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EP.4 - 3

 異世界で初めて出会った四足歩行の狐は此方をジッと見つめている。


 全体的に茶色い毛並ではあるが、良く見ると耳の先や足の下半分は黒い毛で、下顎から腹にかけては白い毛といった具合の配色で、やはり何処からどう見ても狐だった。


 黙って狐を見つめ返すエルミー。

 コアンは狐が嫌いなようだが、彼女はどうなのだろうか。


 暫く静かな睨み合いが続いたが、ついにエルミーが口を開いた。


「ニアー……」


 彼女の呟いた言葉は、異世界語だろう。

 聞いた事がある様な気はしたが、その意味を理解するまでには至っていない。


 しゃがんでエルミーの尻尾を弄り始めたコアンは、


「えるみー、あいつどくだからなー、かまうなよー?」


 諭すように、そう言った。


 しかしエルミーは狐が気になって仕方ない様だ。


「コアン、アレ、ニアー」


『アレ』は、多分日本語だ。

 勉強熱心なエルミーの事だ、代名詞くらいは既に網羅しているのだろう。


「にゃーは、ねこだろ~?」


 折角エルミーが異世界語を教えてくれているというのに、バカ(ニアー)は眼前の尻尾を弄りながら雑な返答をする。


(そーですね……)


 コアンのボケは放っておくとして、アレはどうみても狐だ、しかし文化が違えば呼び名も異なるだろう。

 この世界での狐の名は、フォックスでもルナールでもなく『ニアー』であったという訳だ。


 これまで動物とは何度も遭遇したが、それらは少なくとも俺にとっては未知の動物であった。


 ウィオンは鳥類と思しき形状だが酷似した鳥に心当たりは無かった。

 森で出会った数々の動物達も、どことなく元の世界の動物の面影はあるが全く同じであるとは言えない姿をしていた。


 しかし目の前にいる生き物は正真正銘の狐だ。


 元の世界と異世界の動物が共存していると仮定して、そんな状態になるにはどの様な過程を経る必要があるのか考えてみた。



 この異世界は元の世界を模した世界である、という可能性がある。



 その場合、世界が作られた段階では元の世界と同種の動物しか存在しない。

 しかし長い年月が経ち、動物達の進化の過程で元の世界と差異が生まれ、一部、或いは大多数の動物が異世界独自のものに変わっていったとすれば、理屈は通る。


(此処は、平行世界の地球なのかな……)


 俺は太古の昔に枝分かれした平行世界に転生したのだろうか。


「はぁ~……おいえるみー、あいつにかまうな!」


 俺が理屈を捏ね繰り回している間はエルミーの尻尾を弄繰り回していたコアンだが、やがて溜息混じりに立ち上がり再度エルミーを諭した。


「コアン、トモダチ」


 エルミーが狐を指差して言う。

 順調に日本語を覚えているようで頼もしい限りだ。


「ともだちじゃないぞ……」


(だろうな……毒呼ばわりするくらいだしな)


 毒というのはエキノコックスの事だろうか、それとも異世界狐特有の毒でもあるのか。


「あっ! いくなって、ばかえるみー!」


 エルミーが狐に向けて駆け出した。

 コアンが声を掛けるが残念ながら彼女は止まらない。


「トモダチ!」


「ともだちじゃないんだけどなー」


 そう言って溜息を一つ吐くと、エルミーを追いかけだすコアン。


 狐を追うケモミミコスプレ娘を追う狐娘。

 平和な光景に見えるが、割と危険な状況だ。


 逃げる野生動物に追いつけるとは思えないが、相手がいつ反撃に転じるか知れないし、毒を持っているという情報もある。




 コアンには野生の力を発揮して貰って、さっさとエルミーに追い付いて欲しいところだが――――――




(なんてこった……)


 エルミーは狐を追って森の中に消えてしまった。


「くっそ~……あいつ、おかしーだろ……」


 異常な脚力だった。

 コアンから逃げていた時は力を抑えていたらしい。


「はぁ~……しょーがねーなー」


 立ち止まり膝に手をついて呼吸を整えていたコアンだが、改めて走り出し森の中へと入っていく。


 雪が除けられ形成された道は森の奥まで続いているようだ。


 コアンは雪道を走る。

 エルミーの足跡が残っているので追跡は容易だ。



 容易なのだが――――



(何か、嫌な予感が……)


 足跡はしっかり残っている。

 これを辿ればエルミーに会える筈なのだ。



 ――――筈なのだが、コアンの様子が変だ。



「えるみぃぃぃぃぃぃぃ!」


 唐突にエルミーの名を叫んだコアン。


(ど、どうしたんだ……?)


 体力の消耗が激しいのだろう、かなり息が上がっているが、コアンの走る速度は落ちるどころか速まっている様に感じた。


 彼女は何かを察知した。

 エルミーの身に何かが起きたと思わせる様なものを、彼女は感じ取った。


 その何かとは、恐らく声だ。


 コアンは聴覚が優れている。

 俺が聞き取れなかったエルミーの声を、彼女は聞いたのだ。


 それは悲鳴か、助けを呼ぶ声か。


 何らかの声を聞き、エルミーの危機を察知したコアンは森を駆ける。


「ばかえるみぃぃぃぃぃーーーー!」


 もう一度、コアンはエルミーの名を叫んだ。


 しかしエルミーの返事は無く、コアンの激しい息遣いと心臓の鼓動、そして足音が俺の心を掻き乱すのみだった。




 ――――森の、随分奥まで来てしまった。




 いつの間にかエルミーの足跡は無くなっていた。

 いや、無くなっていたというより――――


 ――――分からなくなっていた。


 ある地点から地面の足跡が突然増えて、

 エルミーの足跡がどれか分からなくなった。


「えるみぃ~……」


 体力の限界が来てしまったらしく、コアンはついに立ち止まってしまった。


 除雪されて出来た道からは既に外れてしまっている。

 突如現れた複数の足跡が道を外れていたからだ。


(ヤバイぞこれ……引き返さないと)


 雪深い道無き道をこのまま行けば遭難は必至だ。

 一旦集落に戻って助けを呼ぶべきだろう。


 何とかそれを伝えられないかと、俺はバイブを作動させてみた。


「ぶるぶるするな! すててくぞ!」


 叱られてしまった。


 コアンは明らかに苛立っている。

 焦りがそうさせているのだろう、エルミーの身に一体何が起こったというのだろうか。


(伝わらないか、参ったな……)


 他に何か方法はあるだろうか。

 まだ昼間なので日の入りまでの時間は多少あるが、エルミーの事もあるので早急に手を打たねばならない。


「…………ん? だれだ?」


 コアンがいち早く周囲の異変を感じ取った。

 狐センサーはスマホ顔負けの超高性能だ。


(おっ、人が居るのか! 助かった!)


 がさがさと音を立て、複数の人間が近付いてくる気配がする。


(誰だか解らないが、何とか事情を説明して保護して貰って、エルミーも探して貰おう……取り合えず良かった)


 人影が見えた。

 近付いてくるのは複数の大人で、雪道に慣れているのか足取りはしっかりしている。


「――――ッ!? えるみー!」


(えっ? あ、ほんとだ!)


 近付いてくる大人の一人が子供を担いでいる。

 服装からして、間違いなくエルミーだ。


「コアン! デオタリィ!」


 エルミーの声だ。

 担がれているが意識はあるらしい。


(無事か、良かった……デオタリィって何だ?)


 聞き覚えの無い異世界語だった。

 かなりの数を覚えたつもりだったが、異世界語マスターまではまだまだ遠いようだ。


「デオタリィーーーーーー!」


「ばかえるみ――――ッ!?」


 エルミーの第二声に弾かれたかの様に、大人達が突然走り出した。


(何だこいつら、見覚えの無い顔ぶれ……って、まさか!?)


 迫り来る見覚えの無い大人達。

 子供と相対しているというのに笑顔一つ見せず猛然と向かってくる彼らの目的が、決して良いものでは無いと俺は確信した。


(マジかよ、人攫いじゃねーか!?)


 あっと言う間にコアンを取り囲んでいく人攫いと思しき大人達。


「ぐあ――ッ!」

「ウッ!?」


 コアンを取り囲んだ者たちの一人が、あろう事か間髪入れずコアンの腹に拳を滑り込ませてきた。


 俺の体に衝撃が走る。


(く……ッ! クリーンヒットだ、ざまぁみろ馬鹿野郎!)


 コアンの腹には俺が居た為、どうやらパンチをくれた不届き者にもダメージが入ったようだ。

 だがパンチの威力を殺しきる事は出来ず、コアンは仰向けに倒れてしまった。


「ぐ……あぅ……」


 腹を抱えて蹲ってしまうコアン。

 体力の限界が来ていた上にダメージまで負ってしまった、最早逃げ出す事など出来ない状態だ。


「うぁ……は、はなせばか……! なんだおまえらー!」


 コアンは体勢を立て直す間も与えられず、早々に担ぎ上げられてしまった。


(やべぇよ! どーすりゃいいんだ!)


 スマホの俺には抵抗する術が有る筈も無く、バタバタと暴れるコアンと共に何処かに連れられてしまうしか無かった。

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