチュアは、決してネガティブな言葉では無い。

 彼女が胸中に何を秘めてその言葉を発したかは解らないが、それに対する俺たちの答えは既に決まっていた。



「えるみー、まってろよ」

(エルミー、待ってろよ)




 コアンは入り口の(かんぬき)を外し、戸を開いて外に出た。




(さて、狐のお嬢様はどうするおつもりなんでしょね)


 コートを置いて出てきたのだ、彼女が遠くに逃げ出す筈が無い事は解っている。

 しかし俺とナイフを携えた彼女が何処に行き、何をしようとしているのかは不明だ。


 ナイフ一本で賊とやり合う気は無いと信じたい。

 体格差、人数差、あらゆる面で不利な状況だ、勝ち目が無いにも程がある。


 ほんの数分、賊の根城へと伸びる自分の足跡を辿りつつ来た道を引き返したコアンは、何を思ったか近くに立っている木の幹にナイフを勢い良く突き立てた。


 そして――――


(ちょ……おま、痛い! 痛いって!)


 ナイフの柄尻を俺で叩き出した。


(俺は金槌じゃないってばぁぁぁーーーー!)


 実際金槌ではないし、重量や重心の位置等を考えると金槌程のパフォーマンスを発揮できる道具とは、とても思えない。


「うーん、いまいちだなぁ」


(はい! いまいちですスンマセン! スリムボディの頭脳派です! 理系男子です! 物理系の攻撃は苦手です!)


 俺を金槌代わりには出来ないと悟ったコアンは幹に付けた傷をライトで照らしつつ、ナイフの切っ先で更に突き、ときに削り、刀身を半分程めり込ませた。


「ふぃ~、できた!」


(頑張ったな~……で、どうするんだ?)


 木の幹に深々と突き刺さったナイフで何をしようというのか、全く想像が付かない。


 期待と不安を抱きながらコアンが次に取る行動を待っていると、彼女は左手に持った俺のライトで右のお下げ髪を照らし、結わえている紐を右手で解いた。


 暫く視界がグルグルと激しく回る。

 程無くしてフリップが開かれたのでインカメラに切り替えると、少し斜めになった景色がゆっくりと横方向に動いていた。


 俺は――――コアンの目の前でぷらぷらと揺れていた。


(これは一体……?)


 俺の状態がどの様になっているのかは想像が付く。


 真歩ちゃんの手帳型スマホケースには、アクセサリーを取り付ける用のリングが角に付いている。

 コアンはそこに髪を結わえていた紐を通して両端を縛り、ナイフの柄に引っ掛けた。


 要するに、俺は吊るされているのだ。


 彼女は俺を下に引っ張って落下しない事を確認すると、指示を出してきた。


「おい、うんこのやつ、だせ」


(うんこって言うなよ…………ビューワーの事かな)


 彼女の意図が解らないので取り合えず指示に従い、画像ビューワーを開いた。


(うんこ画像はもう消えてるけど、何するつもりだろう……?)


 訝しみつつ彼女の操作を見守る。

 スライドしてゆく画像リストの中から選ばれたのは――――



 ――――秋頃撮影した、大型動物の討伐動画だった。



 サムネイルがタップされ、動画が再生され始める。

 すると、俺の体からけたたましい獣の咆哮が発せられた。


(うわっ!? やべぇ!)


 俺は慌てて、動画を止める為にスリープモードに移行させた。


「あっ! とめるな、ばか!」


(は!? いや、どういう事だよ! 説明してくれよ!)


 爆音で動画再生なんぞしようものなら、間違いなく賊に居場所を知られてしまう。

 そんな事はコアンでも解る筈だ、しかし彼女は動画を止めるなと言った。


(分からん……分からんけど、従うしかないか……)


 仕方なくもう一度画像ビューワーを起動する。

 するとやはりコアンは討伐動画を再生させた。


 再度、馬鹿でかい獣の咆哮が発せられる。


(で、どうするんだ……俺を囮にして逃げるのなら早く行った方が良いぞ……?)


 俺は覚悟を決めて動画を再生状態で放置した。


 すると――――



「よーし、いいか? おまえがおっぱらうんだぞ?」



 ――――コアンは、俺に敵を追い払えと言い出した。


 やっと彼女の作戦内容を理解した。

 要は、危険な大型動物の咆哮を聞かせる事で、賊をこの場から遠ざけようというのだ。


(分かった、理解したけど、上手くいくかな……)


 生の鳴き声を録音したものであっても、その音声は動画用に圧縮され、更にスマホの小型スピーカーで出力するのでパワーはかなり削られる。


 そんな状態でどれだけリアルなサウンドを奏でられるか、その成果によって幼い女の子二人の一生が左右されるのだ。



 スマホの性能が試される――――



 ――――俺の、力が試される。



「じゃ、さぼるなよー? はいれんちゃー」


 コアンは俺にこの場を託すと、駆け足で去って行った。


(『ハイデンチュア』だよ……ていうか、行っちゃうのかよ)


 エルミーの事があるので仕方ないとは言え、少し不安だ。


(まあ、再生が止まったら気付くか……)


 耳の良いコアンならば、あのログハウスから俺の状態を把握出来る筈だ。

 何なら、俺の足止め効果を期待して出発してくれてもいい、無事に逃げ(おお)せれば何でも良いのだ。

 



 スマホから発せられる咆哮が木々の合間を縫い、森を駆ける獣が如く辺りに響き渡る。




 果たして俺は、この頼り無い薄型ボディで幼い二人を護る事が出来るのであろうか――――――――。

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