EP.4「冬、男と女の大決戦」
【先週更新分のあらすじ】
静電気に因る発火現象で尻尾が一部焼けてしまったコアン。静電気発生の原因であるスマホのアイザックに近付こうとしない彼女に代わりユーシィがアイザックの所有者となる。尻尾の炎上、そして異世界語レッスンの開始によりストレスを溜めたコアンは、集落から逃げ出してしまった。日が暮れるまでコアンの捜索を続けたユーシィ達は、集落からそう遠くない廃村で無事コアンを見つける事に成功したのだった。
狐の大脱走事件から半月程経過した。
俺は既にコアンの手の中にある。
ゲームがやりたくて仕方ない彼女は、
スマホ無しの生活が耐えられなかったらしい。
スマホという麻薬に依存させ、
狐娘の隷属化に成功した俺。
起床時間を縛り、
両手の自由と時間を奪い、
視界を侵し続ける。
そんな俺は彼女の支配者と言えるだろう。
――――未だ粗雑な扱いをされ続けている事に目を瞑れば。
大脱走事件の原因の一つだったであろう
コアンの尻尾はすっかり元通りになっていた。
なっていたのだが――――――
(おかしい、どう考えてもおかしい)
ベッドでうつ伏せに寝転がり、
毛布に包まってスマホを弄るコアン。
ゲームアプリで遊ぶ彼女の顔を眺めながら、
俺はとある疑念に悩まされていた。
彼女の尻尾は以前と変わらぬ姿になった。
だがそれは、一ヶ月掛けてゆっくりと元通りになったのではない。
回復に要した時間はたったの二日。
火によって無残に抉られた尻尾は、
その短い期間で元の立派な姿に戻った。
代謝が活発だとか、そんなレベルでは無い異常な現象が起こったのだった。
盛大に転んで擦り傷を作っても、
数分後には何事も無かったかの様に走り回る彼女。
それは逞しさの表れなのかと思っていたが、
どうもそれだけでは無いらしい。
実は彼女、昨日も転んで顔に擦り傷を作った。
だが翌日の朝食後である今現在、その傷は細かい瘡蓋が少し残っている程度にまで回復していた。
(異常な再生能力……チート能力なのかな)
異世界転生疑惑があるコアン。
超再生能力が転生の際に付与された能力であるのならば、俺にもそれが備わっている可能性がある。
異常な耐久性能を誇る転生後のスマホボディ。
それに加えて再生能力まで備わっていたとしたら、最早無敵――――紛う事無きチートである。
(有り難いと言えば有り難いけど、エンディングが遠くなるなぁ)
不死よりはマシだが、
容易に死ねないのも如何なものか。
安易な転生が許されない一方通行の異世界ライフはどれだけ続くのだろう。
冬に耐え、出会いと別れの春を待つ今、
芽吹きを待つは幸か不幸か。
一年経ったら何か変わるだろうか。
この世界と別れ、真歩ちゃんと再会してめでたく春を迎える事は果たして出来るのだろうか。
枷と化して身を縛る不安。
だがそれは、気を急き立て背を押す追い風とも成り得る。
焦りとも捉えられるが、
不安を理由に踏み出す一歩も『前進』だ。
百年後でも千年後でも、
愛しいあの子に会えると思えば遠くは無い。
だが一日でも一時間でも一分でも、
それを縮める努力は続けよう。
(努力なぁ……)
女の子とゲームで遊ぶ事が努力なのかと考えると、ついつい悩んでしまう。
コアンが今遊んでいるゲームアプリは、アイテムを回収しながら障害物を避けてゴールを目指すカーアクションゲームだ。
スマホを横にして持ち、車のハンドルを操作する様にして自機を動かす。
特定のアイテムを一定数取得するとビームを放つ事が出来、障害物を避けずに破壊して進む事も出来る。
両手が塞がる為にビームの使用は画面の操作だけでは無く音声でも行なう事が出来る仕様となっているが、殆どのプレイヤーは片手でハンドル操作を行なうので使用頻度は少ない。
コアンはスマホを両手で持って操作している為ビーム使用時の操作が出来ない。
なので、音声コマンドを任意に送信出来る俺がビームを担当している。
俺とコアンの協力プレイでゲームを攻略しているのだが、
「くおおおおーーーーー!」
(叫ぶなバカ狐ーーーーー!)
――――なかなか息が合わない。
遠くにあるアイテムを回収しようと、
体ごとスマホを右に傾けて操作するコアン。
思わず力が入ってしまった彼女は、
無意識に大声を出してしまった様だ。
自機からビームが発射される。
完全に無駄撃ちだった。
ゲームのゴールではなく人生のゴールを目指して努力したいところではある。
しかしこうして遊ばせて、彼女のストレスを少しでも解消してあげないといけない訳があった。
「コアーーン!」
「おーう……」
コアンの世話係、エルミーの登場だ。
二人はこれからお勉強タイムなのである。
頓挫したかと思われた異世界語レッスンは、
エルミーの協力で奇跡的に継続していた。
通い妻が旦那をコントロールする為に一体どんなテクニックを用いているのか、非常に気になるところではある。
しかしレッスン中、コアンと俺は離ればなれになってしまうので、その妙技は謎のベールに包まれている。
朝食後はエルミーと一緒に勉強、
昼食休憩を挟んで子供達と遊びに出かけ、
夕食後はスマホでゲーム。
これが半月の間、
毎日繰り返されたコアンの日程である。
彼女のストレスをコントロールする為に組まれたスケジュールだ。
定期的に楽しい事を与えてあげれば案外素直に言う事を聞く。
だがストレスばかり与えてしまうと機嫌を損ねてしまう。
そんな彼女に今の俺がしてやれる事は、
新しく始めたゲームのビーム係だった。
コアンが異世界語レッスンを受けている間、俺は学者連中の言語研究に付き合う事になっている。
黒板はキース達が使用している為、彼らは新たに用意したテーブルで研究を進めていた。
テーブルには書きかけの本が一冊開かれている。
びっしりと書き記されている異世界語。
その合間にひらがなや漢字が登場している事から、
研究成果を纏めたものだという事が解った。
彼らは恐らく、辞書の作成に取り掛かっている。
冒頭には順不同でひらがな五十音が書かれていて、
それぞれの上部に活字体の異世界語が添えられている。
スマホで撮影した画像と違い、
墨で書いた文字は消す事が出来ない。
彼らは何度も議論を重ね、
俺と睨めっこしながら慎重に書き加えていく。
「……ウイロウ?」
「ソーソー! リオシェウィオン!」
ういろうが混乱を招いているようだ。
書記を担当しているのは、肩まで垂れた横髪と高い位置で結われたポニーテールが特徴的な黒髪の女性、名前は『メイア』らしい。
青眼鏡と一緒になってあーだこーだと議論を交わしている男性二人は『エイクス』と『スクーイ』だ。
金髪のベリーショートで奥二重なエイクス。
いつも眠たげな表情をしている茶色のマッシュヘアがスクーイ。
彼ら二人の得意分野は恐らく数学だ。
以前、二人に電卓を弄らせてみた事があった。
数十分弄っただけで自分達の行なっている作業が十進法の四則計算だと気付いた彼ら。
数時間後には、数字キーに割り当てられた音だけを頼りに黒板に数式を書き、それを暗算で解くまでの速さを競うなどというレクリエーションを、酒瓶を片手に持ちながら始めるまでになった。
どれだけ項や桁数が増えようと四則演算程度どうという事は無いらしく、酒をガブガブ飲んで爆笑しながらスラスラと解いていく彼らの姿に戦慄した。
彼らにはきっと、
電卓なんてものは必要無いのだろう。
俺は彼らを、敬意を込めて
『マセマティカルブラザーズ』
と、呼ぶ事にした。
(眼鏡は……なんだろうな、名前)
名前はわからないが青い眼鏡が特徴的なので、
引き続きあの子は青眼鏡と呼ぶ事にした。
四人の学者に依って綴られるこの辞書が、
異世界にどれ程の影響を及ぼすのだろうか。
異世界転生をしたのは俺だけではない。
何せ『転生は異世界と決まっている』のだから、
当然前例、つまり転生した者がいる筈なのだ。
後にこの世界を訪れる転生者が異世界語で解説されている日本語の辞書を発見したらと思うと、何だかわくわくしてきた。
(どうせなら英語も残したいなぁ)
クイズ形式の英語学習アプリが存在する。
残念ながら音声では起動出来ないらしく、
起動するには画面をタップするしかない。
(上手くいけば、日本以外から転生してきた奴らも喜んでくれるだろう)
起動方法、それから問題文で使われる日本語を先ずはどうにかしなければならない。
だがそれらの問題をクリアすれば様々な国からこの異世界に転生して来た者達にサプライズプレゼントを残すことが出来る。
コアンの様に異世界語を上手く理解出来ない者が現れても、辞書があればきっと助けになる。
言語の壁を予め壊しておいて、
多くの転生者に感謝される。
これはかなりの徳を積めそうな、
とんでもない偉業ではないだろうか。
(そして俺、賢者アイザック様は異世界のオーパーツとして後世に名を残すことになるのだ!)
猛る心が体を震わす。
「「「――――ッ!?」」」
弾かれた様に一斉に立ち上がり、
俺から距離を取る学者達。
(うっかりバイブを作動させる癖、何とかしたほうがいいかな……)
コアンの尻尾炎上事件以来、
皆の俺の扱い方が妙に丁寧になった気がする。
多分コアンが「アイツにやられた」とか何とか言って悪い噂を流したのだろう。
悪い噂に限って良く伝わるのは、
異世界でも同じなのだろうか。
俺は異世界人との間に壁が出来てしまわない様、極力大人しくしようと誓った。