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EP.4 - 1

「なんだあいつ……」

(何だアイツ……)


 夕食を済ませゲームで遊んでいたコアンは、

 目の前で起きた出来事に唖然としていた。




 春の訪れはまだ先であろう事を感じさせる底冷えする夜、教会に来客があった。


 夕食後の厨房に現れたその客は、

 人目も(はばか)らず大声でキースの名を呼んだ。

 そして厨房中程までずかずかと歩み進んで、食器を片付けている最中のユーシィを一瞥し鼻で笑った。


 その後、コアンの向かいに座るキースの背後に回り、


 ――――抱きついた。




(いや、マジで何なんだよコイツ)


 あまりの珍客っぷりに適当な表現が見つからず困惑する。


「なにこのおばさん……」


 ゲームに夢中だったコアンも思わず凍り付く程のインパクトだ。


(おばさんって程では……まあ片足くらいはその領域に突っ込んでそうだけど)


 歳は、キースよりは若いと思われる。

 身長はキースの肩程、170センチ弱だろうか。

 ブラウンベージュのウェーブがかかったロングヘアーは後ろで複雑に編み込まれアレンジが効いている。


「けばけばおばさん……」


(そのおばさんっていうの止めなさいって……確かにちょっとケバいかな)


 かなり念入りに化粧をしているようだ。

 凝った髪型といい、まるでこれからパーティーにでも行くかの様な気合いの入り様だ。


(っていうか、あの服はまさか……)


 見覚えのあるコーディネートだった。


 袖口の広い白のブラウスに

 プリーツが入った赤のロングスカート、

 どう見てもエンジークの衣装だ。


 しかしユーシィの着ている様な、

 シンプルなデザインのものではない。

 刺繍が施されていたり飾りが付いていたりと、

 兎に角(うるさ)い感じがするデザインだ。


(エンジークって、聖職者で合ってるよなぁ……?)


 最初に見た聖職者がキースだっただけに、

 その後に続くエンジーク達とのギャップが有り過ぎて、何だか自信が無くなってきた。




 そんな派手好きおばさんのお目当ては、

 誰がどう見てもキースだ。


 キース優良物件説の信憑性が跳ね上がる。


 ケバケバおばさんは確かにケバい。

 だが顔立ちは悪くない様に見え、

 基本スペックの高さを窺わせる。


 ハイスペックな女性二人に想いを寄せられるキース。

 彼がどれ程の魅力を秘めているのか、

 別世界の道具如きには計り知る事が出来ない。


(……あれ、キース?)


 キースの表情が強張っている。

 表情が硬いのはいつもの事だが、

 今の彼は硬いと言うより――――固まっている。


「エンジーク、ミノーグ……」


(やっぱエンジークなのか……)


 前例から察するに、

 キースは彼女をファミリーネームで呼んだと思われる。


「キース、エスティホークスェイゾ」


(似たようなやり取り、前に見たなぁ……)


 キースとユーシィの再会シーンがあまりに印象的だったのでハッキリと覚えている。


 ケバケバおばさんの『名前』は『エスティ』なのだろう。


 キースは恐る恐るといった感じで(おもむろ)に席を立つ。

 すると、彼の背後から抱きついていたエスティは、その腕にすり寄り両の腕を絡めた。


(粘っこいなぁ……)


 濃厚なスキンシップを見せつけられドン引きする。


 コアンは二人のやり取りに興味が無い様で、

 ゲームを再開して俺を左右に傾けだした。


 問題はユーシィだ。


 丁度俺の視界から外れていて姿は見えないが、

 彼女が居るであろう方向から

 小刻みなカチャカチャという音が聞こえる。


(これは……修羅場か)


 ユーシィの手が震え、

 持っているであろう食器類が揺すられ、

 それらが打ち鳴らされ音を立てているのだ。


「…………マークェイ」


(はい、地雷踏んだ~)


 明らかに様子がおかしいユーシィ。

 キースは彼女を気に掛け思わず名を呼んだ。


 他人を気遣う優しさを持つキースだが、

 残念ながら地雷原を察知する能力は

 持ち合わせていなかった様だ。


 彼は今このタイミングでユーシィをその名で呼んではいけなかった。


「――――――ッ!」


 ユーシィの息を呑む音がハッキリと聞こえた。


 食器の発する音が荒々しくなる。


(ユーシィ、食器に罪は無いからね……?)


 怒りに任せて食器を床に叩きつけでもしたらどうしようかと考えていたが、杞憂に終わった。


 ユーシィは食器を片付け厨房を出ていく。

 その姿を見送るエスティの笑い声が微かに聞こえた。


(こいつ、マジ何なんだよ……)


 コアンの操作でゆらゆら揺れる視界。

 俺はそこに映る得体の知れない人物に明確な嫌悪感を抱いた。




 ――――翌朝、食卓にエスティの姿があった。




 キースの横に図々しく座るエスティ。

 ユーシィは彼女をどの様な表情で見ているのだろうか。


 俺は現在視界を塞がれている。


 コアンは食事の最中、

 俺をテーブルの上に置く事が多い。

 今はアウトカメラが天板側であり、

 フリップは閉じられている。

 視界の確保が不可能な、

 テーブルの天板とフリップの板挟み状態だ。


 しかし、寧ろそれで良かったと思っている。


 もし仮に俺が人間としてこの食卓に付いていたら、顔を伏せて周りを見ないようにしていただろう。


 この場の空気は、それ程迄に重々しかった。


「ユーシィ、ナトゥジーノアイガス」


「…………フランクス」


 エスティは気さくに話しかけている様だ。


 だがユーシィが返す言葉は感謝の意でこそあれ、その声色はいつもの可愛らしさが全く無い。


「……アイガス」


「………………フランクス」


 キースの言葉にも同じ調子で返すユーシィ。


(誰か俺を此処ではない何処かへ連れてってぇ~!)


 重苦し過ぎて居心地は最悪だ。

 コアンは平然と食事をしているみたいだが、

 俺ではきっと彼女の様にはしていられなかっただろう。


(これからずっとこんな感じなのかなぁ……)


 エスティが訪れた昨晩、彼女の従者であろう人達が沢山の荷物を教会に運び込んだ。


 彼女はこの教会で寝泊りをする事にしたらしく、

 以前コアンが使用していた角部屋を陣取った。


 この集落で彼女の姿を見かけた事は一度も無い。

 恐らく昨日此処に辿り着いた移住者なのだろう。

 キースやユーシィの知人である事から、

 同じ地域に以前住んでいたと考えられる。


(もしかしてキース……彼女から逃げる為に此処に来たのか?)


 昨日の強張った表情から察するに、

 彼はエスティに対して良い感情を抱いていない。


 以前住んでいた場所で同じ様に迫られ、

 困った彼は逃げる様にこの集落へと移住した。

 だが彼が学者達を此処へ呼び付けたという噂が流れ、それを聞いたエスティは彼を追って此処を訪れた。


 ――――こんなところだろうか。


(モテる男は辛いねぇ)


 キースの心境を思うと悪し様に言う気にはなれない。


 だがそれはそれとして、

 彼の態度には少し思う所がある。


(拒否するならさっさとしないと、昼ドラ展開まっしぐらだぞ)


 見た目は屈強そのものだが、

 きっと気が弱いのだろう。


 彼は自分を追ってきた女性二人を前に、どう立ち回るのだろうか。


 テレビドラマなら次回をお楽しみで済む。

 だが残念ながら現実に起きている出来事で、

 修羅場の間近に俺は居る。

 何とか平穏無事に解決して欲しいものだ。


「は~、くったくった!」


 重苦しい空気を物ともしないコアン。


 食事を終えた彼女は俺を手に取りフリップを開く。

 目的は当然、例のカーアクションゲームだ。


 正直に言ってあまり気は進まなかったが、

 情報収集をサボってはいけないと思い、

 ゲームアプリを起動する前にアウトカメラへ視覚を移して修羅場の観戦をする事にした。


 テーブルの上で左右に揺れる俺の視界。

 そこにはこちらを見つめるエスティの姿が映っていた。


「キース、リーエンイミシェーイン?」


「…………コアン」


 エスティはキースにコアンの名前を聞いた。

 つまり彼女の興味がこちらに向いた事になる。

 得体が知れず印象も良くない彼女とは出来る限り関わりたくない。

 そう考えていた俺にとって、あまり都合が宜しく無い状況になってしまった。


「コアン~~」


「ん~?」


 コアンはエスティの呼び掛けに返事をしたが、

 ゲームを止める気は一向に無い様だ。


 暫く黙ってテーブル越しにコアンを見ていたエスティ。

 だが痺れを切らし席を立ち、

 テーブルを迂回してこちらに歩いてきた。


「コア~ン、エ~イナ~ンク~?」


 甘ったるい声を出しながらコアンに近付いてくるエスティ、不気味だ。



 ちなみに『エイナンク』とは、


『エイン』という、

 物事に対し、それが何であるかを尋ねる時の言葉。

『アンク』という、

 動作等の最中である事を示す言葉。


 この二つが合わさった言葉である。


 つまり、日本語に訳すと

『何をしているのですか?』

 と、なる。



「――――ッ!?」


 俺の視覚外、恐らく真後ろからエスティの驚く声が聞こえた。


(スマホ見るの初めてだろうし、そりゃ驚くよな)


 誰かに興味を持って貰えるのは嬉しい。

 だが、このケバケバおばさんは別だ。

 今の状態では信用に足る人物とは到底思えない。


 関わっても問題無い人物かどうかを判断し、

 それから俺を扱わせたいところだ。


 彼女が問題のある人物だと分かり、

 その上で俺が彼女の手に渡ってしまった場合、

 俺は彼女から離れなければならない。


 スマホの身では、自ら彼女のもとを去る事は出来ない。

 だが、彼女に俺の所有権を放棄させる方法はある。


 俺には、スリープモードに移行して操作をブロックするという技がある。

 たとえ彼女が俺の操作方法を理解したとしても、思う様に操作出来なければその内飽きて手放すだろう。


 運は絡むが、俺は所有者を選ぶ事が出来る。


 俺が徳を積めるかどうかは所有者の行動次第だ。

 慎重に選ばなければならない。


「かさないぞ~?」


(よし、ナイス!)


 スマホ依存症のコアンから完全に警戒されたエスティ。

 強引に奪われでもしない限り、

 俺が彼女の手に渡る事は暫く無いだろう。


 一時的にエスティから解放されたキースの様子が気になった。

 腕を組み、俯きながらしかめっ面をして何かを考えているが、逃亡計画でも練っているのだろうか。


(会話さえ出来れば相談に乗ってやれるのに……)


 異世界語を覚えても出力する方法が無い。

 随分前から何とか出来ないかと考えてはいるのだが、良い方法を発見出来ずに今日に至る。


 コアンを世話してくれている彼の悩みを何とか解決してやれないかと考えていると、ガリガリと硬い物を削る音が聞こえてきた。


 食後になると偶に聞こえてくる、

 ユーシィがデザートを用意している音だ。


 夏に避暑地として良く利用していた森に、

 小高い丘を掘って作られた氷室がある。

 しっかり管理されている様で、

 氷が絶える心配は無さそうだ。


 氷は主に食品の冷蔵や冷凍用として用いられる。


 厨房の床下に深く掘られた穴があり、

 其処が冷凍庫の役割をしているようだ。


 ユーシィはカキ氷器に似た道具で硬い物を削っているのだが、それは只の氷ではなく冷凍された果実である。


 皮を剥かれ冷凍された果実の消費方法は、

 解凍せず細かく削ってシャーベット状にするのが此処での主流らしい。


「コアン、アズクォエイゾ」


 ユーシィはオレンジ色のシャーベットが入ったグラスを、ゲームに夢中なコアンの前に置いた。


「……おっ? ふらんくす~」


 多少は勉強の成果が出ているらしく、

 コアンは異世界語で感謝の意を表した。


 すると、ユーシィはクスリと笑った。


 コアンに異世界語で感謝された事が嬉しくて笑みがこぼれた――――のであれば、只の微笑ましいエピソードだ。


 だが俺は、彼女の小さな笑い声の中からギラリと光る細針の先が覗いている事に気付いた。


 コアンはユーシィに感謝の意を表した。

 しかし、出会ったのが昨日の今日なのだから当然ではあるが、エスティに対しては素っ気ない態度だ。


 謎の言葉を語る不思議な狐娘。

 キースが彼女に並々ならぬ興味を持っている事は明白だ。

 そうでなければ態々(わざわざ)他所から人を呼びつけてまで話す言葉を理解しようとは思わないだろう。


 そのコアンとの関係が良好であればある程、

 キースとの繋がりも強固なものとなる。


 先手を打ったのはエスティだろう。


 キースが学者達を呼んだ理由も、

 噂話の中に含まれていたに違いない。


 早速コアンとの関係を築こうと行動に出たエスティを牽制する為、ユーシィの打った後手がシャーベットだ。


 既にコアンと良好な関係である事を示し、

 か細い笑い声に忍ばせた針でエスティをチクリと刺したユーシィ。


 キースがこちらを見ている。

 口が半開きの状態で強張った彼の表情が、

 エスティの現状を物語っている。


 コアンを挟み刃を交えた二人の女。


 戦いは、既に始まっている――――――。

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