EP.4 - 4
【先週更新分のあらすじ】
雪が降り積もった集落で戯れるコアンとエルミー。彼女らの目の前に元の世界の動物である狐と同じ姿をした『ニアー』が現れた。それを追って森の中へ消えて行ったエルミーを追いかけたコアンは、エルミーと共に人攫いに捕まってしまった。
森の中で人攫いの賊どもに捕らわれてから随分と長い時間担がれていた。
蹴りを入れられた拍子にカメラがコアンの腰紐で隠れてしまい、視界を確保出来ないままコアンを担いでいる男の肩で揺られ続けた。
辿り着いた場所はどうやら賊の根城の様だった。
道中では残念ながら聴覚での情報しか得られず、此処までの道程を把握出来る状態ではなかった。
コアンやエルミーがそれを覚えてくれていれば良いが、「丁重に扱え」だの「お客様は神様だぞ」等と、置かれている状況を理解しているかすら怪しい言葉を喚き散らし続けていたコアンにはあまり期待できそうも無い。
新雪を踏み締める音、
草を分ける音、
木々のざわめき、
それらから察するに、此処は延々と森の中を歩き続けた末に辿り着いた場所だ。
賊が根城にしているのは、森の中の隠れ家であろう事が推測される。
「うぅぅ~……はらへったぁ……」
(暢気なもんだな……賊に捕まってるってのに)
此処に辿り着いた当初は随分喚き散らした。
だが時が経つに連れてコアンの声は弱々しくなっていき、代わりに彼女の腹の虫が騒ぎ立て始めたのだった。
「えるみぃ~、おきてるか~?」
「クゥ~……」
力無いエルミーの声が返ってきた。
『クー』は日本語の『はい』に対応する言葉で、その逆は『ティー』である。
コアンに名前を呼ばれたので、とりあえず返事をしたといったところだろうか。
エルミーは大袈裟には騒がず、ずっと啜り泣いていた。
大声を上げる勇気を恐怖心に奪われ、声を殺して泣く事しか出来なかったのだろう。
そして今、空腹によって泣く気力すらも奪われて静かになってしまった彼女を心配して、コアンは声を掛けたのだと思われる。
(くっそ~、元の世界なら警察でもなんでも呼べるのに……)
何とか彼女達を助けてあげたいのだが、今の俺に出来る事といえば大きな音を立てて近くにいる誰かに居場所を伝える事くらいだ。
そこに信頼できる人間が居れば良いが、どう考えても敵地の真っ只中なので泣き喚く子供と変わらぬ役立たずでしかない。
(とりあえず、スカートの中からは出たいなぁ)
何が出来るかは分からないが、周りの様子を確認しておきたい。
バイブを作動させれば怒ったコアンがその辺に放り投げてくれるだろうか。
ヴヴヴ――ヴヴヴ――
「ぬ……いたずらするな、ばかっ!」
ダメ元で震えてみたが、コアンはもぞもぞと動いて嫌がっただけだった。
(無理だよなぁ、縛られてるもんな……)
恐らく彼女は後ろ手に縛られているのだろう。
そして場所を移動する様子が無い事から、何処かに括りつけられていると思われる。
(どうしたものか……っと、誰か来た!)
木の板を打つ靴の音が聞こえ、次いで扉の開く音が響いた。
(二人……かな、足音の間隔が不定だけど数が少ない)
現れたのは間違いなく賊どもの仲間だろう。
人攫いの目的と言えば、攫った人物を利用しての取引というのが相場だ。
だが田舎の集落の子供を人質に身代金をせしめるというのは、どうも違う様な気がする。
であるならば、人身売買だろうか。
(その線が濃いか……何にせよ、ひでぇ話だ)
彼らの計画は大体想像がついた。
では彼らが今、此処に現れた目的は何だろうか。
野太い声の男が口火を切る。
「……インタンク?」
(…………「どっちだ?」だな)
彼の質問が何を指しているのかは明白だ。
コアンとエルミーのどちらか、という質問を仲間にしているのだ。
嗄れた甲高い声の男が質問に答える。
「エマーコノクーチロステーリオジョシャンクエミブホック」
(ちょ、めっちゃ早口……)
甲高い声の男は早口で、言葉が聞き取り辛かった。
だが、
『クーチロステーリオ』
は、聞き慣れた言葉であったので理解することができた。
コアンの傍で何度も聞いた
『クーチロステーリオ』
という言葉は、
『クーチ』『イロステ』『へリオ』
という三つの単語が合わさった熟語だ。
早口なので単語間の境目が曖昧になっている。
それぞれの意味だが、
『クーチ』は耳、
『ヘリオ』は尻尾、
そして『イロステ』は、
等位接続詞『and』と同じである。
彼が『耳と尻尾』について話している事が解った。
「………………インタンク?」
野太い声の男は何故か先程と同じ質問をした。
(難聴キャラかよ)
異世界語ビギナーの俺でも多少は理解出来た。
にも関わらず聞き返せねばならなかった彼は、どれだけ耳が遠いのかと呆れてしまう。
靴が床を打ち、軋ませる音が数回鳴る。
「アッ…………エイン……?」
エルミーのか細い震え声が聞こえた。
(エルミー!? おいクソ野郎! 何かしやがったらタダじゃ済まねぇぞ!)
――――何がどう済まないというのだろうか。
動画を撮ってネットで炎上でもさせるか?
この世界にはSNSなんて無いのに。
――――エルミーが小さく悲鳴を上げる。
(ちくしょう! スマホってのはホント役に立たねぇなクソッ!)
女の子が酷い目に遭っているのに震える事しか出来ないとは、スマートの名が聞いて呆れる。
「オーフェン」
『オーフェン』は遠くを指す言葉だ。
(クソッ……どっか行くならさっさと行けよチクショウ!)
甲高い声の男が『オーフェン』と言った後、足音がこちらに近付いてきてコアンの目の前で止まった。
「おい、やめっ――あだだだだだだだだ!」
(お嬢に手を出すなあああああああ! このロリコン犯罪者ああああああああああ!)
一体何をされたのだろうか。
コアンの痛みを訴える声に不安が募る。
「みみひっぱるなよ、ばかぁー!」
どうやら耳を乱暴に扱われたらしい。
(あ、そうか……そういう事か!)
男達の最初の問答を思い出した。
彼らは
『どっちだ?』
という質問に
『耳と尻尾』
と回答し、それに対し再度
『どっちだ?』
と質問した。
コントの様な会話内容に呆れてしまったが、この会話には重要な情報が含まれていた。
『耳と尻尾』という回答。
これは恐らく、攫うターゲットの特徴だ。
つまり、彼らは最初からコアンを攫うつもりだったのだ。
しかし実際にはエルミーを攫って根城へ帰ろうとしていた。
何故なら彼女にも耳と尻尾という特徴があったからだ。
彼らはエルミーの付けたアクセサリーを耳と尻尾に見間違えた、若しくはそういうアクセサリーを付けた人物がターゲットなのだと勘違いしたのだ。
そして、彼らは追跡してきたコアンと遭遇する。
彼女にも耳と尻尾という特徴があった為、襲い掛かり捕まえた。
二人のケモミミ娘を連れ帰った彼らは、彼らのボスか依頼主である甲高い声の男にターゲットがどちらであるかを判断して貰おうと此処に現れたのだ。
恐らく甲高い声の男は、エルミーが付けているケモミミを模した髪飾りを調べた。
遠目では垂れたケモミミと見紛う事もあるだろうが、近付いて手に取りでもすれば偽者だと直ぐに解る。
エルミーのケモミミが偽者だと解った甲高い声の男はコアンがターゲットであると野太い声の男に伝え、念の為コアンの耳も調べた。
これが今に至る経緯だ。
野太い声の男が溜息を吐き、次いで言葉を発した。
「ニーレンジーク……ニアー、イロステエンジーク」
その言葉に甲高い声の男が「クー」と答えた。
(『ニアー』と『エンジーク』で『ニーレンジーク』、そういう意味だったのか……)
狐の女性聖職者、或いは『狐巫女』がニーレンジークという名前の正体だった。
恐らく造語なのだろう、野太い声の男は頭があまり回らないのか、今まで由来に気付かなかった様だ。
(狐巫女を誘拐して高く売ろうってか、反吐が出るぜ……出ないけど)
誘拐されて中身を安く売られたり改造手術を施されたりという事例が後を絶たないスマホとしては、強い憤りを感じずにはいられなかった。
賊の男達は用が済んだのか、外に出て行った。
「あぁぁ~、はらへったぁぁぁ~」
「ハラヘッタ~……」
男達が去り緊張が解れたか、空腹を訴えだすコアンとエルミー。
それどころではない気もするが、多少心に余裕がある様で安心した。
(しかし、ハラヘッタはちょっとな……エルミーには、もう少し上品な言葉を教えてやりたい)
日本語講師がコアンしか居ない現状が悩ましい。
(まあ、もっと悩ましい現状が今ここにあるんですけどね……)
何とかして此処から脱出しなければならないのだが、何か手立てがある様には思えない。
此処に居る者の中で唯一拘束されていない俺が何とかするしかないのだろうが、スマホには移動手段すら無いのだ、どうしようもない。
(バイブの振動を利用して床を移動……いや、無理無理)
スマホとケースの重量を振動だけで動かすのは実質不可能である。
此処から逃げられなかった場合、どうなるのだろうか。
賊のターゲットはコアンだった。
ではエルミーの処遇はどうするのか。
ターゲットではなかったとはいえ、犯罪者が目撃者を逃がす訳がない。
コアンと一緒に売るか、それとも
――――口封じの為、殺すか。
(くそっ……何とかなんねぇのかよ! 魔法とかあるだろ、異世界なんだから!)
しかし今まで魔法らしい魔法を見ていない。何ともリアル志向な世界だ。
異世界に夢を見過ぎていた、現実は非情である。
焦りと、やり場の無い怒りで体を震わせていると、コアンが俺に話しかけてきた。
「わーかってるよ、ちょっとまってろって」
何を解ったというのだろうか。
俺が訝しんでいると、コアンは身動ぎをしだした。
暫くすると俺は彼女の腰辺りからズリ落ち、スマホの角で床を叩く。
(痛てっ! ……まだスカートの中か)
腰紐の束縛からは逃れられたが、未だ暗いスカートの中に閉じ込められている。
コアンは恐らく俺を外に出したいのだと思われる。
目の前でもぞもぞ動く彼女の足が俺の位置を特定し易い様、断続的にバイブを作動させる事にした。
「ぐぬ~、ちっとはじぶんでうごけよなぁ……」
(スマホなんだから仕方ないだろ、無茶言うな)
コアンは身動ぎを繰り返し、やがて俺はスカートの外へと導かれた。
(出られた!)
スカートの外は、暗かった。
天井の様子が辛うじて見えるが、木造の建物である事以外は解らない。
外からの光が殆ど無い事から、もう陽が陰り始めていると推測される。
「おーし、でてきたなぁ~?」
コアンは足で器用にスマホを裏返し、フリップを開く。
俺は視覚をインカメラに切り替え、光源を得て少しだけ明るくなった屋内を改めて見た。
(ボロいな……廃屋かなぁ)
天上の細部を注意深く見ていると、エルミーの声が聞こえてきた。
「コアン、エイナンク?」
コアンは何をしようとしているのだろうか。
それについてはエルミー同様、俺にも解らない。
「えるみー、しずかにっ」
掠れ声でエルミーに注意を促すコアン。
意味が解ったのだろうか、エルミーは「クー」と答えた。
「にゅっふっふ……だっしゅつだっ」
コアンの自信有り気な声が、スマホの灯りでぼんやり明るくなった屋内に響いた。




