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EP.4 - 6

【先週更新分のあらすじ】

攫われてしまったコアンとエルミーは何処かの建物の中で、柱に縄で括りつけられているようだった。脱出する為、縛られている縄を、静電気放電で発生した熱を利用し尻尾に火を点け焼き切ったコアン。拘束が解かれた二人は、無事に賊の根城から脱出する事が出来るのであろうか。

 縄の束縛から解放され、異常な回復力の成せる業か火傷の騒ぎもひと段落したコアン。

 彼女は捕われている建物の入り口付近に座り、外へ聞き耳を立てていた。


 俺はコアンの右手に握られ、尻尾を扇ぐ扇子代わりにされている。


(ま……まあ、これくらいの扱いは我慢しなきゃね……)


 耐え忍ぶもまた、賢しき法。

 喧しく騒ぎ立てたり、知識をひけらかすだけが賢者(スマホ)の業ではない。

 押し黙り耐える、マナーモードってやつだ。



 ――――――ギシギシと、何かが軋む音が聞こえた。



「…………あいつがいる」


(見張りか? どいつだろう……)


 此処を訪れた男達は皆、特徴的な声や喋り方をしていた。

 声を聞く事が出来れば誰かはすぐに解るのだが、聴覚の優れているコアンにしか聞こえない様だ。


(俺もそれなりには聴力に自信あるし、すぐ近くに居るわけじゃないのかな)


 遠くに居るのであれば、このまま扉を開けて逃げ出す事が出来るかもしれない。



 ――――――また、何かが軋む音が聞こえた。



 コアンは尻尾を扇ぐ手を止めて入り口の戸を慎重に、少しだけ押し開き、フリップを開いたスマホ(おれ)を隙間に挿した。


(暗いとフラッシュでバレるかもしれない、動画にしておこう)


 外側を向いているインカメラで撮影を開始する。



 ――――――再度、木材が軋む音が聞こえた。



「……なにやってんだえるみー」


 俺は外を撮影中なので中の様子を見る事が出来ないが、音はエルミーが鳴らしているらしい。


 ギシギシ、ギリギリと断続的に鳴る発生源不明の音と、コアンとエルミーのやり取りを聞きながら俺は撮影を続ける。


 既に太陽(シャオマー)は隠れ、(イーズ)が空に輝く夜が訪れている。

 月明かりは弱々しいが、焚き火で照らされている箇所が複数あるので辛うじて外の様子を見る事が出来た。


(廃村……かな)


 屋根が剥がれ無残な姿の家がある。

 それを覆い隠すように木々がいくつも生えていて、地面を覆う雪からは草が無数に突き出ている。


 コアンが以前根城にしていた場所とは別の、森の中で朽ち果てた村のようだ。

 村の住人達は何処へ行ってしまったのだろうか。


 複数の廃村が存在し、俺達が住んでいる集落の人口も以前は少なかったという事実から、この辺り一帯が過疎化という危機に面していた事が窺える。


 俺とコアンが切欠になり人口増加の気配を見せる集落だが、悪い人間まで呼び寄せてしまったのかと考えると複雑な気分になる。


 住居群は荒れ放題朽ち放題で生活感が無い。

 賊は此処で暮らしているのではなく拠点として一時的に利用しているだけのように思える。ならば早いとこ出ていって貰いたいものだ。


 数人、外をうろついているが、こちらを監視をしている様子は無い。

 その内の一人が灯りの点いた家の戸を開けると、下品な笑い声が風に乗って聞こえてきた。


 攫った獲物は既に脱出体勢にあるというのに、相変わらず賊どもは宴会を続けているらしい。


(誰か出てきたな)


 明かりが漏れている建物から、戸を開けた者と入れ替わりに誰かが出て来る様子が見えた。


(うわ、すげぇフラフラしてる…………アイツだ!)


 先程、食事を持ってきた泥酔男だ。


(やべっ! こっちに向かってくる!)


 一応巡視役を担っているのだろう、ふらつきながらゆっくりと此方に歩いてくる。



 ヴヴヴ――ヴヴヴ――。



 俺は、エルミーとの会話に夢中なコアンにバイブで合図を送った。


「ん、どーした…………あいつか!」


 外を確認した訳では無さそうだが、足音で勘付いたのだろうか。

 俺を屋内に引っ込めたコアンは立ち上がって振り向き、エルミーに指示を出す。


「おいえるみー、やるぞ!」


(やる……? やるって、何をだ?)


 外の撮影に集中していた俺は屋内の状況を把握していない。

 二人の話し声は聞いていたが、具体的な作戦内容は解らなかった。


 ただ、会話の内容から目的だけは理解出来た。



 二人は――――――――向かってくる泥酔男を迎撃するつもりだ。



(あれ……エルミー、何処行った?)


 屋内にエルミーの姿が無い様に見えた。

 俺が訝しんでいると、コアンはフリップを開いた状態でスマホ(おれ)を掲げた。


 心許無い明かりではあるが、スマホの画面の光で屋内上部の暗闇が照らされた。

 すると、薄っすらと白いものが浮かび上がる。


 エルミーのセーターとソックスだ。


 彼女はなんと、上部に渡されている、入り口と垂直の方向に伸びる梁の上に立っていた。


 立っている位置は入り口から離れた場所だ。


 そして入り口付近にある、それと平行に渡された梁には縄が括られていた。

 縄はエルミーのもとまで延びていて、彼女はその先端を両手で握っている。


(マジかよ、やれんのか!?)


 エルミーは振り子の原理を利用して泥酔男に一撃を喰らわせるつもりらしい。

 縄が括られている位置は入り口の垂直直線上であり、上手く行けばヤツが屋内に入って来た所でぶちかましをかけられるだろう。

 しかし、見た感じ30キログラムも無さそうな彼女だが、果たして成人した男をノックアウト出来る程の威力を出せるだろうか。


 不安は尽きないが、やるしかない。

 もうヤツは、すぐそこまで迫っている。


 コアンは入り口からほぼ直線上に位置する向かい側の壁に背を預けて座った。

 そしてゲームアプリ『けものピラー』を起動し、スタート画面になった事を確認すると画面を入り口側に向けて床に立てた。


 緊迫した状況に似つかわしく無い暢気(のんき)なBGMが流れる。


 暗闇で目立つ光源を低い位置に作り、上で待機中のエルミーから視線を遠ざける。

 そして入り口から見て真っ直ぐの位置に待機し囮になる事で、目標が左右にズレる可能性を極力抑える。

 今のコアンと俺に出来るエルミーのサポートはこれで精一杯だ。


 異常な脚力を持ち、つい先程は恐らく縄をよじ登り梁まで到達したであろうエルミー。

 身体能力は申し分無いと思われ、自重の少なさをそれでカバー出来れば、或いは高威力の一撃を繰り出す事が出来るかもしれない。

 加えて相手は酔っ払いだ、ちょっとぶつかれば簡単に転んでしまうかもしれない。

 ついでに頭でも打って気絶してくれれば言う事無しだ。


 かもしれない、では不安を拭えない。

 だが運は確実に向いて来ている。


 エルミーの身体能力、

 コアンの機転、

 屋内を支配する暗闇、

 俺という光源、

 そして泥酔したターゲット。


 圧倒的ピンチであったにも関わらず、此処に来てこれ以上無いくらいの好条件が揃った。


(やれるさ……!)



 ――――――信じろ。


 エルミーの力を。


 ――――信じろ。


 コアンの知能を。


 ――信じろ。


 (スマホ)の万能性を――――。




 扉が勢い良く開け放たれた。




「アイ! チャンビスク…………ウン?」


 泥酔男の口から間抜けな声が漏れた。


(よぅ、お義兄ちゃん)


 ほんの数秒、立ち止まっていた彼だが、やがてゆっくりと此方に歩き出した。


(腹ペコな妹たちの世話、お疲れさん。残念だがここでさよならさせて貰うよ)


 彼の右手には骨付き肉、左手には酒瓶らしき物が握られている。


(食べ物か、悪くないな……だが別れ際なら、




 ――――――花を持たせてくれよなっ!)




 俺は――――――バイブを作動させた。


「……ッ! えるみー!」


 コアンがエルミーを呼ぶ、ゴーサインだ。


 この位置で間違いない。

 縄の長さ、エルミーの身長、泥酔男の歩く速さ、二人が交差するまでの時間。

 それらから導き出されるクリティカルポイントが、まるで宵の空に輝く一番星の様にハッキリと見えた。


 上から俺の視界に登場するエルミー。

 足がしっかり伸びた綺麗なフォームだ。


 少し、左に傾いている。


(だがそれで――――いや、それが良い!)


 突如目の前に現れた物体を見て驚いたか、泥酔男の足が止まった。


 考え得る最良の弧を描き、お義兄ちゃんに飛び掛る義理の妹(エルミー)

 彼女が義兄に送ったプレゼントは、



 ――――逆袈裟の蹴りだった。



 エルミーの靴がターゲットの顎を斜め下から捉えた。

 充分な位置エネルギーが加わった遠心力の乗った蹴りは、脳を揺らし意識を刈り取るカマイタチと化した。

 当たり所が悪ければ絶命すらし兼ねない容赦無きエルミーの一撃が泥酔男を気絶させ、膝から崩れ落ちさせた。



 ――――かに思えた。



「グ……アッ!?」


 泥酔男は床に手をつき四つん這いになったが意識は残っている様だ。


 エルミーは残った遠心力に導かれる儘に部屋の隅へと吹っ飛んだ。


(クソッ! まだか……うおっ!?)


 俺の体が宙に浮いた、コアンが拾い上げたのだ。

 彼女は床を蹴り猛然と走り出した。


 そして――――



「――ぅらぁッ!!」



 コアンは、スマホを使った水平チョップを泥酔男の左顎に喰らわせたらしい。

 パキッ、という軽い音と共に、俺の体を異常値の感覚が駆け巡った。


「アガッ!?」

(ぐぁ……ッ! ……寝てろ、馬鹿野郎!)


 泥酔男は素っ頓狂な声を上げ、今度こそ床に伏した。

 嫌な音が鳴ったが俺の体に異常は無さそうだ、しかし彼の顎の骨は折れたかもしれない。


「コアン!」

「やりぃ!」


 手を打つ音が聞こえた、ハイタッチでもしたのだろう。

 吹っ飛ばされた筈なのに異常な復帰の早さを見せるエルミー、きっと愛の成せる業だ。


「ネロクスロビッシュ!」


「おー! やったな!」


 俺を腰紐に挿しながらエルミーと勝利の喜びを分かち合うコアン。


『ネロビッシュ』という異世界語がある。


 駆けっこで一番を取った時、

 ゲームで相手を負かした時、


 集落の子供達は拳を掲げ、この言葉を高らかに叫んだ。


『ネロ』というのは自分を指す言葉だ。

 それに複数形の『クス』が付いているので意味は『自分達』となる。


 そして『ロビッシュ』は、勝利を意味する言葉だ。


 つまり――――



(――――俺達の勝ちだ!)



 だが、まだ終わりじゃない。

 ここから逃げ出さなければならない。


 扉の開け放たれた入り口から、微かに下品な笑い声が流れ込んできた。


(まだバレてない、チャンスだ)


 コアンとエルミーは気絶した泥酔男の体を弄る。当然、戦利品を調達する為だ。

 まるで疲れて寝ている兄に悪戯する妹の様だが、彼女たちは大真面目で略奪中だ。


 剥ぎ取りタイムの成果は、


 刃幅が広く、刃渡り十センチ程ある革鞘の付いた片刃のナイフと、巡視の際に使用するため身に付けていたであろう未灯火のランタンに、フリントの付いた小型の着火装置、


 そして――――


「つよそーだな、これ」


 コアンは、泥酔男の体から革製のコートを引っぺがした。


(今までのよりは防御力に期待出来るかもなー)


 コアンは戦利品の防具を気に入った様だ。

 だが早速身に着けるかと思いきや、それを床に放り投げてしまった。


 そして、自らが着ていたファー付きのローブを脱ぎ、エルミーに渡した。


「えるみーそっちなー」


 ローブを受け取ったエルミーは早速羽織り、満面の笑顔で「フランクス」と、礼を言った。


 放り投げたコートを拾いあげ、羽織るコアン。

 重量に不満があるようだが脱ぎ捨てる気は無さそうだ。


 コアンはナイフと小型着火装置をコートのポケットに入れ、エルミーはランタンを持った。


「おし、ちんどばっく!」


(『ティ』ンドバックな……)


 コアンはオーバーサイズのコートの裾をズルズルと引き摺りながら、エルミーと共に脱走を開始した。

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